270. ナギナにて (3) ラルドの思い
ベテラン冒険者は、決断を迫られています。
昼食を終えて、ラルドは支部長と別れて自室に戻った。
ナギナ支部は、A級冒険者5人を擁しているため、宿泊棟の部屋が彼ら1人に1室ずつ割り当てられていた。
それとは別に、パーティーが使うための小会議室も、5人が集まるための専用空間として与えられている。
ラルドは、ナギナ市内に自宅があるため、この部屋は「執務室」程度にしか使っていない。
書類作業をするための机と中古品の本棚を除けば、ベッドも衣装掛けもろくに使っていない。
その机の上に、1枚の書類が置かれていた。
至急
晩夏の月10日10:49受信
州内全冒険者ギルド理事長各位
晩夏の月9日に、ベニリア川に潜伏していた河竜が討伐された一方、大陸暦120年晩夏の月9日ガルディア堰堤赤色虎型魔物襲撃事件が発生したことを受け、本日10日、 公爵殿下臨御を賜り、セレニア神祇官ユイナ猊下も出席の上、イドニの砦対策本部閣僚会合を開催した。
セレニア神祇官猊下より、一連の事件について 大地母神様の神意を伺ったところ、以下のとおり神託を賜った旨お示しがあった。
・ 紅虎様は 荒ぶ時に入られており、その神使は強大な魔物として出現する。大陸暦120年晩夏の月9日ガルディア堰堤赤色虎型魔物襲撃事件において出現した個体は、特に強大な神使である。
・ 当該個体は、 コーシア伯爵ユマ閣下の一党ににより厳しく討伐され、同程度の個体の出現は11日夜までは不可能となっている。
・ それ以降は、 紅虎様は、イドニの砦に依拠し、強大な神使を再び出現させてナギナを制圧し、さらにベニリア川を下って侵略するおそれが高い。
・ 少なくとも、州全土において神使出現の危険が存在する。その危険を緩和するためには、神殿における祈祷の徹底が必須。
公爵殿下には、 神託において示された空前の危機に対して、 コーシア伯爵閣下を中心として抜本対策を図り、州庁および関係機関は一丸となってこれを支援し、もって州内全域における安全の確保に万全を尽くすべしとの御意を示された。
殿下の 御意を体し、州内の全冒険者ギルドは、この危機を克服するため当局とともに一致団結して事態に当たられたい。
以上ここに要請する。
大陸暦120年晩夏の月10日
民政省冒険者局長
この「本局からの通知」。これを受けて、ラルドはクシルノ支部長とともに「本部」こと県庁民政部に呼び出されて、それで午前が潰されてしまった。
民政部長のエンドロ男爵の怒鳴り声を聞かされたのは、時間を無駄に費やして精神攻撃を受けただけだった。
しかし、この「通知」の内容は、そんな些末なものではない。
ラルドは、顔を上げて本棚に目を向ける。
そこには、魔導書の他に、自らが解決してきた事案の記録を綴った束が並んでいる。その背表紙を見るだけで、当時の情景が脳裏によみがえってくる。
特に忘れられないのは、やはり大陸暦116年ナギナ対魔戦争だった。
あのときは、戦士職も加わってレイドを編成して対処した。とはいえ、主力となったのは魔法導師たち――現在北シナニア冒険者ギルドに属している面々だった。
ラルドは、そもそもシナニアの出身ですらない。それどころか、生まれも育ちもアトリアだった。そのアトリアの冒険者ギルドと、今や反目を続けている。
理屈ではわかっている。戦士職の彼らは、ナギナの拠点防衛よりも、アトリアからの遊撃の任務の方が適性がある。
自分は、現役冒険者として活動できる期間はもう長くない。故に、「最後の勤め」として、ナギナの拠点防衛を買って出た。
しかし、他の4人は――
「いや、ここで考えていても仕方ないな」
ラルドは、あえて口に出して、自らの迷いを当座振り切る。
「他の4人の考えは、本人たちに聞かなければわかりませんので」
そう答えたのは他ならぬ自分だ。であれば、「本人たちに聞く」のが筋だろう。
ラルドは、自室を後にして、A級冒険者5人に与えられた小会議室に入る。
ここは、通信機器も用意されている。先週、タツノ前長官からの通信を受けたのも、ここにいたときだった。
入室すると、他の4人がそろっていた。
「なんだ、みんなそろってたのか」
「あ、お疲れ様です、ラルドさん」
ラルドの声に応えたのは、フルゴ・リデロ・フィン・フラストだった。
「ラルドさん、支部長と2人でクソ男爵に呼ばれてたそうじゃないですか。今度は何言ってきたんです?」
グニコ・バルノ・フィン・フォルドが問いかけてきた。
「……ユマ様とユイナ様の一行に好き勝手をさせるな、イドニの砦は軍が対処する、そういう話だった」
グニコの罵倒をとがめる気は一瞬で失せて、ラルドは淡々と事実だけを答える。
「それでラルドさん! コスモが、神殿から昨日のアレのムービをもらってきたんすよ! みんなで見よう、って話になってて、ラルドさんも見るっすよね?」
リスタ・リデラ・フィン・ルティアが言う。その傍らで、コスモ・アムリトが記憶水晶を手にしていた。
「……そうだな」
これから協力するかどうかを決めなければならない「彼ら」。その活動の記録があるというなら、見ておくべきだろう。
ということで、次回は彼らの視点から見たバトルの模様になります。




