253. 攻撃の果てに
ダメージを与えてもすぐ復活する相手と戦うすべは――
槍で貫いても、剣で切り裂いても、「本体」から「ラ」が補充され、すぐにダメージが帳消しにされる。
そんな相手――「紅い虎」と由真たちは、わずか数メートルの距離を挟んで対峙していた。
「【大水槍】!」
距離を取らなければ――そう思った由真は、「大水槍」を連続で放つ。「紅い虎」は、即座に飛び退いた。
「【地雷】!」
「【闇の風刃】!」
着地した先に「地雷」で雷撃を食らわせて、よろめいた相手にウィンタが「闇の風」を「風刃」にして放つ。
敵は、胴を切りつけられつつ飛び退いて――程なくその傷が消えた。
「あれは……」
「自力でも、ある程度は回復ができるみたいですね」
眼前の現実を前に、由真はそのことを明言して受け入れる。
「それでも……ある程度以上ダメージを与えれば、行動を止めることはできるみたいです」
少なくとも、「本体」からの「力」の補給が必要になる程度には、追い詰めることができる。それもまた、確かな事実だった。
(防御は、火には風、雷には水だな。攻撃は、雷か)
ウィンタの「闇の風」――「二酸化炭素」は、この敵の「火力」を効果的にそいでいる。
そして純水の「水の壁」を使えば、雷撃による攻撃は防御できる。
こちらからの攻めは、水系統魔法では回避されてしまう。
「このまま、攻めましょう。……【大空雷】!」
由真は、そう言って棍棒をかざし、「大空雷」を連発する。
「そうね。【闇の風】! 【風弾六連】!」
ウィンタもそう応えて、「紅い虎」の周囲に新たに「闇の風」を出現させて、弾丸にして打ち込んでいく。
「グルルルッ、グルアアアッ!」
後ろに退かされた「紅い虎」は、咆哮して雷撃を放つ。その先は――
「『堰の形相をさらに固めん』!」
由真は、破壊に対抗する形相維持の呪文を放つ。「紅い虎」の雷撃はダムに直撃したものの、ひびも入らなかった。
「仕方ないわね! 『光のなせる闇の風、集いて我に与すべし!』 【闇の風】!」
ウィンタは、歯がみの気配を見せつつも、「やり過ぎると下流に毒が及ぶ」と懸念した「闇の風」をさらに出現させる。
(手数を取り過ぎた。速く仕留めないと)
充満しつつある「闇の風」――二酸化炭素。
次々と落とした「雷撃」によって、谷間の電位も上昇している。
(二酸化炭素……電位……ダメージ……)
それらの言葉が由真の心に去来し、そして一つの考えが浮かぶ。
「……【三連最大空雷】!」
杖をかざして、由真は詠唱する。
最大級――積乱雲から放たれる落雷にも比肩する雷撃が、「紅い虎」へ向かう。
「紅い虎」は、素早く飛び退き、今度はこちら側に走ってきた。
「【闇の風弾六連・収束】!」
「【三連最大空雷】!」
前方からウィンタが収束させた「闇の風弾」をぶつけ、後方から由真が雷撃をさらに放つ。
「紅い虎」は、「闇の風弾」にぶつかり、そこへ雷撃の3撃目が直撃した。
「ウ……グ……ア……」
「紅い虎」は値に倒れ、虫の息を漏らす――と、そこへ再び「本体」からの「紐」を通じて「ラ」が補給される。
「『力を遮らん』」
由真は、先ほど効果のあった「遮断」の呪文を唱える。
それで「ラ」の流れはいったん滞った。
しかし、「本体」からさらに強大な「ラ」が送り込まれ、それとのせめぎ合いに入ってしまう。
「グ……ル……グルル……」
「『闇の気を圧せん! それを液体まで冷却せん!』」
次第に「力」を取り戻しつつある「紅い虎」を前に、由真はさらなる呪文を唱える。
「紅い虎」の周囲に集まった「闇の風」が凝縮され、やがて空中に液体が浮かぶ。
「ウグアアア! グルアアアッ!」
「『それを解き放たん!』」
咆哮する「紅い虎」。その頭上で、由真は「圧縮」の術を解く。空中の液体は、風を散らして雪のような氷となった。
「『それを包まん!』」
由真は続けて詠唱する。空中の氷は、「紅い虎」の鼻先から口をふさぎ、さらに胴部もうっすらと覆った。
「グウ! グウウ!」
「『猛虎の身と地上より空中のため池に全ての電子を転移せん』……」
氷で息をふさがれて、「紅い虎」は身悶える。胴も苦しげにひねっている。
それをよそに、由真は呪文を詠唱し、「電子」の「転移」を念じる。
「……『それを転移し滞留させん』……」
(まだ……まだ……もっとだ……)
熱気で氷を溶かそうとする「紅い虎」を前に、氷の温度を維持する術を念じつつ、「電子」の「転移」を続ける。
「グ……グアア……」
「紅い虎」の熱気が高まる気配を感じる。
「グルアアアッ!」
「『氷を解かん』」
咆哮とともに「紅い虎」が熱気を放ったその瞬間、由真は「氷」の術式を解く。
直後、破裂音とともに、「紅い虎」の周囲で白い煙が爆ぜた。
「……『電子を解放せん』」
続けて、空中に蓄積された「電子のため池」を「解放」する。
天地を貫く鮮烈な光が走り、全てを引き裂く爆音が轟く。
その直下の白煙が薄まり――
「『力を遮らん!』」
先ほどは手を抜いた「遮断」の術式に、今度は全力を注ぐ。
その対象――「紅い虎」は、全身が焼けただれて地に伏せていた。それを修復させようとする強大な「ラ」と「ダ」に、由真は自らの「ヴァ」で対抗する。
「『紐を切らん!』」
続けて、「ラ」と「ダ」を伝える「紐」ごと切断する。その術は、今度は成功した。
「食らえっ! 『汝らの生を滅さん!』」
そして、「本体」と「分身体」を狙って「即死魔法」の呪文を放つ。
結果、「紐」を相当のところまで機能停止させることができたものの、「本体」には届かなかった。
それでも、眼前にいた「紅い虎」は、「ダ」がみじんも残らず消え失せた。
今そこに転がっているのは、ネコ科の大型猛獣の焼けただれた死骸だった。
総力を挙げての攻撃の結果です。




