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264. 理事官会議は淡々と

 時計が11時半を指したところで、由真と愛香は知事室を後にして会議室に入る。

 閣僚会合のときと同じ部屋は、机の配置も同じだったものの、椅子は簡素で小ぶりなものに置き換えられて、座れる人数が増えていた。


「閣下、お疲れ様でございます」

 入室した由真に、ファスコ官房長が声をかけてきた。

「今回から、この会合は閣下の主催となりますが、司会進行の方は、差し支えなければ私の方で行わせていただきます」

 ファスコ官房長はそう言葉を続ける。


 関係各省の局長級が集まるこの理事官会議は、アスマ軍総参謀長の出席を認める際に、「担当州務尚書が主催する」こととされた。

 その「担当州務尚書」は、他ならぬ由真だった。

 とはいえ、それはあくまで「総参謀長の暴走を防ぐための重し」であり、司会進行のたぐいは熟練のファスコ官房長に委ねた方がいい。


「すみません、よろしくお願いします」

「それで、閣下には、冒頭ご挨拶をいただいて、後は、私の方でシチノヘ理事官に話を振って、具体的な仕切りをお願いします」

 その言葉に、由真も愛香も頷く。


「それから、ついでのようで恐縮ですが、閣下の秘書官の人選が済みました。問題がなければ、午後にもコーシニアに入らせたいと考えております」

 そう言われて、由真は一昨日聞かされた「A級1人とB級1人の秘書官がつく」という件を思い出した。


「……わかりました」

 そう応えるよりない。どのみち「この人を」と指名する当てもない以上、「人選」を覆す気もなかった。


 そんなやりとりの後、由真たちは会議室の席に案内された。


 先ほどはエルヴィノ王子が座っていた「上座」が、今度は由真の席になる。

 一応は「担当閣僚」という名目で「局長級」の会合に加わる以上、必然であはるものの、当惑は拭えない。

 隣にはファスコ官房長が着き、右斜め前にイスカラ総参謀長が来る。今回は、局長連全員より格上ということで、彼が参加者筆頭となるらしい。

 左斜め前は、ビルト冒険者局長と愛香が着席する。


「それでは、これよりイドニの砦対策本部理事官会議を開会いたします」

 今度は上座から、ファスコ官房長が宣言する。

「公爵殿下の御意により、今回から、尚書府副長官格、内政・安全保障担当州務尚書、コーシア伯爵ユマ閣下が、この会合を主催されることとなりました。つきましては、閣下より一言ご挨拶を賜りたく」

 続けて話を振られる。それでも、前もって言われていただけ、一昨日よりはましだあった。


「ファスコ官房長からお話があったとおり、今回から参加することになりました、ユマ・フィン・コーシアです。よろしくお願いします。

 先ほどの閣僚会合の様子は、皆さんも見ていたと思いますけど、殿下には、一連の事案の解決に、非常に強いお気持ちを示されました。殿下の御意を受け、皆さん一致団結して、事態解決に全力を挙げていただくよう、よろしくお願いします」

 ――無難に話そうとして、「よろしくお願いします」を立て続けに繰り返してしまった。


「ありがとうございました。それでは、議事を進めます。民政省冒険者局のシチノヘ理事官より、現状と今後の方針についてご説明をお願いします」

 ファスコ官房長は、すぐに愛香に話を振った。


「はい。現状については、先ほどの閣僚会合でコーシア伯爵閣下とセレニア神祇官猊下よりご説明があったとおり、封じ込められた河竜を解放するために、闇落ちした紅虎様が神使を放ち、神使は伯爵閣下が、河竜はアイザワ子爵が討伐しました。紅虎様は、イドニの砦から、ナギナを攻め落として、さらに下流に進む見込みです」

 その部分だけなら、むしろ由真が説明した方が早いようにも思われた。


「今後ですが、神祇官猊下よりお話があったとおり、紅虎様の神使は、州内全域に出現する危険があります。神殿において祈祷が行われますが、全土的な相場の混乱や、疫病の蔓延、学生・生徒・児童の混乱などに、各担当において引き続き十分注意願います。

 その上で、最重要の課題は、食糧や物資の輸送、冒険者や関係職員の移動のための列車の運行の確保となります。これについて、陸運総監府から何かあればお願いします」


 そこで愛香は陸運総監府を指名する。

 すでに事前の打ち合わせを済ませていた相手側は、パスフレト副総監が立ち上がった。


「はい。まず、シナニア本線以外の路線につきましては、現在、平常通りの運行を維持しております。また、シナニア本線につきましても、一昨日の閣僚会合においてシチノヘ理事官からお話をいただいたとおり、貨物列車と特別快速以下の旅客列車は運行を再開しております。

 ナギナ中央駅までのシンカニオ特急『白馬』につきましては、夜間の警備が必要となる夜行の『13号』『14号』を除き、昼行の6往復は、早ければ明日からでも運行再開できるよう、鋭意準備を進めて参ります」


 パスフレト副総監は、知事室での打ち合わせのときより少し慎重に言う。 


「それと、TA旅客、TA貨物のいずれも、軍用列車が運行される場合はそちらを優先する旨はたびたび明言しております。軍用列車を運行される、ということであれば、早い段階でお知らせ願います」


 そう言ってイスカラ総参謀長に目を向けると、パスフレト副総監は一礼して席に戻る。


「とのことですが、アスマ軍の方では、何かありますか?」

 先ほどの閣僚会合では何も答えなかった相手に向かって、ファスコ官房長は問いかける。


「……」

 他の全員の注目も受けたイスカラ総参謀長は、軽い歯ぎしりとともに険しい表情を浮かべて、そして洗脳術式を仕掛ける――ものの、由真の「封鎖」は未だ効いていて何も起きない。


「必要になったら命令する」

 結局、総参謀長はそう短く答えた。


(『それ』じゃ困るから早めに相談しろ、って言ってるんだけどな……)


 由真はそう思わずにはいられない。


 とはいえ、この場で彼を問い詰めて、妙な諍いを起こすのは、時間と労力の無駄だった。

 由真たちは、「事態の解決」に向けて、北シナニア冒険者ギルドと調整し、さらにナギナへ進出しなければならない。


「それでは、特急『白馬』の運行再開を進めていただくとともに、軍の方でも、軍用列車の運行が必要になるようなら、早めに要請をしていただく、ということでよろしいでしょうか」

 ファスコ官房長がそう総括する。彼もまた、この場で詰問を続けるのは無意味だと理解しているのだろう。


「他に何もなければ、理事官会議はこれで終了といたします」

 その宣言で、理事官会議は閉会となった。

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