265. ウィンタ博士の燃焼講座
ずいぶんと間が空いてしまいました…
理事官会議が終わると、もう昼食時になっていた。
会議室に入っていた出席者たちに、県庁の食堂で調理された肉焼きそばが提供される。
彼らは、ここで昼食をとり、13時2分にコーシニア中央駅から発車する「コーシア36号」でアトリアに戻る。
その傍らで、知事室に詰めているユイナと晴美たちも、同じ肉焼きそばで昼食をとる。
ナギナとの通信が接続されても、知事室ならすぐに対応できるということもあり、由真と愛香もそちらに合流することにした。
「会議、どうだったの?」
その昼食の席で、晴美が問いかけてくる。
「閣僚会合の方は、ユイナさんから聞いたかもしれないけど、殿下がぐいぐい仕切られた感じかな。理事官会議は……」
「それ自体は、まあ淡々と」
由真の言葉を愛香が短く補う。
「洗脳術式は大丈夫だったの?」
「まあ、使おうとしてきたけど、封鎖しっぱなしだったからね」
さらに問われて、由真は苦笑交じりに答える。
「それ……そういう有害な術が、なんで使い放題なのかしらね?」
晴美はそう言って柳眉を潜める。
「あの、それは、その種類の精神術式は、軍神ナルソ様のお認めになったものなんです」
答えたのはユイナだった。
「軍神が認めた? そんな物騒なものを?」
「あの、元々は、軍団の士気を鼓舞したり、戦場で動きの統率をとったり、そういうことのために使うものなんです。あの、騎馬民族の戦いは、速度とか勢いとかが激しいですし、乱れのない動きも求められますから」
「騎馬民族の戦い」と言われると、確かに魔法による側面支援も必要なようにも思われるが――
「けど、さすがにやり過ぎじゃないかしら? 銃とかは、大地母神様と天空神様が使えなくしてる、っていうのに、洗脳術式の方は、通信を使って遠隔でもかけられる、っていうのは……」
晴美はそう問いを続ける。
それは由真も同感だった。現代戦における占領地のテロ防止――というのでもなければ、名目も立たない。
「どっちかって言うと、密閉空間の爆発の方が例外よ。あれは、『ニホン』の召喚者が銃を持ってて、神様が危ないって解析して対策したものだから」
そこに答えたのは、ウィンタだった。
「え? あれって、召喚者が持ってたから、なんですか?」
そのウィンタに由真は問いかける。
筒の中で火花を飛ばして爆発させると、弾丸のたぐいが打ち出せないぎりぎりのところを超えた途端に、爆発力が一気に強まり筒ごと吹き飛ばしてしまう。
この世界を支配するその物理法則が「銃や大砲を禁ずるため」だということは聞いていた。
しかし、そのきっかけが、そもそも「召喚者が持ち込んだこと」だったとは――
「そう。ノーディア暦の290年頃に、手持ちの銃を持ち込んだ召喚者がいて、それは個別に暴発させたんだけど……その後も似たようなのが続いたから、神様のお沙汰が下った、って訳」
そこまで詳細な話は聞いたことがなかった。
「ダスティアは、石炭が露天掘りでまかなえなくなって坑道を掘るようになってきてたんだけど、そのお沙汰があってから、坑道の中で粉塵爆発が頻繁に起きるようになってね。ダスティアは一時期国力が落ちて、トネリアとかトビリアでいくらでも露天掘りできるノーディアは大して影響がなかったのよ」
石炭の産出を巡る環境が国力を左右したということは――
「その頃から、石炭使ってたんですか?」
「蒸気機関は、ノーディア暦の200年代後半から使われてたわね。動力は、ナロペア大戦が終わってからはディゼロに置き換わったし、発雷も、蒸気で羽根車を回すけど、燃料は魔法油が主力ね」
その答えで、さらに疑問がわいてくる。
「そういえば、前に聞いた話だと、ここには自動車はない、ってことでしたけど、バソとかトラカドとかはありますよね? あれって、ディゼロを使ってるんですよね?」
その問いかけに、ウィンタは「そうね」と答える。
「それって、筒の中で爆発を起こすんじゃないんですか?」
その問いに、ウィンタは一瞬箸を止めて、軽くため息をついた。
「それも……実は神様のお沙汰なのよ。火花を飛ばして爆発させて往復させる機関っていうのも、『ニホン』から伝わったんだけど、それもやっぱり使えないの。
ただ、石炭で水を湧かせて……ってやり方だと、あまりに効率が悪いし、煤煙もひどい、ってことで……やっぱり『ニホン』から伝わった、筒の中で風を圧縮して、そこに油を噴きつけて自然発火させる、っていう仕組みのものは、例外で認める、っていうことになった、って訳」
シリンダーの中で自然発火するディーゼルエンジンは容認し、火花を飛ばして着火して爆発させるガソリンエンジンは容認しない。
こと内燃機関に関しては、この世界の神々の介入は異様に事細かい。
「『ニホン』の『自動車』って、火花を飛ばす方のを使うんでしょ? ディゼロをそこまで小さくするのは……ダスティアは開発を進めてるらしいけど、排気が結構汚いから、あんまり普及させると、天空神様のお怒りを受けるわね」
――ディーゼルエンジンにつきまとう大気汚染問題。そこをないがしろにすると天空神の神罰が下るおそれがあるらしい。
「そうなんですか。……ウィンタさん、すごく詳しいですね」
風系統の魔法導師である冒険者――にしては豊富な知識を披瀝されて、由真は素直にそう口にする。
「それは、ウィンタさんは、博士号を持ってますから」
ユイナがそんな言葉を返してきた。
「え、あ、そういえば……」
セプタカを出発する際に、ウィンタが研修に出るという話になって、ゲントが「うちじゃ他にいねぇ博士様だからな」と言っていたのを由真は思い出した。
「ウィンタさんは、風の『光の要素』と『闇の要素』、召喚者の人たちが口にしていた『概念』でしかなかったものを、系統魔法の理論に組み入れて、それを実用化したんです」
ユイナが言う「風の『光の要素』と『闇の要素』」。
ガルディアの戦いでウィンタが使った「闇の風」は、由真の見る限り「二酸化炭素」だった。
「え? それじゃウィンタさん、もしかして、あのとき、ファラゴ鉱山跡で使った『光の風』っていうのは……」
そこへ晴美が問いかける。ファラゴ鉱山跡の掃討戦には、由真は立ち会っていない。
「まあ、そうね。その『光の要素』を揺らしたのよ。魔法油が充ちてるところでそれをやると、抗道が崩壊しない程度に引火延焼する、って訳」
間違いなく、「光の風」が酸素、「闇の風」が二酸化炭素だろう。
それを風系統魔法として理論化・実用化した、ということは――
「ウィンタさん、風系統魔法に革命を起こした、とかそういうレベルの……」
「そんなたいしたことはしてないわよ」
由真の言葉に、ウィンタは苦笑交じりで応える。
「もしかして、王国軍の幹部と揉めたのも……」
「まあ、直接は、『光の風』と『闇の風』を軍事利用するとかしないとか、そういう話ね。あたしは、火の燃焼を制御する方向で研究してたんだけど、師団長とかは、延焼術式だとか、爆薬だとか、あげく『大砲を開発しろ』だとか、そんな調子だったから……」
ウィンタは苦笑を浮かべたまま言葉を続ける。
その「意に沿わない軍事目的の研究」を強いられること。それは「天才魔法学者」にとっては耐えられない苦痛だったのに違いない。
「まあ、爆薬とか大砲とかは、ナルソ様がやりたくても、大地母神様はお認めにならないでしょ」
「それは、そうだと思います。そうでなくても、洗脳術式の関係はナルソ様に譲られていますから、爆発の関係は、とても……」
ウィンタとユイナは、軍神ナルソの名を口にする。
「えっと、神様同士で、そういう力関係みたいなのも、あるんですか?」
事情を当然知らない由真は、2人に問いかける。
「ええ、まあ、そこは……祀られている神様は、それ相応の力も持ちますから、大地母神様も、ある程度配慮されます。それでも、魔族や魔物の方はともかく、人の社会の方は、穏やかに進むように釣り合いをとられています。
爆発の関係は、例のディゼロより譲られるおつもりはないようですし。ですから、洗脳術式が通信水晶で伝わってしまう関係も……」
「そっちは、ユマちゃんにかかると、あああっさり解呪されちゃうんだから……ユマちゃんが来た、ってとこで釣り合いをとったんじゃない?」
眉をひそめていたユイナに、ウィンタはそんなことを言い出す。
「いや、それは……」
他ならぬ自分に言及されて、由真はそれ以上踏み込む気にはなれなかった。




