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251. 下流と上流の戦い

川縁の戦いは――

 アルト・サゴデロとウムト・サゴデロのサゴデロ兄弟は、2人とも地に倒れた。


「はあ、はあ、……これ、勝った……の?」

 息を荒げたまま、和葉が問いかけてきた。


「念のため、とどめは刺しておきましょう。……【光斬(ロイヒトシュニッテ)】」

 そう答えて、晴美は光の斬撃を繰り出す。

 意識を失ったアルトとウムトの首は、それで完全に切断された。


「これで、大丈夫かしら?」

「アルトとウムトは、首を斬れば大丈夫なはずです。……あとは……」

 晴美の問いに答えたユイナは、川に目を向ける。

 河竜が、口を大きく開いたまま、未だ硬直していた。


「あれは、ハルミさんが氷漬けにしたんですか?」

「みたいなもの……ああ、もう氷漬けになってるわね」

 ユイナに問われて魔法解析してみると、河竜の体内はすでに凍結していた。

 そして、その源になった物質は、別の元素――「固体水素」に変化していた。


「あれ、何をしたんですか?」

 ユイナがさらに問うてきた。


「ヘリウム、って、知ってる?」

 晴美は逆に問い返す。


「『ヘリウム』? いえ、何のことかもわかりません」

 当惑をあらわにユイナは答える。


「ヘリウム、って、沸点がめっちゃ低いあれ?」

 和葉がそう反応する。


「そう。……私たちの世界で発見されてる、どれだけ冷やしても、常圧だと絶対に凍らない物質、それがヘリウム。そのヘリウムを、極限……ほぼ絶対零度まで冷やすと、凍る代わりに『超流動』っていう状態になって、どんな狭い隙間にも入り込んで、下から上にも向かうようになるの。あれは、それをやったのよ」

 晴美は2人にそう解説する。


「術そのものは、液体ヘリウムを凍らせるように仕掛けたんだけど、ほぼ絶対零度までは冷却できても、やっぱり『氷』にはならなくて……その代わり、『超流動』になったわ。本来なら『失敗』なんだけど、『超流動』になったおかげで、あの分厚い皮を通り越して、全身をすっかり凍らせられたみたい」


「氷系統魔法」。その本質は「氷というものを作り出すこと」ではなく「物質を冷却すること」。

 形成される「冷たい固体」は、あくまでも「常温では液体や気体であるもの」が「冷却されて固体となったもの」。


 その理解に基づいて編み出したのが、「氷の太陽(アイジゲ・ゾンネ)」だった。

 理論上の絶対零度までの冷却。それと相まって、「水」という物質を「ヘリウム」という物質に転換する。

 地球の化学や物理学の法則上は絶対あり得ない「それ」も、この世界の上位の「系統魔法」なら可能だった。

 実のところ、「常圧下での固体ヘリウム」は実現できていないものの、「超流動」の方が「実戦」の役には立つ。


「それはともかく、途中で、すごく強い『ラ』が来たわね。あれがなかったら、たぶん勝てなかったわ」

 先ほどの展開を思い出して、晴美はそう言う。

 ユイナの放った「地の雷」が、1回目は遮られたのに、2回目は通った。それも、あのときやってきた「ラ」の恩恵だった。


「あれ……ユマさんが、何かしたんでしょうか?」

 さすがにユイナも「そのこと」を認識していたらしい。

「たぶんね」

 晴美はそう答える。実際、他の「原因」など考えようがない。


「由真ちゃんの方は、今頃……」

 晴美は、川上で戦っているであろう由真を思いつつ、そちらへ目線と魔法解析を向けた。



 時はいささか遡る。


 由真たちの前に現れた「紅い虎」は、ウィンタの「闇の風牢」を打ち破り、そこから炎と雷撃を続けざまに放った。

 それ自体は、由真が魔法で強化した盾を持った衛が難なく防いだ。

 しかし、衛の盾だけに依存していては、状況を打破することはできない。


(どうしたら……って、迷ってる暇はない)


「ウィンタさん、『闇の風』を、ここの周囲と、あと……あそこの建屋、たぶんこのダム……堰堤の監視小屋です。あれの周囲に展開できますか?」

 まずは守りを固める。


 ウィンタの「闇の風」――おそらくは「二酸化炭素」であろうそれは、「紅い虎」の火炎攻撃を一度防ぎ、さらに「紅い虎」自身も拘束されて悶絶した。


「もちろん。……『光のなせる闇の風、集いて我に与すべし』。【闇の風】!」

 ウィンタが詠唱し、敵と由真たちの間の空間、そしてダムの監視小屋の周囲が「闇の風」で覆われた。


「ガアアア!」

 咆哮とともに、「紅い虎」は由真たちに火の玉を放つ。しかしそれは、「闇の風」でかき消された。


(よし、行ける!)


 この敵は、物理法則とこの世界の「魔法」の理論の範疇の中にある。ならば「攻略」は可能だ。


「ウルァアアア!」

 さらなる咆哮。そして「紅い虎」は、今度は雷撃を放ってきた。


「【水の壁ムールス・アクアリウス】!」

 電気を通さない純水による壁。敵の雷撃も、それによって遮られた。


「【(マグナエ)(ランケアエ)(アクアリアエ)】!」

 先ほど「とどめ」のつもりで1本に集中させた「水の槍」。その規模のものを、今度は複数繰り出す。そして、続けざまに地面へ落としていく。


「紅い虎」は、やはり続けざまの雷撃で迎撃を図る。しかし、3本を打ち落としたところで4本目が眼前に迫り、大きく身を捩らせてそれを避けるといったん飛び退く。


 由真は、「紅い虎」が避けた方向へと「大水槍」を落とし続ける。


「ウグアアア!」

 苦しげに聞こえるその咆哮とともに、「紅い虎」はこちら側の山へ雷撃を放った。


「【水の壁ムールス・アクアリウス】!」

 先ほどと同じ「水の壁」により、その雷撃は遮断できた。


 それを見た「紅い虎」の動きが一瞬硬直する。


「【(マグナ)(ランケア)(テレストリス)】」

 そこを狙って、由真は地面から地系統の槍を出現させ、そして「紅い虎」の胴を貫く。


「ガアアアッ! アア……アアッ!」

 悶絶している「紅い虎」に、由真は「大水槍」を2本続けて落とした。


 その身を3本の槍で貫かれた「紅い虎」は、そのまま脱力していく。


「やった?」

 ウィンタが声を上げる。

「おそらく……え?」

 由真が答えようとしたそのとき、「紅い虎」の全身がまばゆい輝きを帯び始める。


「これ、これはっ?!」

 ウィンタが叫び、衛は無言で盾を構える。


(これは……まさか……)


 倒れかけた「紅い虎」の「ダ」と「ラ」が急速に回復し、その勢いをさらに増していく。

 そして、「紅い虎」の全身から、ひときわ明るくひときわ赤い閃光が放たれた。


 閃光が消えると、そこには、先ほどまでよりさらに大きな「紅い虎」が、全く無傷の状態で立っていた。

「氷系統魔法」の究極レベルの技として、ヘリウムや水素のような極端に沸点の低い物質を使うことは、前々から考えていました。

「およそ絶対零度にする」という術なら、ローファンタジーや科学の要素が強いお話なら前例があると思ったもので、それと「超流動」を結びつけてみた次第です。


そして、上流では戦いが続きます。

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― 新着の感想 ―
[一言] ウィンタさんのフラグにちょい涙 強敵ってなんで2段階とか3段階の 変化もってるんだろうね 完全な勝利以外には 『やったか?』『勝ったか?』は 絶対に禁止なのですよ
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