262. 鉄道復旧を巡って
閣僚会合が終わると、エルヴィノ王子はすぐさまコーシニア中央駅にとって返す。
民政尚書と陸運総監以外の閣僚、それにイタピラ総司令官も相前後して駅に入り、直近の特急でアトリアに戻る。
他方で、民政尚書以下の民政省首脳は、コーシア県庁に残って対策の事務に当たる。
まず、エルヴィノ王子から指示された「全冒険者ギルドが一致団結して事に当たるよう」という趣旨の通知が、冒険者局長から全冒険者ギルド理事長宛の要請として雷信される。
相前後して、陸運総監・副総監と鉄道3社の社長が、コーシア県庁の知事室に入る。
その席には、タツノ副知事に加えて、民政省からも愛香が同席することになった。
「陸運総監のトレモ・リデロ・フィン・カプリノでございます」
そう名乗った相手――カプリノ陸運総監は、タツノ副知事と同年代と見えた。
「カプリノ総監は、109年にアスマ鉄道総局長官に就任し、117年の民営化に伴い州務尚書として州庁陸運総監となっています」
タツノ副知事が横から補う。
「副総監兼総務局長、テンソロ・リデロ・フィン・パスフレトと申します」
続けて名乗ったのは、ファスコ官房長やビルト冒険者局長と同年代と見える生真面目そうな人物だった。
「パスフレト副総監は、114年に総局の企画局長に就任して、117年に陸運副総監と兼ねて総務局長に就任しています」
今度はカプリノ総監が補う。
「TA旅客社長のベルニコ・フィン・リフティオでございます。先週は、お世話になりました」
その相手とは、ちょうど先週の第1日に通信でやりとりをしていた。
「リフティオ社長は、総局旅客局長から、アスマ旅客列車公社副総裁を経て、民営化の際に社長に就任しています」
やはりカプリノ総監が経歴を補足する。
「その、TA貨物の、ミスト・フィン・モナリオでございます。先日は、大変な無礼を働き、その、誠に申し訳次第もございません」
恐縮をあらわに名乗った相手は、アスマ軍憲兵隊に脅迫されて由真への通信を強いられていた。
「いえ、それは、アスマ軍のせいですし……TA貨物さんのお働きで、経済も混乱していない訳ですし……」
答える由真も、かえって申し訳なく感じてしまう。
「ちなみに、モナリオ社長も、リフティオ社長と同様に、総局の貨物局長から、アスマ貨物列車公社副総裁を経て、民営化の際に社長に就任しています」
リフティオ社長が「旅客畑」でモナリオ社長が「貨物畑」ということだろう。
「ベニリア鉄道社長を勤めております、カズオ・リデロ・フィン・ヤマナと申します。92年に、バブルが崩壊した直後に、こちらに召喚されました」
そう名乗った相手は、由真の目にも「日本人の中年男性」そのものに見えた。
「ヤマナ社長は、雷系統の魔法道具に長けておりまして、雷動列車の開発に貢献してくれました。それに、土木の方向にも通じていて、シンカニアの難工事も成功させています」
他の面々とは異なり、ヤマナ社長は「エンジニア」であるらしい。「雷系統の魔法道具に長けており」ということは電気系が本職で、土木についてもこの世界の最先端の知見を掌握しているのだろう。
「コーシア伯爵閣下には、鉄道にたびたびお気遣いを賜り、ただただ感謝いたしております。おかげさまをもちまして、シナニア方面の鉄道も正常化のめどが立ちました」
一同を代表する形でカプリノ総監が言い、そして5人がそろって由真に頭を下げてきた。
「いえ、それは……僕たちとしても、シナニアで動いている敵と戦うには、鉄道が動いてもらうのが大前提ですから……閣僚会合のときも、そういう立場で発言をしただけで……」
政府高官と鉄道3社社長に頭を下げられて、由真は焦りつつ言葉を返す。
「それで……その『正常化』は、どう進めることになりますか? 後は、『白馬』の全線運転再開ですけど……」
コーシニアとナギナの間を結ぶシンカニオ特急「白馬」は、現在もコーシニア中央駅とコモディア駅の間で折り返し運転が続いている。
ナギナに行くだけであれば、特別快速を乗り継ぐという手段もあるものの、時速160キロで走行し、所要7時間程度で到着できる「白馬」が運行されていた方が機動性は格段に高まる。
これまでの阻害条件だった「河竜」はすでに撃退されている。しかし、今度は「紅虎」の脅威がシナニアに迫っている。
そのような条件の下で、シナニア本線の列車をどのように運行させるべきか。
全体の戦略に関わる「そのこと」を相談するために、由真たちは陸運総監府と鉄道3社との意見交換の場を設け、そこに愛香も同席することにした。
「紅虎様が、神祇官猊下の仰せのようなことであれば……夜行はともかく、昼の『白馬』は、明日にも運行を再開して、必要な移動を行っていただいた方がよい、と思われます」
リフティオ社長が答える。
「TA貨物としましては、なにぶん、アスマ軍の要求に振り回されておりまして……護衛の方を、民政省の方で手当てしていただける限りは、最大限、運行を継続いたしますが……」
モナリオ社長は、そう言って由真と愛香に目を向ける。
「民間物資の輸送の方は、殿下の御手元金で護衛の請負を続ける予定です」
答えたのは愛香だった。
「軍用列車の方は、殿下は『軍の負担で』とお考えです」
愛香はそう続ける。それが、本来の「道理」である。とはいえ――
「それは……」
「アスマ軍が、またぞろ何かやらかすかもしれませんから、そこは、臨機応変に、ということにしましょう」
言いよどんだモナリオ社長の代わりに由真はそう言う。
憲兵隊による襲撃こそ――由真の術の「暴走」によって――笑い話で終わっている。
しかし、軍用列車の護衛云々でアスマ軍との関係がこじれると、同じような事態を招かないとも限らない。
「あちらも、『河竜が討伐されたら先遣隊を出す』と約束した以上、『白馬』の運行が再開されたら、早い段階で軍用の貸し切りを要求してくると思いますから、まずは、それに対応していただくことになる、と……」
「そちらの方は……本来なら、民間会社としては損失を垂れ流すべきではない、とは心得ておりますが、なにぶん相手が相手ですので、一日貸し切りにされてしまう程度は、覚悟はしております」
由真に応えるリフティオ社長は、言葉からも表情からも不本意という思いをありありと伺わせていた。
「それと……どちらにしても、紅虎様がシナニア本線そのものを襲ってこない、というのが前提になりますし……火系統や雷系統で線路が破壊されてしまうと……」
「そうなった場合には、復旧にどの程度の時間を要するかは、なんとも……」
ヤマナ社長が険しい表情で応える。
「そうなると……一刻も早くナギナに入って、敵を……」
「そこは、線路防衛の祈祷の強化から当たるのがよろしいでしょう。『白馬』が途中で襲われると、閣下が乗られていたとしても手間がかかります。幸い、猊下がコーシニアにおられることですから、シナニア東線の範囲なら、しばらく持ちこたえるのはたやすいかと」
由真が言いかけた言葉を遮るように、タツノ副知事が進言する。
「あ、ああ、そうですね。ユイナさん……セレニア神祇官の祈祷なら、確かに大丈夫でしょうね」
「はい。その上で、現地の対策については、北シナニアギルドと調整の上で当たる、という手順がよろしいかと」
タツノ副知事は、由真にそう応える。
「それでは、まずは『白馬』の運行再開、ただ、アスマ軍が軍用列車の運行を要求してくる可能性があるので、その場合は、まずはそちらを優先するということで、その間で、北シナニアギルドと調整を進める、ということで、よろしいでしょうか」
由真は、ここまでの話を整理して、場の全員に告げる。タツノ副知事も、カプリノ総監や鉄道3社社長も、そして愛香も、一様に頷いた。




