250. 「水の支配」との戦い
状況が打破できない中、戦いは続きます。
「光まとえる氷の壁」の垂直落下。
切り札として出した術も、河竜に防がれてしまった。
その現実を前に、晴美は槍を構えつつ、いったん息を整える。
(これは……水が強すぎる。私たちには、相当不利ね……)
それは、認めざるを得ない。
晴美が繰り出す氷系統魔法の攻撃は、河竜の水系統魔法にはどうしても通らない。
それは、ここがこの相手の「ホーム」というべき「川」だからなのだろう。
(由真ちゃんが戻ってくるまで、ここを持ちこたえられるかどうか……)
この状況で優位を確立するのは難しい、となると、由真が戻るまで戦線を維持できるかどうかが――
(って、何考えてるの!)
一瞬弱気に走った自らを、晴美は内心で強く否定する。
由真は今、この河竜をもしのぐとみられる、しかも初見の敵を相手に戦っている。
その由真が戻ってきて、眼前の敵を討伐する。それは、結局「由真が一人で全てを背負い込むこと」に他ならない。
それをさせない。由真の負荷を分担し、協力して行動できるようにする。
この「異世界召喚」の結果、由真と行動を共にすることになった今、それが晴美にとって最も重要な使命だった。
(なんとか……打破しないと……)
河竜とサゴデロの兄弟。彼らの得手とする「水」に満ちたこの川縁で、「氷」と「光」をいかに使うか。
(『氷』……『あれ』に、かけてみるしかない……)
「氷系統魔法」の「本質」。そこから導き出した「術式」。
晴美は、理論としては考えて、試みには使ったことはあった。
しかし、この厳しい「実戦」で繰り出すほど習熟はしていない。
(でも、こうなったら、『あれ』しかない……)
もう一度、息を整えて、そしてその「術式」を強くイメージする。
「どうやら手札は尽きたようだな、ハルミ・フィン・アイザワ。そろそろ……終わりだ!」
剣を構え尚したアルトが、鋭く叫び踏み込んできた。
「【光斬】! 【光まとえる氷槍】!」
晴美は、立て続けの詠唱を返す。
踏み込んでくるアルトには「光の斬撃」で応じる。
そして河竜には「光まとえる氷槍」を浴びせる。セプタカで七首竜に仕掛けたのと同じように。
「ちっ! 【水盾】!」
アルトは、踏みとどまって「水盾」を展開して、晴美の斬撃を受ける。
「グオアアア!」
河竜は、咆哮とともに自らの周囲に水をわき上がらせた。
そこに、わずかながらも隙ができた。
「『止まれ全ての原子! 凍れ太陽のなす物質!』」
その呪文に「念」を載せて、晴美は詠唱する。
「【氷の太陽】!」
宣言とともに術を発動する。
河竜の周りに浮いた水が、「氷」の状態を目指して急速に冷却されていく。
「……『包め!』」
続く詠唱で、冷却された水は河竜の全身に集まった。
「ギアアア!」
そんな叫び声が響き、河竜の動きが止まる。
直後、振り下ろされたアルトの剣を晴美は槍の穂先で受ける。
「き、貴様ぁ! 何をしたぁっ?!」
そこへ響いたウムトの声。
ちらりと目を向けると、ウムトは和葉の剣を杖で受け止めつつ、河竜の姿を見て驚きをあらわにしていた。
「なに……何だこれは?!」
そしてアルトも、振り向いて驚愕の声を上げる。
彼らの後ろにいる河竜は、口を大きく開いたまま硬直していた。あたかも凍結したかのように。
「っちぃっ!」
「くそっ!」
アルトとウムトは、晴美と和葉の間合いからいったん飛び退いて、そして後方の河竜に目をやり――
「『人々を害する魔物に鉄槌を』! 【地の雷】!」
そこへ響くユイナの詠唱。そして、アルトとウムトの足下で火花が飛ぶ。
「くそっ!」
ウムトはとっさに「水の盾」を展開し、それで地面からの雷撃を防いだ。
(雷撃が通らない。こいつの出す水は、ほぼ真水ってことね)
眼前の結果から、晴美はそのことを認識する。
(水の支配力を覆すには……『殲滅の吹雪』なら……え?)
不意に感じられた、強大な「ラ」の波動。
その清浄な力は、この場全体の状況と、そして晴美たちの心身の状態を変化させるに十分だった。
「【地の雷】!」
「ちっ! 【大水盾】!」
ユイナが再び詠唱し、ウムトもそれに対抗する。
そして今度は――「大水盾」の上のアルトとウムトを雷の力が直撃した。
(水が電解質になった! これは!)
状況は明らかに変化した。
晴美たちを苦しめてきた水の支配力が、急激に弱まっている。
「和葉はこっち! アルトを手伝って! 【氷嵐】!」
晴美はとっさに和葉を呼び、そしてウムトの頭上から「氷嵐」を放つ。
「イエスマム!」
「ぐああっ!」
和葉の声とウムトの絶叫が重なる。
和葉は素早く駆け寄ってアルトに上段から斬りかかる。ウムトは雷撃に続けて「氷の嵐」を食らって倒れ込んだ。
「ちいっ!」
アルトはとっさに剣を振り、和葉の斬撃を受ける。
そこでできた隙を狙い、晴美は槍を突き入れる。
「このっ! 【水盾二連】!」
晴美の槍と和葉の剣を突き込まれて、アルトは「水盾」を展開する。
「……【二氷壁】!」
晴美が詠唱を返すと、アルトが展開した2枚の「水盾」がそのまま凍り付き、晴美の支配する「氷壁」となって逆にアルトを遅う。
「くそっ!」
アルトは飛び退き、「氷壁」をどうにか避けて――
「ていっ!」
和葉が鋭い声とともにさらに踏み込み剣を横なぎにする。
その剣は、飛び退くアルトに追いつき、さらにそれを追い越していく。
その斬撃は、アルトの首の左側を鋭く切り裂いた。
次の瞬間、赤い鮮血が吹き出して、そしてアルトの体は地に崩れ落ちた。
「水が電解質になった!」――彼女たちは一応公立進学校の理系クラスの生徒です。
なお、晴美さんの新技の呪文は「Stoppt alle Atome! Gefriert die Materielien, die Sonnne macht! "Eisige Sonne!"」です。




