272. ナギナにて (5) 連絡へ
A級冒険者5人の考えは固まりました。
会議室に集まったA級冒険者5人が、ユマたちとの協力に同意した。
それを受けて、ラルドは内線で支部長室を呼び出す。
『はい、クシルノです』
支部長の穏やかな声が返ってきた。
「ラルドです。他の4人と相談して、俺たち全員、ユマ様がたと協力する、ということに、決めました」
『わかりました。とりあえず、お知らせしたいこともありますので、今からそちらに向かいます』
そう言われて、ラルドは「わかりました」と答えて通話を終える。
程なく、扉がノックされて、クシルノ支部長が姿を見せた。
「皆さんお疲れ様です」
そう言われて、ラルドも、他の4人も無言で会釈を返す。
「お知らせというのは、こちらです」
晩夏の月10日13:52受信
全県等知事各位
尚書府より以下のとおり通知がありましたので伝達します。
大陸暦120年晩夏の月10日
内務尚書
全州務尚書各位
尚書府副長官コーシア伯爵ユマ閣下付の 秘書官2人が任命されましたので通知します。
兼任第一秘書官 サンティオ・クロド (アトリア冒険者ギルド ジーニア支部長)
兼任第二秘書官 ラミナ・メリキナ (アトリア冒険者ギルド ジーニア支部付書記官)
大陸暦120年晩夏の月10日
尚書府長官官房長
「2人ともアトリアギルドの方なので、皆さんがどう思われるか、というのもありますから、早めに持ってきました」
支部長は淡々と言う。
「って、クロド課長じゃないですか。そういや、ジーニア支部長になってたんでしたっけ」
真っ先に反応したのはグニコだった。
「ええ、クロド課長ですね。優秀な方だけに、あちこちから引っ張られるようです」
支部長がそう答える。
大陸暦111年から113年まで北シナニア県冒険者部魔物対策第二課長として赴任していたサンティオ・クロド支部長のことは、ラルドも当然知っている。
「これは、ユマ様が、ジーニア支部を拠点としているから、という……」
「それもあるでしょうし、そもそもアトリアのジーニア支部は、本省の優秀な方が配置されるところですから」
アスマ州都であるアトリアの都心にして、アトリア宮殿を初めとする中枢機関が並ぶジーニア区。
ここを管轄するジーニア支部は、アスマ全体として見ても最重要で、支部長経験者で民政次官に就任した者も少なくない。
「皆さんが差し支えなければ、これから、クロド新秘書官に通信でご挨拶をしようと思っています」
淡々とした口調で、クシルノ支部長は言葉を続ける。
「それは……」
「皆さんから伝言があれば、ついでにお伝えするつもりです」
つまり、「ラルドたち5人がユマたちに協力する」ということも伝えてくれるということだった。
「それに、現体制のナギナの雰囲気も、お伝えしておかないといけないでしょうから」
そう言われて、ラルドは思わず息をのんでしまう。見ると、他の4人も一様に表情が厳しくなった。
支部長の言う「現体制のナギナの雰囲気」とは――
「支部長、バカ王子の犬連中がそこら中で吠えてる、って話、するんですか?」
グニコがそんな口調で問いかける。
「それは、しない訳にもいかないでしょう。タツノ長官にしても、来られたのは116年のときが最後です。ナギナの現状は、長官もご存じないでしょうから」
119年春にエストロ大将軍が知事に就任して以来、ナギナ市内では憲兵隊の活動がにわかに活発化し、無辜の住人が「秩序を乱す恐れがある」といった曖昧な理由で投獄されることも日常茶飯事になっている。
A級冒険者であるラルドには、四六時中監視がついている。外を歩けば尾行され、自宅の周囲にも憲兵が潜んでいる。
もうすぐ30歳になるフルゴは、厳しい監視体制の中、「独り身の方がいいかもしれないですね」などと日々口にしている。
年若いリスタやコスモに至っては、宿泊機能もあるこの支部の部屋をそのまま寮代わりに使っているほどだった。
「部長閣下にしても、ユマ様を『どこぞの村娘』、聖女騎士様がたを『ごろつき召喚者ども』と罵り、ユイナ様も『住人の小娘』呼ばわりしていました」
支部長に言われて、その発言を聞いていたラルド以外の4人は、一斉に眉をひそめた。
「ひどいっすね、あの男爵」
「まあ、男爵ったって、奴はシアギア男爵だからな。ろくなもんじゃねえ」
リスタとグニコがそんな言葉を交わす。
そして、普段温厚なコスモが、一瞬表情を険しくした。
「憲兵隊が正面から襲いかかったとして、ユマ様なら簡単に返り討ちにはできるとしても、それをすると『謀反人』です。まあ、ユイナ様も同行されるでしょうから、事情は伝わるとしても、面倒なことにはなるでしょう」
支部長は、そこでいったん息をついて、ラルドたちを見つめる。
「我々も、ユマ様に協力するとなると、その瞬間から『謀反人』予備軍扱いです。そこも、覚悟する必要があります」
憲兵隊が大手を振っている現在のナギナでは、その指摘は極端でもなんでもない。
「そんなのは、しょうがないでしょう。だいたいから、今だって、俺たち『冒険者』は反乱予備軍扱いでしょ?」
グニコが、そう言って笑ってみせる。
「……まあ、ユマ様がナギナに入られて、そこで憲兵隊と揉めるようなことになれば、公爵殿下も北シナニアに手を伸ばされるはずです。そもそもこの件は、陛下がユマ様に勅書を下されたことです。最後は、なんとか解決できる、と……そう信じるしかないでしょう」
淡々とした趣のまま、支部長は言い切る。
昼食の時に語った「エストロ知事以下の失脚」。それはあくまで可能性でしかない。
今現在、ナギナで権力を掌握しているのはエストロ知事であり、その配下にある憲兵隊に正面から対抗するのは極めて危険なことだった。
それでも、支部長はあえて「なんとか解決できる」という言葉を口にした。
「今のイドニの砦には、アスマ軍では対抗できない。ユマ様がたが来られる以外に、ナギナの街を守る手立てはない。俺たちも、覚悟を決めるしかない」
ラルドは、「最年長者」として、他の4人にそう告げる。
憲兵隊に、エストロ知事に、そしてアスマ軍の上に立つアルヴィノ王子に迎合していても、紅虎の神使を仰ぐイドニの砦の魔物たちに対抗することはできない。
ユマたちを受け入れ、協力体制を取る。それこそが、このナギナの街を守るために最も優先すべきことだ。
「わかってますよ、もちろん。なに、高き妖精のユマ様が来られたら、腐った連中だって返り討ちでしょう」
グニコがそう言って笑う。フルゴ、リスタ、コスモも、それぞれに頷いた。
「皆さんの考えも固まった、ということなら……クロド秘書官は、ユマ様のおられるコーシア県庁に入られているでしょうから、そちらに通信を取りましょう」
クシルノ支部長が、そう言って通信装置に向かう。その後ろ姿を、ラルドたちはじっと見つめていた。
支部長も、5人の冒険者も、いずれも覚悟を決めた上で、コーシア県庁への通信に入った、という次第です。
次回からは、そのコーシア県庁にいる主人公たちのお話に戻ります。




