249. 川辺の戦い
雑魚は片付けて、本命との戦いです。
晴美が槍でアルトと対決している傍らで、和葉はウムトに攻めかかっていた。
「【水弾五連】!」
そんな短い詠唱から、5個の水の弾が放たれる。
和葉は、素早く踏み込み、上段斬りからなで斬りと続けて2個を切り裂く。
残り3個は、後方で空を切った。
ウムトはすでに間合いに入った。
さらに踏み込みつつ剣を突き入れると、ウムトは杖で和葉の剣を受けて、そのまま下へ押さえ込もうとする。
その圧力を利用して、和葉は自らの剣をいったん引き下げてウムトの杖から離し、左側から再び突きを入れる。
「なっ!」
ウムトはのけぞって切っ先を避ける。体勢が崩れたところで、さらに――
「【水刃二連】!」
今度は2撃。しかし、その分勢いは鋭い。
踏み込みかけた体を後ろに戻しつつ、1撃は斬り1撃は避ける。
ちらりと目をやると、晴美はアルトと剣戟を続けつつ、河竜への魔法攻撃を試みている。
速く加勢しないと――そんな思いとともに、和葉は剣を構え直してウムトに向かって再び踏み込む。
先ほどと同様に、上段から斬り込み、次いで中段を横に攻める。
「くそっ!」
上段斬りをかわして中段斬りは杖で受けたウムトは、杖を振りつつ詠唱なしで和葉の剣へ水の弾を放つ。
「シッ!」
呼気とともに、和葉は上段から斬り込み――手首を使って切っ先を下段に転じる。
その刃先は、ウムトの両脚を斬った。
ドイツ剣術の「斜め斬り」。練習の甲斐あって、実戦で初めて成功した。
「ぐぅっ!」
切断とは行かないまでも深手の傷を負ったウムトは、うめいてよろける。
「グアアア!」
そこへ咆哮が響く。
和葉は、直感でその場から飛び退く。直後、ウムトの眼前――和葉の立っていた場所で、大きな水の弾が爆ぜた。
「『ゲフリーア! ファーレ!』」
晴美の声が響く。
ちらりと見ると、そちらにも水の弾が飛んで、晴美はそれを氷結させて地面に落下させたようだった。
「あれ、河竜が?!」
「はい!」
和葉の叫びに、ユイナの鋭い声が返ってきた。
「『大いなる天の光と地の恵み、我らを暫し衛らせたまえ』! 【天地の盾】!」
続く詠唱で、河竜と和葉たちの間に新たな「天地の盾」が展開された。
「気をつけて! ピンポイントで狙われてるから、さっきまでとは密度が違うわ!」
晴美が、顔はアルトに向けたまま、鋭く告げる。
それを聞いた和葉は、いったん深呼吸して息を整えて、そして剣を構え尚した。
(河竜が、こっちの戦いに介入してくる訳ね)
災害級の破壊活動から、魔族の戦闘の直接支援に転じた「竜」。
それ自体は、晴美にとって驚くべきことでもない。
セプタカのダンジョンのときの「ラスボス」七首竜と同じ態度に出たというだけだった。
(由真ちゃんがいなくて、これは……)
セプタカのときは、晴美、和葉、ユイナの他に衛、ゲントがいて、そして何より由真が戦闘を主導していた。
あの七首竜を倒すことができたのは、由真の無系統魔法があったからだった。
その由真は、ここから15キロも離れたダムで、河竜をも凌駕する敵に遭遇している。その気配は、戦闘中の晴美にも感じ取ることができた。
「うらっ!」
そんな声とともに、アルトが踏み込んできた。
晴美は、その切っ先を上段で受け、押し込もうとする相手の動きを利用して、「ドゥルヒヴェヒゼルン」の要領で槍の穂先を下から回し込み、その顔面へと突きを入れる。
アルトは、素早い体さばきで攻撃を回避しつつ、上段から剣を切り返してきた。
踏み込んだ位置関係の攻撃。晴美は、槍の柄でそれを受けると、逆にいったん身を引き――
「【四氷剣】!」
氷系統魔法の斬撃4撃を打ち返す。
1撃はアルトに、残り3撃は全て河竜に向かう。
「ちっ! 【水盾】!」
アルトは、すかさず詠唱して水の壁を展開し、その斬撃を防ぐ。
「グオアアア!」
そして河竜の咆哮が響く。川の流水が大きくせり上がり、氷の剣を全て呑み込んでしまった。
「【光の】……」
光系統魔法の攻撃術式を詠唱しようとしたそのとき。
「ガアアアッ!」
さらなる咆哮とともに、河竜の周りにわき上がった水が、4つの塊となって晴美に襲いかかる。
「くっ! 【強化氷壁】!」
とっさに「強い」を比較級にして念を強めて詠唱する。
その氷の壁は、河竜の放った水の弾に直撃されて――粉々に砕け散りながらも、水の塊をしぶきへと散らした。
「【聖女騎士ハルミ・フィン・アイザワ、攻防強化・疲労回復】! 【遊撃戦士カズハ・フィン・カツラギ、速度強化・疲労回復】!」
ユイナの声が響く。心身に力が蘇ってきたのがわかる。
「『風よ輝く水をまといて敵を討て』、【霧雨の嵐】!」
そしてユイナも攻撃のカードを切った。
光系統の「ラ」を帯びたあまたの水滴が河竜を切り裂きに向かい――
「甘いわ! 【大水盾】!」
ウムトが詠唱する。
河竜の周囲とウムト自身の面前に、強固な水の壁が展開された。
ユイナが河竜に放った「霧雨の嵐」と、和葉が突き刺した剣の動きが、同時に遮られてしまう。
そしてそこへ、前方から襲いかかる強大な「ダ」。
「くっ!」
中段に斬りかかったアルトの剣を槍の柄でどうにか食い止める。
そこから槍をひねりつつ、眼前に迫ったアルトに切り返す。
アルトは、体をさばきつつ剣を振り上げて、晴美の槍を受け止めた。
晴美は、すぐさま槍を時計回しに転回し、相手の中段に突きを入れて――
「【光まとえる氷の壁】!」
――同時に詠唱し、河竜の頭上に光をまとった氷の壁を展開して、それを落下させる。
「ちっ!」
舌打ちとともに、アルトはいったん身を引く。
「グオアアア!」
そして河竜は、咆哮とともに再び水をせり上がらせる。
その頭上に水の塊が浮き上がる。落下した氷の壁は、8つほどの塊へと砕けていった。
楽に勝たせてはもらえない相手です。




