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25. 二度目の土曜日 -セーラー服、そして地歴補講-

週末になって、アレが届きます。

 翌日の昼食から、晴美のために用意されたパン、薄切り牛肉と、野菜のサラダが、Cクラスの女子6人全員に分けられるようになった。

「押しつけがましくて申し訳ないけど」

 晴美は、大皿を出しつつそんなことを言う。

「いや、そんなことないよ相沢さん! ほんと、ありがとう!」

「生野菜とか、ほんとに助かる」

「このパンも、すごくおいしい」

 女子たちは、しきりにそう言って、晴美に感謝の気持ちを示してくれた。



 その週の第6日――土曜日まで、同じような生活が淡々と続いた。


 午前前半の座学は、由真の予想通り、歴史の授業は行われず、地誌もカンシア地方とミノーディア地方しか扱わなかった。

 武芸には、教える側の力量が明らかに不足していて、多くの生徒は上達など見られない。そのため、元から心得のある晴美の技量が突出していた。

 魔法にしても、1週間で目立つ成果が上がった者は、ユイナが指導に当たって初歩の術式を会得した島倉美亜や七戸愛香程度だった。

 その傍らで、晴美は「生活に便利そうじゃない?」といってユイナから水系統魔法を教わり、土曜日にはレベル3に上達させていた。そのことは、ユイナと由真以外の者には明かされなかったが。


 その土曜日。

 発注していた由真のセーラー服その他一式が納品されたということで、晴美の部屋にユイナがやってきた。

 開けられたものは、上着のセーラーブラウスとプリーツスカートに、下着として木綿のブラジャーとショーツも5セット。加えて綿製のジャージも用意された。


「これでようやく、メイド服もどきとはおさらばね」

 晴美は我がことのように喜色を示す。

「これ、しないといけないんだよね」

 ショーツとブラジャーを手にとって、由真はげんなりする。ショーツはブリーフの同類と思えばよいとしても、ブラジャーなどは当然装着したことはない。

「ああ、それね。教えてあげるわ」

 といって、晴美は半裸の由真にブラジャーの付け方を講釈する。


 胸部を些か前屈みにして、乳房の肉をカップにしっかり収納すること。それが要諦だった。

 ホックが背中にあるため、両手を後ろに回して、見えないところで作業をするのがやや面倒だったものの、どうにか装着作業を完了させることができた。


「はい、これでいいわ」

 作業を終えたところで、晴美がそういって由真を姿見に向けた。

 そこには、白い下着を身につけた、華奢な少女が立っていた。細い手足に豊かな乳房が目立つ。

 その可憐な面差しは、柳眉を潜めている。明るく微笑んでいれば――と思わずにいられない。


「……これが……ぼく……」

 姿見に映る自らの姿を見て、由真はそう漏らしていた。


「そしたら、上にセーラー服を着るわよ」

 そう言われて、由真はセーラー服を手に取る。

 ――それは、由真の想像とは異なり、襟のついていない単なる上着だった。

 例の襟は別になっていて、上着の襟首に金具で止めていく作りだった。胸元でスカーフを止める小さな帯も片方にのみ縫い付けられている。その胸元にもホックがあり、そこを締める形だった。


 まずは襟を取り付けて、全体を頭からかぶり、左脇のファスナーを下げて締める。胸元のホックを留め、さらにスカーフ止めも反対側に止める。

 えんじ色のスカーフは、対角線で二つ折りにして二等辺三角形を作り、その底辺を背中から首に巻いていく。底辺両端の2点は、単純にスカーフ止めに通せばよい。

 さらにプリーツスカートを穿く。ウエストに引っかけて、脇のホックを閉じてファスナーを上げると、それで完成だった。


「ユマさん、よくお似合いですよ」

 姿見を前に、ユイナがそんなお世辞を言う。

「スカート、やっぱり、ちょっと短かったかしらね……」

 晴美は小首をかしげる。


 スカートの裾は、膝上10センチか15センチか。太ももが少なからずあらわになっている。

 隣に立つ晴美の膝上丈スカートと比べると、差は一目瞭然だった。

「まあ、仕方ないよ。この丈にしたのは、僕の判断だし」

 と答えたのは、姿見の中のセーラー服姿の少女だった。


「とにかく、これで由真ちゃんのメイドもどきも終わり。来週からはみんなと同じ『女子生徒』ライフよ」

 晴美の言葉に、姿見の中の女子高生は、こくりと頷いた。



「あ、ユイナさん、帰っちゃう前に、聞きたいことがあるんだけど」

 由真の服を置いて帰ろうとしたユイナを晴美が呼び止める。

「なんでしょう?」

「この先、歴史の授業って、あるのかしら?」

 先日、由真と二人で話した一件を、晴美はユイナに直接尋ねるつもりのようだった。


「歴史……ですか? あの、それは、皆さん、あまり関心もないでしょうし、知らなくても、当座困る訳では……」

 ユイナは、首をかしげて苦笑を浮かべつつ答える。

「ってことは、やっぱり、『初期教育』の間では歴史の授業はないのね?」

「まあ、少なくとも、地理とか、社会制度とか、生物学とか、そういったものよりは、後回しになると思います」

 ユイナのその答えは、由真の耳には穏当なものと聞こえた。この「異世界」の歴史を知るより、まずは地理、社会常識や、生物学――ことに「危険な生物」に関する知識の方が優先されるだろう。


「その地理なんだけど、大陸の南側のこととかは、扱わないのよね?」

 晴美は切り口を変えた。

「まあ、アダリ山地に阻まれて、船を使わないと往来もままならない地域ですから、そちらも、やはり後回しですね」

「そうなの。……てっきり、ベストナとかダスティアとかの植民地になっちゃってるから、触れるのを避けてるのかと思ったわ」

 晴美はさらに踏み込む。ユイナの表情は変わらない――と、彼女はそこで大きくため息をついた。


「さすがに、鋭いですね」

 返ってきたその言葉が、事実を雄弁に物語っていた。

「お察しのとおりです。船を使えば往来はできる地域ですけど……西の大洋の制海権は、主にベストナに握られています。ダスティアは、高度な造船技術と航海能力を持っているので、ベストナに対抗できますけど、ノーディアには、そんな力はありません。

 大陸の南側……『ソアリカ』というんですけど、ここは、大きく言うと、西側がベストナの植民地、東側がダスティアの植民地です。ノーディアは、ソアリカの北端……ソアリア海の対岸の砂漠に橋頭堡を持っているだけで、それより南には手も足も出せません。

 そういう『情けない話』をするのは、ここの幹部の皆さんは嫌がりますので」


 ――由真が推測したとおりの状況と内部事情だった。


「歴史の話も、実際のところは、ノーディアがアスマを領有していたのは、ノーディア暦84年から220年まで、それと大陸暦71年以降で、その間150年ほどは独立王朝の存在を許していました。

 ミノーディアから西側は、通してみればノーディアの勢力圏でしたけど、王家の兄弟が分立しかけたこともあります。ダナディアが魔族の本拠地なので、逆に緩くても結束が保たれていました。

 ナロペアにしても、勝ったり負けたりで、勝ったときは、『皇帝』の号を名乗ったこともありました。そもそも、今の大陸暦そのものも、ノーディアが他の2国に勝利して、『皇帝』の地位を得たときに、ノーディア暦301年1月1日をもって大陸暦元年1月1日にした、という代物ですし」


「それじゃ、『揺るぎない統治』とか、『あえて『皇帝』の号は名乗らない』とかは……」

「そういうことなんです。ノーディアの支配層にとっては」

 ユイナは、苦笑を崩さずにそう言った。初日にモールソ神官が誇らしげに語った「歴史観」は、実のところ、美辞麗句――というより、現実から目を背けているだけとすら言えた。


「ちなみにユイナさん、アスマの国力とか経済力って、実際はどの程度なんですか? 少なくとも、ナロペアは上回ってるんじゃないかと思うんですけど」

 話の流れで、由真もあえてそう尋ねてみた。


「まあ、私はアスマ出身なので、逆方向に身びいきになってしまいますけど……人口は、ナロペア全体が1億人弱で、アスマは3億人強、王都セントラの人口は郊外を入れておよそ300万、アトリア市は区内だけで人口1000万、市全体では2500万です。地区全体の農業生産は、講義で説明したとおりです。アスマとの間が陸路で結ばれている限り、制海権を握られていても、大きな問題にはなりません」

 ――圧倒的な差だった。あえて「身びいきになってしまう」と断りを入れただけのことはある。


「え? それじゃ、エルヴィノ殿下は、その人口3億人強を丸ごと所領にしてるの?」

「ええ。……そういうこと、なんです」

 晴美が問うと、ユイナはそう答えた。


(『そういうこと』……か)

 エルヴィノ王子の地位の強さ。それを支える国内の期待。それに対するアルヴィノ王子の焦り。そのアルヴィノ王子の軽挙妄動に対して警戒を怠らないエルヴィノ王子という人物。

 自分が巻き込まれてしまった「召喚」の裏側にあるノーディア王国の権力構造。

 ユイナの「そういうこと」という言葉に込められたそれに、由真は怖気すら覚えていた。

「地歴」の裏話も入れました。

神殿側が隠そうとしている物事は、強引に聞き出さないと話にできないので…

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