256. 次の手順を
戦いを終えた一行は、帰路につきます。
ガルディア・ノクティニカ駅では、昨日と同様に駅長の出迎えを受けた。
待合室に入って、コモディア駅までの二等乗車券を6人分購入し、定刻にやってきた快速列車に乗る。
コモディア駅に到着すると、やはり駅長が迎えに来て、特別待合室に案内された。
「コーシニアから、連絡がございました」
駅長は、そう言って由真たちに雷信を差し出した。
大至急
晩夏の月9日12:41受信
シナニア本線内
コモディア駅長殿
コーシア伯爵ユマ閣下と セレニア神祇官猊下及び冒険者の方々には、本日中にコーシニアまでお戻りいただきたいとの要請がコーシア県庁よりなされました。
ついては、貴駅本日14時15分発「臨時白馬506号」の特等室2室分の乗車券及び特急券を発行願います。
なお、コーシア県庁へご用件があれば、当駅よりタツノ副知事閣下へ取り次ぎますので、その旨 閣下方にお伝え願います。
大陸暦120年晩夏の月9日
コーシニア中央駅長
「わかりました。わざわざ恐縮です」
とりあえず、駅長にはそう応える。
「なんだか慌ただしいわね」
その雷信を見て、晴美が嘆息する。
「まあ、ここはそもそもコーシア県ですらなくて、エストロ知事の領地だしね。タツノ副知事にしても、コーシニアまで戻ってもらった方が面倒を見やすい、ってとこだと思うよ」
由真は、晴美にそう応える。
実際、河竜討伐のための宿営でも、ガルディア出張所に相当の負担をかけてしまったことを思えば、不必要な長居は好ましくない。
「エストロ知事、というと……これから、どうしましょうか」
ユイナが口を切る。
「河竜は片付いて、ナギナまでの移動は自由になりましたけど……」
「次は、本丸……イドニの砦の対策ですよね。河竜は片付いた訳ですし、ラルドさんたちとの交渉も、楽になりますよね」
「河竜の方は、そうなんですけど、問題は、ユマさんが討伐した、紅虎様の『神使』の方です」
ユイナは、眉をひそめて言葉を返した。
「あの『神使』は、理論上は、アトリアでもシアギアでも、どこにでも出現できるんです。もちろん、それは『西方守護神の使い』として、ということで、人に牙を剥いてくるようなことではないんですけど……今回ユマさんが討伐したのは、『人に牙を剥いてきた』となると……」
そう言われて、ようやく由真は「問題」を認識した。
「確かに、あのガルディア堰堤に、前触れもなしに現れた、ということは……」
「北シナニア県内なら、どこにでも出現できる、というのは確かだと思います。さすがに、ユマさんに討伐されたとなると、コーシア県には、出てこないとは思いますけど……」
あの強さの「分身体」が、文字通り「神出鬼没」ということになる。
河竜のように「大きな川の流水域」といった制約も一切ない。
それはすなわち――
「それ、控えめに言っても、アスマ全土の危機?」
アスマ軍がたびたび使った表現で、晴美がそう指摘する。
「まあ、『アスマの地における最大の艱難』が、全土的に顕在化した、ってことだよね」
由真は、国王の勅語の表現で応える。
「紅虎様の『神使』を止めるような術や祈祷となると……最低限でも司教府、できれば、総主教府で大地母神様にお伺いを立てて……やはり、ナギナに入って祈祷をするしかない……と思います」
ユイナが、目を伏せたまま言う。
「そうすると、とにかく急いで、ナギナに入らないといけない、ということですか」
「私があちらに行ける準備ができていて、あちらも私を拒まない、という確信が持てるなら、ですけど……」
由真の言葉に、ユイナは不安の色を見せる。
ナギナの神殿がユイナの来訪を「拒む」とは考えにくいものの、現地はエストロ知事の「お膝元」であり楽観はできない。
また、「護衛」の名目で由真が同行するとしても、今までの「辺境」コモディア周辺とは異なり、ラルドたちの本拠地で活動することになる。
事前のすりあわせもなしにいきなり現地に乗り込んで、それこそ彼らが「拒まない」とは言い切れない。
(どうしよう)
河竜を追い詰めて、ようやく討伐したと思ったら、新たな「神出鬼没の敵」に直面させられている。
しかも、現地との調整には見通しも立っていない。
(とにかく、都合のつくものから、順番に片付けるしかない)
一瞬わき上がりかけた不安と混乱を、由真は内心でどうにか押さえつける。
「とりあえず、ユイナさんの祈祷は、コーシニアには戻った方がいいんですよね?」
まずはそれを問いかける。
「そう……ですね。対策のことを考えると、その方がいいですね」
「そうなると……どのみち、僕たちがナギナでことに当たるとなると、北シナニアギルドと調整をつけないといけませんから、今日のところはコーシニアに戻って、明日の朝に、ユイナさんは神殿に当たってもらって、僕は、タツノ副知事とも相談して、ラルドさんたちと連絡を取ります」
そう口にして、由真は軽く息をつく。
今の自分に可能な現実的な解決を見いだし、それを口にすることができて、だいぶ気が楽になった。
「明日か明後日には、特急の運転も平常通りに戻るでしょうから、ナギナとも事前にすりあわせた上で、僕たちで現地に乗り込んで、最後の決着を図りましょう」
その言葉に、その場の全員が頷いた。
さらなる戦いに向けて、気持ちを切り替えることができました。




