267. ナギナからの通信
懸案のナギナ支部から通信です。
「先方が、私に、と?」
クロド支部長が問うと、マリナビア部長は、ええ、と頷く。
「わかりました」
そう言って、クロド支部長は通信に向かい、由真とタツノ副知事もヘッドホンを装着する。
「クロドです」
『クロド支部長、ご無沙汰しております。ナギナ支部のクシルノでございます』
穏やかで淡々とした声と口調だった。
「これは、ご無沙汰してます、クシルノさん。その節は、お世話になりました」
『いえいえ。それで、早速ですが……』
相手はそう切り出す。
『ユマ様が、こちらでご依頼をされる際には、こちらのA級の5人は、全員が協力する、と、そういう考えでおります』
やや遠回しな表現のその言葉は――
「それは、オムニコ男爵やフォルド男爵、フラストさんに、ルティアさん、コスモ君が……」
クロド支部長は、ナギナのA級5人の名前を次々と列挙する。
『ええ。皆さん、協力しよう、と、そういう考えです』
相手のその答え。その意味するところは、「ナギナのA級5人が協力する」、すなわち目下の最重要課題が前進したということだった。
「それは、大変ありがたいお話です。コーシア伯爵閣下も、深く感謝されるでしょう」
『ただ、こちらの状況は、一段と悪化しております』
淡々とした口調のまま、相手はそう言葉をつなぐ。
『本部は、ユマ様がたを来させるな、押しかけてきても支部の敷居をまたがせるな、とことのほか強硬です。ユイナ様についても、勝手な行動をさせないよう、神殿によく言い聞かせておけ、とのことでした』
――由真だけでなく、ユイナに対してすら、相手は敵意を示しているらしい。
『警察部も、現体制になってからはいよいよ憲兵頼みになっています。話が進んで、ユマ様がたが来られるとなると、間違いなく、憲兵が張り付くと思われますし、憲兵隊がユマ様を拘束する可能性も、十分あります。
ユイナ様にしても、安心はできないと思われます。本部は、トラスト総主教猊下のお指図よりも知事の御意を優先せよ、と言っておりましたので』
警察の任務を憲兵が担う「憲兵警察」。それが、「アスマ軍の尖兵」として行動し、由真とユイナの前に立ちはだかる。その可能性を相手は明示した。
『ナギナ支部としましても、本部の目がありますので、皆さんの宿舎の手配や提供などは、できかねます。皆さんが来られたら、連絡するよう努力するつもりではありますが、憲兵が常に目を光らせている、ということは、ご承知おきください』
「わかりました。厳しい状況で、わざわざご連絡をいただき恐縮です」
『いえ、こちらこそ、何の役にも立たない連絡で、大変申し訳ございません』
そんなやりとりで、その通信は終わった。
「ナギナのA級5人は、全員が協力してくれることになったんだって」
由真は、まずはそのことを告げる。通信を聞いていなかった面々の表情がたちまち明るくなる。
「ただ、本部の方は、僕らを来させるな、ユイナさんにも勝手をさせないように神殿によく言っておけ、って感じなんだってさ。僕らにも、宿を貸すとか手配するとかは、一切できない、って」
つい今し方明るくなった表情が、一斉に曇った。
「それと、あっちは憲兵がうるさく嗅ぎ回ってるらしくて、僕をとっ捕まえる可能性もあるとか、ユイナさんもどうなるかわからないとか、そんな感じらしいよ」
「……憲兵?」
「それって、また由真ちゃんが、なんか丸出しにさせるとか……」
晴美が眉をひそめ、和葉がそんな冗談を口にする。
アトリアでTA貨物本社を襲った憲兵隊は、確かにそういう末路をたどったが――
「いえ、北シナニア県庁の警察部は、憲兵に業務を広く委託しています。その憲兵が一般の民間人を逮捕するようなことも、日常茶飯事です」
そう口を切ったのは、ウルテクノ警察部長だった。
「ことに現体制……エストロ知事の体制になってからは、憲兵の論理で、『疑わしい』、『調査の必要がある』といった曖昧な理由で逮捕して、憲兵隊支部に何日も拘束する、というようなやり方が横行しています」
「カンシアなら、まかり通りそうな感じですね」
「そこは……もとより、ここはアスマです。アスマの警察業務は、あくまで法に基づき行われます。治安局でも、北シナニア県にはたびたび注意を行っていたのですが……」
苦々しい、という趣をあらわにウルテクノ警察部長は言う。
「ちなみに、ウルテクノ部長は、今春着任するまでは、内務省治安局の総務課長でした」
そこでタツノ副知事が補う。つまり、119年から120年にかけての1年間は、まさに当事者だったということになる。
「私が赴任していた頃は、憲兵隊は越境事件とナギナ市内警備、市郡内の一般事件は冒険者ギルド、と分担されていましたが……」
北シナニアに赴任していた経験のあるクロド支部長が言う。
「それは、114年辺りから、だんだん憲兵隊が幅を利かせるようになってきました。目に見えて悪化したのは、エストロ知事になってからですが」
ウルテクノ部長は、そう言ってため息をつく。「114年」というと、アルヴィノ王子の方針による制度改定が始まった頃合いになる。
「そうすると、そのエストロ知事のお膝元で、憲兵隊とぶつかるのは、明らかに悪手ですよね」
「残念ながら、そうなろうかと思われます」
ウルテクノ部長の言葉に、由真も頷かざるを得ない。
魔族や魔物が相手なら、単に戦って討伐すればよい。
しかし相手が王国軍となると、刃を向けることが即座に「戦争」につながってしまう。それも、こちら側が「謀反人」という立場で。
ようやくナギナのA級冒険者5人との協力の見通しが立ったところに立ちはだかる壁は、結局「王国軍」となる。
この「壁」を突破しなければ、イドニの砦の攻略もままならない。それなら――
「北シナニアに駐留しているのは、1個師団1万人……これを潰してから、アトリアにとって返して、まずコーシア師団1万を消して、アトリアが3個師団で3万……残り4万は、両隣だから、2万ずつで各個撃破……」
「ともかく、まずは殿下にご報告いたしましょう。ラルドたちとの協力の見通しがついたことは、大きな進展です」
タツノ副知事のその言葉で、由真は我に返る。「アスマ軍との戦争」の「手順」を巡る考えが、小声ながらも口に出てしまった。
「もとより、憲兵隊はアスマ州警察の指揮系統を無視し、アスマ軍の論理を押し通そうとすると思われますので、殿下が台命を発せられたとしても、これをないがしろにすると思われます。
ここは……甚だ心苦しいところではありますが……陛下のお手を煩わせ奉る、ということにならざるを得ない局面でしょう」
タツノ副知事は、その表情に苦渋をあらわにして言う。
病気で苦しんでいる国王を煩わせる。それは――「甚だ心苦しい」という以外の言葉では表現できない。
とはいえ、エルヴィノ王子は統帥権を持たず、アスマ軍は第二王子たる領主を平然とないがしろにする、という状況で、国王の望む「イドニの砦問題の解決」をアスマ軍の憲兵が妨害する、となると――
「閣下、お気持ちはわかりますが……あの勅語を発せられたのは陛下ご自身です。公爵殿下は、ガルディアの最前線にも赴かれ、事態の解決に全力を尽くされるお覚悟を示されました。手練れの盟友の皆さんもおられますし、我らも、及ばずながら閣下をお支えいたします。どうか、お一人で抱え込まれませぬよう、お願いいたします」
――いつも晴美に言われることを、タツノ副知事にまで言われてしまった。
「済みません。そう、心がけます」
由真は、そう答えることしかできなかった。
音沙汰もつかなかったナギナ支部が急に態度を変えた事情は――
次回からしばらく、ナギナ側の状況のお話になります。




