271. ナギナにて (4) 5人の決断
魔法職のA級冒険者たちが、前日のバトルを動画で見ます。
ラルドたち5人は、コスモが手に入れたという河竜討伐と紅虎の神使討伐のムービを見ることになった。
まずは、河竜討伐の方のムービから見る。
60体に及ぶ水鬼をハルミ・フィン・アイザワが吹雪の術式で殲滅し、アルト・サゴデロにハルミ・フィン・アイザワが、ウムト・サゴデロにカズハ・フィン・カツラギがそれぞれ対応して、ユイナ・フィン・セレニアが防御と支援を担う。
河竜は、自らが逆巻かせた川の水を浴びせられて凍り付き、ウムト・サゴデロはハルミ・フィン・アイザワの氷の術式で倒され、アルト・サゴデロはカズハ・フィン・カツラギの剣で切り捨てられた。
「聖女騎士様、すごすぎっすね」
ムービを見終えて、リスタが嘆息する。
「ってか、アルトと切り結びながら、河竜に魔法攻撃って、よく1人でできるな」
グニコも、そう言って大きなため息をつく。
「コスモ、あの水は、わかったか?」
ラルドは、あえてコスモに尋ねる。
「あの水、って、聖女騎士様が、河竜に浴びせた、あれですよね。僕は……何か、あり得ないくらい冷たい、ってことと、河竜の、表皮とか関係なしに、どんどん染みこんで、一気に凍らせた、ってことくらいしか……」
「それだけわかれば十分だ」
おずおずと答えたコスモに、ラルドはあえてそう言い切る。氷系統魔法の使い手でもなければ、それ以上の理解は不可能だろう。
「それに、カズハ・フィン・カツラギも見事だ。ウムト・サゴデロも、武芸の心得がない訳じゃない。そのウムトが防戦一方に追い込まれて、河竜を操ることができなかった」
他の4人の注意が及んでいなかったであろう場面、カズハ・フィン・カツラギとウムト・サゴデロの応酬にも言及する。
「そういえば確かにそうですよね。ウムトがいたにしては、河竜の動きが単純でしたよね」
川の魔物を相手取った経験のあるフルゴがそう応じた。
「ああ。遊撃戦士として、カズハ・フィン・カツラギもきっちり仕事をした。だから、あの3人だけで『竜殺し』ができた」
ラルドのその「総括」に、その場から異論はなかった。
次に、赤色虎型魔物――紅虎の神使との戦いのムービを見る。
こちらは、敵こそ紅虎の神使1体のみだった。しかし、強力な火系統魔法と雷系統魔法を次々放ち、さらには高速度で自ら突進してくる相手は、1体でも十分脅威だった。
火系統魔法は、ウィンタ・ボレリアの「闇の風」によって封じ込められる。そして、ユマは水の防壁と水の槍、さらには地面からの槍も繰り出して敵を追い詰めた。
しかし、敵はそこから回復し、体躯も「ダ」もより強大になってしまう。それが「本体」である紅虎から伸びる「神使の緒」によるものだということは、ムービ越しにもわかる。
敵の攻撃により、堰堤や山が破壊されそうになったものの、ユマが地系統魔法を使ったらしく、すぐに形が修復された。
敵はユマたちへ突進をかけたものの、それは「守護騎士」マモル・フィン・センドウが大盾によって防いだ。
最後は、強大な雷撃によって敵は瀕死状態になり、そしてユマの呪文――セプタカの砦で七首竜を屠ったときと同じものと思われた――によってとどめが刺された。
「これ……なんで勝ててるんすかね?」
最初に口を切ったのは、リスタだった。
「アレ、2回ぐらい復活してたじゃねえか」
グニコが眉をひそめて言う。
「『大規模雷撃術式により討伐』って、確かにそうかもしれないですけど、打ってる回数とかが、めちゃくちゃですよ……」
そう言って、フルゴはため息をつく。
「ん? フルゴ、お前もあのくらい……」
「できるわけないでしょう。最後のアレなんて、天空神様が放つたぐいのやつですよ」
グニコが軽口で言いかけると、フルゴは即座に否定する。
雷系統魔法を得意とする彼にとって、ムービに記録されたユマの「大規模雷撃術式」は、それだけ圧倒的だったのだろう。
「僕も……あの、堰堤と山を防いだ術は、どうやってもまねはできないです」
そしてコスモも、そう言ってやはりため息をつく。
「そう言われたら……あの『闇の風』、まさか、実戦であんな使いこなすとか、あり得ないよな」
「ああ、そうっすよね。あれって、確かにボレリア博士が自分で開発したやつっすけど、だからって、あんなとこでああポンポン使うって、あれも十分どうかしてるっすよね……」
グニコとリスタは、顔を見合わせて言う。
こちらの戦いは。火系統魔法と雷系統魔法を使う敵に、雷系統魔法と水系統魔法で応戦した。火力攻撃には風系統魔法の「闇の風」で対抗し、敵が周囲を破壊しようとしたのに対しては地系統魔法による防御も行っている。
水・雷・風を使うラルド、火・風を使うグニコとリスタ、風・雷を使うフルゴ、そして地・水を使うコスモ。
この場の5人が得意とする系統魔法を駆使した戦い。それ故に、彼らも理解できる。この戦いが「異次元」だということが。
その「異次元の戦い」に全員が圧倒されている今。
ラルドは、意を決して口を切る。
「それで、考えを聞きたいことがある」
その言葉に、全員の注目が集まる。
「本局からの通知は、見たと思う。ユマ様は、ユイナ様、それにあの面々を連れて……『抜本対策』のために、ナギナに来る」
そう続けても、驚きの顔を見せる者はなかった。
「知事と部長は、拒絶して妨害するだろうが……あの勅語もある。ユマ様が、イドニの砦に行くのは、止めようがない。それで……」
ラルドは、そこでいったん言葉を切り、全員に目を向ける。
「ユマ様と協力するかどうか。考えを、固めておかないといけない」
「ラルドさんは、どうするつもりなんです?」
そこで初めて言葉を返したのは、グニコだった。ラルドを除けば最年長となるグニコは、彼ら4人を代表する立場といえる。
「俺は……ユマ様から依頼されたら、断れないと思っている」
ラルドは、そう答える。
「ユマ様も、聖女騎士様がたも、アトリアギルドのジーニア支部の冒険者だ。それは、よくわかっている。だが、あの圧倒的な強さは、俺は到底及ばない。それに、そもそも聖女騎士様がたは、『ニホン』から召喚されて、ついこの間アスマに来たばかりだ。3年前のことは、彼女たちには関係ない」
3年前――「冒険者ギルド民間化」により、民政省冒険者局の下で一体だった冒険者ギルドが、各県ごとに置かれる「民間団体」という建前になった。
そのとき、この場にいる魔法導師5人は、ナギナの拠点防衛を担うため北シナニア冒険者ギルドに加わった。
他方、レイドで協力していた戦士職たちは、市街地の警備も担う遊撃戦力としてアトリア冒険者ギルドに入っている。
そのことを巡る「しこり」は、未だ拭われていない。
「それに、敵の戦力は、116年対魔戦争のときより格段に充実している。百の巨人族、千の大鬼、万の小鬼、そして……『荒ぶ時』に入られた紅虎様。俺は、持ちこたえる自信は……ない」
ラルドは、ついに「そのこと」を口にした。
この場の最年長者として自制してきた「弱音」。しかし、西方守護神・紅虎が敵に回った現状では、むしろ「持ちこたえられる」と言い続ける方が「無謀」ですらある。
「そりゃ、俺だって無理ですよ。アレでも『神使』ってことは、本体はどれだけ強いんだかわからない訳ですし。アトリアに所属してる、って言ったって、ユマ様が来てくれるなら、拒むなんてあり得ないですよ」
フルゴが言葉を返す。
彼も、116年ナギナ対魔戦争がきっかけでナギナに残っており、アトリア冒険者ギルドに移った冒険者たちに対する「わだかまり」はそれだけ強い。
「僕も、あの『神使』より強い本体が攻めてくる、って言われたら……ナギナを守る自信は、持てないです。あのユマ様に、ユイナ様、聖女騎士様がたに頼らないと、この街は……」
普段は無口なコスモが、珍しく自ら口を切って言う。
コスモは、ナギナで生まれ育ち、ナギナにあるシナニア魔法学院に在学していたときに、116年ナギナ対魔戦争に巻き込まれている。
そんなコスモには、「郷土を守る」という強い思いがあるのだろう。ラルドは、そう推察していた。
「そう言われちゃ、俺だって仮にもナギナの生まれ育ちだ。ただの意地だけで戦って、この街が火の海、なんて冗談じゃねえ。あのユマ様がたと組む、ってんなら、当然乗るぜ」
グニコは、肩をすくめて言う。彼もまた、ナギナで生まれ育ち、北シナニア県を活動拠点としていた。
「あたしも、当然賛成っすよ。あんなあり得ない人たちが来るのに、一緒に戦わないとかあり得ないっすから。それに、ボレリア博士と会って話もしてみたいんで」
最後に残ったリスタも、苦笑交じりで言う。
「わかった。そうしたら、俺たち5人とも、ユマ様がたと協力する。そういうことで、支部長に返答する」
ラルドが確認のため言うと、他の4人は全員が頷いた。
かつてない強さの敵を前にして、そして見たことのない強さを見せられて、彼らは決意を固めました。




