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24. 二人の時間

夜は二人で過ごします。

「聖女騎士様からのご要望なのですが、ご昼食、肉はAクラスと同様の薄切りで、分量はAクラスの3倍、あと、サラダも今の3倍、パンは7個でお願いできませんでしょうか」

 自主練を終えて、夕食を届けるべく厨房に向かった由真は、そちらの主任に対面して切り出した。


「3倍? パン7個? あの聖女騎士様が、お一人でそんなに食べるんですか?」

 さすがに、相手はそんな疑問を呈してきた。


(大食漢だ……っていう説明は説得力がないし……晴美さんが食事を分ければ、どのみち神殿にも伝わるはず……となれば……)

「実は、聖女騎士様は、ともに召還された人たち、ことに女子の食事をご覧になって、栄養が足りないのではないか、と、御心を強く痛められまして、ご自身の食事を分けて差し上げたい、と、そのように願っておられます」

 由真は、正面から「他の女子に分けるため」と言うことにした。


「聖女騎士様は、そのように慈悲深い御心をもって、女子の仲間たちと苦楽をともにされたい、とお考えです。私は、従者として、ご主人様の御心に沿い、その願いが叶えられることを、伏してお願いする次第です」


 そういって、由真は腰を直角にまで折り曲げて、相手に頭を下げてみせる。

 これが自分のことなら、ここまで強く求めはしない。しかし、あの「慈悲深いご主人様」のためなら、いくらでも強く出ることができる。頭とて下げる。土下座もいとうつもりはない。


「……なるほど、聖女騎士様は、まことの聖女様なのですね」

 返ってきた言葉。上体を起こして見上げると、相手の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「わかりました。明日以降の昼食は、聖女騎士様のお望みのとおりとします」

 相手は、あっさりと応じてくれた。さすがに、ここは「神殿」である以上、高潔な慈愛の心を示されて、それを覆すということはできないのかもしれない。

「お心遣い、ありがとうございます。聖女騎士様も、大いにお喜びになると思います」

 相手に応えて、由真は頭を深く下げた。



「晴美さん、明日以降の昼食の件、厨房の了解をもらえたよ」

 その日の夕食を運んできた由真は、出迎えた晴美にそう報告してくれた。

「ほんと? よかったわ。……でも、よくこの神殿が了解したわね」

「『聖女騎士様は、まことの聖女様なのですね』って厨房の主任さんが言ってたよ」

 露骨な差別待遇ばかり続ける神殿側に対する不信感をにじませた晴美に、由真は正面から答える。


「え? な、なにそれ?」

 由真の口から出てきたその言葉に、晴美はさすがに動揺してしまう。

「注文が、一人で食べるには多すぎる、って言われて、『慈悲深い聖女騎士様』の話をちょっと盛ったら、そんなこと言われてね」

 由真は、穏やかな微笑とともに言う。彼女のそんな表情は、滅多に見ることができない。それに目と心を奪われた晴美は、それ以上追求ができなくなってしまった。


 台車から食器を取り出して、二人は夕食を取る。

 この日も、パン、ステーキ、チーズ、生野菜などを晴美が由真に分ける。


「生野菜が出るくらいなら、飲み物をソフトドリンクにしてほしいところね」

 ワインを口に含みつつ、晴美はつぶやいてしまう。高校2年生の彼女たちにとって、アルコールは飲料とするには難があった。

「そうだね。エールもちょっと癖があるから、毎日はきついかな」

 由真も、エールを口に含んでそう答える。


「地球みたいに、クリッパーを出してでもお茶っ葉を手に入れようとか、そういう精神はないのかしらね?」

「あんまりないんだろうね。陸路でつながってるカンシアでこの有様だとね」

「そうね……って、あれ?」

 何気なく頷いた晴美は、ふと気づいて我に返る。


「ここって、あれ……なんとかっていう、魔族のいる……」

「ダナディア辺境州?」

「そうそう、それ。それの北って、全部ノーディア王国領って話だったわよね?」

 そうだね、と由真は答える。


「それってつまり、『シルクロード』を独占してる、ってことよね?」

「そうだね。大陸の北側で言えば、『パクス・モンゴリカ』を実現してる訳だからね」

「ってことは、ノーディアって、やっぱりモンゴル帝国並ってことなのよね?」

 晴美が言うと、由真は首をかしげる。

「どうかな……まあ、ユイナさんの授業は、まだ二日目が終わっただけだから、はっきりとは言えないけど、疑問はあるかな」

「え? どういうこと?」

 由真の返した言葉に、晴美はそんな声を上げてしまう。


「『大陸の南側』……説明がかなり不足してるよね」

「そう、ね。国はない、とかは言ってたけど」

「けど、僕らは最初から『ひょうたん型の大陸の地図』を見せられてるよね?」

「そうね」

「ってことは、この大陸は南で切れてて、そこから東側に海路で行ける、ってことが広く認知されてる。もっと言えば、南回り航路はすでに実際に使われてる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よね?」


 そう言われて、晴美は、あっ、と声を上げていた。

 確かに、彼女たちは、「ひょうたん型」の大陸の「南側」を含む地図を見せられている。そちら側の海岸線が描かれているということは、地図を描くことができる程度には往来がなされているということだった。


「なのに、ユイナさんは、南側のことは曖昧にしか説明してない。それに、アスマのことだって、途中で説明を打ち切ってる。それも、僕たちがアスマに興味を持つのを避けるようなやり方で」

 晴美は、昨日の授業のとき、桂木和葉の質問に答えたユイナが、途中から「アスマに今行っても観光すらできない」と言って話の腰を折ったのを思い出していた。


「ユイナさん本人が、変な隠し事とかをする人には見えないから……たぶん、その辺はこの神殿の方針があるんだと思う」

「神殿の方針?」

「『自分たちに都合の悪いことは教えたくない』ってとこかな。ナロペアよりアスマの方が豊かだ、とか、ノーディアは大陸の北側こそ制覇してるけど、南側に関しては、ベストナとかダスティアとかが航路を開発して植民地化してる、とか、そういう話?」


 ――晴美は、言葉を失い深く息をついてしまう。わずか二日の講義。その内容だけで、ここまでのことを推測できる由真。その頭脳は、その知力は、自分とは全く別次元にある。


「この先、ユイナさんの地歴講座がどういう方向に行くかはわからないけどね。今の段階だと、『歴史の授業はしない』っていう可能性もあるんじゃないかな? ……まあ、僕の悪意がこもった邪推だけどね」


 その言葉の意図は、晴美にも理解できた。

 モールソ神官が自慢した「400年の歴史」。そこに「汚点」がない――とは思われがたい。地球人の歴史から見れば、「400年」もあれば、その間に「栄枯盛衰」があってしかるべきだ。それを見せようとしない、ということは――

「ほんとに、ろくでもないわね。ユイナさんがかわいそうになってくるわ」

「うん。それは、僕もすごく同感だよ」

 晴美も、由真のその言葉に強く共感していた。

百合成分が足りない―とご不満の方もおられるかもしれません…

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