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259. ナギナ対策

女神様から貴重な情報をいただいたので、早速対策会議です。

 ユイナが大地母神の「神意」を伺ううちに、大地母神は由真に直接答え始め、ついに「紅虎を御している者の名」すら示した。


「ダクト・オリステロ・フィン・ガロ……」

「イドニの砦を預かり、この方面からの進出を狙う者にして、地系統に優れ、また召喚神霊も巧みに操ります。その力量は、ナギナ方面において十分示されています。心してかかってください」


 その言葉が終わったところで、女神像から大地母神の「気配」は消えた。


 敵の領袖である魔王四天王の一角、地の大魔将ダクト・オリステロ・フィン・ガロは、紅虎を「荒ぶ時」に至らせ、その神使を自在に出現させることを可能としている。

 河竜を解き放つべくガルディア堰堤に出現させた神使が由真によって撃退され、河竜もまた晴美が討伐した今、敵将は戦力の集中投入によりナギナを殲滅しようとしている。


 大地母神が示したその情報を受けて、いかに対応すべきか。


「ビスラクト司教、今の件を、至急総主教府に雷信してください」

 タツノ副知事が、いち早く告げる。司教は頷き、部下の神官に雷信発信を指示した。


「殿下は、もう特急に乗られたはずですから……いくら何でも、駅員とか車掌とかに託していいたぐいの情報じゃないですよね」

「そう思われます。これは、対策本部の閣僚会合に直接報告すべきことかと」

 由真の言葉に、タツノ副知事はそう応える。


「その上で、対策は……敵は、早ければ明日の夜にも襲撃してくるかもしれないですよね?」

「雑兵となすオーガやゴブリンが夜行性であることから考えて、最速で明日の夜かと」


 確かに、彼らはおよそ夜に襲撃してくる。


「そうなると、僕たちが加勢するなら、明日には特急を運転してもらって、現地に入らないといけない、と……」

「こちら側からの最速の手順としては、そうなろうかと思われます。ただ……ラルドたちが、どう反応するかは、わかりません」

 タツノ副知事が指摘する。


 それが、まさに最大の課題だった。

 由真たちが「加勢する」というのも、現地のラルドたちが応戦に入り、彼らと由真たちが協力するという体制が成立していることが前提になる。

 少なくとも現時点では、由真たちとラルドたちの「協力体制」についての合意は得られていない。


「今の、女神様の『神託』を伝えても、ラルドさんたちは、翻意しない、ということでしょうか」

「少なくとも、『それ』を理由にアトリアギルドと組め、と要求しても、ラルドたちは、首を縦には振らないでしょう」


 やはり、北シナニアギルドは、アトリアギルドに対して確執めいた意識があるということか。


「それに、河竜がアイザワ子爵の手で討伐され、神使は閣下が倒された、となると、エストロ知事が警戒してくると思われます。そうなると、民政部も、冒険者ギルドを締め付けるでしょうから」

「北シナニア県庁の民政部が……ですか?」

「はい。前任のロキモルト民政部長は、ギルド管理にも長けていたのですが、119年春に依願免官で引退しています。後任となったエンドロ男爵という人物は、ギルドの管理があまり巧みではありません」

 タツノ副知事が、官吏に「低い評価」を示すのを見るのは、由真は初めてだった。


「……男爵、なんですよね?」

「前王朝のシアギア男爵です。……もとより、問題は出自ではなく本人の資質ですが」

 副知事は、とげを隠そうともしない。


「他のお歴々は……」

「実は、119年にエストロ大将軍がアスマ軍総司令官から退いた際に、北シナニア県知事だった総司令官の前任者が退いて、席を譲ったのですが、その際、副知事、内政部長、警察部長は更迭されました。

 後任人事を巡っては、内務省では辞退する者が続出し、結局、副知事兼内政部長はセントラの経済省資源局長、警察部長はシナニア師団の前師団長が就任しました」 

「それは……エストロ知事の下というのが……」

「ロキモルト民政部長が私のところへ退任挨拶に来た折には、新知事に仕える自信がない、と漏らしておりました」


 ――ずいぶんと嫌われたものだ。


「それは、エストロ知事の、人柄とか、そういうところが……」

「……112年から7年間、アスマ軍総司令官の職にあった人物ですので」


 人物については十分知れ渡っているということだろう。


「そうなると、仮に、殿下が台命(たいめい)を下されたとしても、知事と首脳部は、まともに反応しない……ですよね」

「ええ。イタピラ総司令官やイスカラ総参謀長と連絡を取り、面倒を冒険者に押しつけて、功績を軍が得るよう画策することでしょう」


「せめてナギナを守ってくれるなら、別にいいんですけど……」

「アスマ軍にそれが可能なら……とうにイドニの砦は奪還されているはずです」


「通信も雷信も拒否されるとしたら、最悪、こっちから乗り込んで直接やり合うしか……」

「それ、まさか由真ちゃん一人で行く、っていうつもりじゃないわよね?」

 漏らしかけた言葉に、晴美がすかさず反応してきた。


「え? それは……交渉で済めばともかく、紅虎様だとか四天王だとかを迎え撃つ、って話なら、当然、みんなで行かないと無理な話だから」

「それならいいけど」

 少なくとも決戦には、単独で臨むつもりはない。そう言うと、晴美はほっとしたように息をつく。


「とりあえず、対策本部の閣僚会合で、この件は殿下に報告して、ご判断を仰ぐとして……こっちの心づもりとしては、みんなでナギナに乗り込んで決着をつける、っていう前提で、北シナニアギルドと調整する、っていうことかな」

 由真がそう言うと、晴美、衛、和葉、ウィンタはいずれも頷いた。

「私の方は、総主教府次第ですけど、紅虎様関係の祈祷は、私が現地でするつもりです」

 そしてユイナも、「神官として同行する」と宣言してくれた。

魔物より面倒くさい敵。「人」という名の「魔物」。

相変わらず、そちらを無視できない状況です。

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