248. サゴデロ兄弟
河竜とともに現れた魔族は――
「【殲滅の吹雪】!」
その詠唱とともに、晴美は闇をまとった氷を水鬼どもに放つ。
「【水盾】!」
中背の方が詠唱する。直後、晴美の眼前に水の壁が現れた。
「『貫け!』」
その命令文に「念」を込めると、「殲滅の吹雪」の氷の弾は、敵の「水盾」を突破して水鬼どもへと襲いかかった。
「グアア!」
「ゴグウ!」
水鬼どもは、そんな叫びとともに悶絶していく。
「くっ! 【水盾】!」
長身の方が、そう詠唱して自身の前に「水盾」を展開し、「殲滅の吹雪」を防ぐ。
中背の方は、最初から「水盾」を展開していた。
水鬼どもは、相当数が川面に倒れたものの、残敵は未だ少なくない。
(これは……まずは『雑魚』から消すべきね)
一瞬で判断して、晴美は槍を正面に構える。
「『再撃!』」
再び同じ攻撃を放つ。今し方詠唱したばかりの呪文は、繰り返さずともよかった。
「おのれっ! 【水弾五連】!」
「『全てのものを等しく溶かせ!』 【腐食の雨】!」
長身の方と中背の方が立て続けに呪文を詠唱する。
「グオアア!」
そして、河竜も、激しい咆哮とともに水の弾を放ってきた。
「『全て凍れ!』」
晴美もすぐさま詠唱を返す。
「殲滅の吹雪」の2撃目は、河竜、魔族2体以外の全ての水鬼を貫いた。
そして、晴美に向けられた水の攻撃は、全てが凍り付き川面に落下した。
「『魔の汚れ、清き風にて闇に散れ』、【霧消の風】!」
後ろから響く詠唱。それにより、「腐食の雨」の効果が忽ちに雲散霧消していく。
「アルト・サゴデロに、ウムト・サゴデロ。やはり、あなたたちの仕業だったんですね」
川縁に降りてきたユイナが、錫杖を構えて言う。
「ユイナ……いや、セレニア神祇官ユイナ猊下、か。成り上がったものだな」
長身の方が言葉を返してきた。
「背が高い方がアルト、物理もこなす万能型、中背の方がウムト、魔法特化型です」
ユイナは晴美と和葉に小声で告げる。
「一度に39人も召喚して、そこの2人に、マモル・フィン・センドウを得ただけでは飽き足らず、あのユマを降臨させるとはな。ベニリアの連中は、つくづく甘い。ナミティアなら、子供のうちにさっさと始末していたものを」
「ナミティアで、人身御供をよこせと一言言えば、孤児の住人など、簡単に差し出すのにな」
アルトが言うと、ウムトも言葉を重ねる。
「『人身御供』? 冗談でも聞きたくない言葉ね」
ナミティア地方の河竜「ナミト」は「人身御供」として「若い生娘」を要求する。
その話を思い出した晴美は、全身にわき上がる嫌悪を抑えることができない。
「ともかく、やっかいなユマは、今あの堰堤に釘付けにされている。ここで、きっちり片付けるぞ」
アルトのその言葉とともに、背後の河竜は「ダ」を強めて水系統の「ラ」を集中させる。
「『大いなる天の光と地の恵み、我らを暫し衛らせたまえ』! 【天地の盾】!」
すかさずユイナが詠唱する。「あと1回」の「天地の盾」に重ねて、新たな「天地の盾」が展開された。
直後、河竜の口から水の弾が放たれる。
先に展開されていた「天地の盾」は、それを受け止めて崩壊したものの、次の「天地の盾」がすでに展開されている。
「ちっ!」
舌打ちとともに、アルトとウムトが踏み込んできた。
「和葉はウムトに集中して! アルトは私が相手するわ!」
剣を構えるアルトと杖を持つウムトを見て、晴美はとっさにそう指示する。
「イエスマム!」
和葉は、即答してウムトの方に踏み込む。
「【聖女騎士ハルミ・フィン・アイザワ、攻防強化】! 【遊撃戦士カズハ・フィン・カツラギ、速度強化】!」
そしてユイナもすかさず詠唱する。セプタカの砦のとき以来の支援術式だった。
アルトは晴美の正面に踏み込み剣を振り下ろす。その動きは、ドイツ剣術の「オーバーハウ」に近い。
晴美は、左足を引きつつ槍の穂先を左に振って相手の剣を受け、すかさず右足から踏み込んで首筋へ突き込む。
アルトは、舌打ち混じりでいったん退いて晴美の槍を避けると、自らの剣を晴美の眼前に突き返してきた。
晴美は、槍を左へ直進させて剣に当てて、相手の切っ先をそらす。
同時に、水の跳ねる音が響く。
ウムトが水の塊を放ち、和葉がそれを素早く回避したのは、魔法解析でわかった。
「くっ! 【水刃二連】!」
「【氷槍】!」
剣と槍が競り合う中、アルトと晴美の呪文が交錯する。
川の水が刃となり、左右から晴美に襲いかかる。
「『凍れ!』」
単純な氷結に、あえてドイツ語の呪文を詠唱して「言霊」を載せる。それで、水の刃は凍結して地面に落下した。
他方、晴美の「氷槍」は、1本がアルトに向かう。
「おのれ!」
アルトは、晴美の槍から剣を放して振り下ろし、「氷槍」を打ち落とす。
そしてもう1本は――
「グアアア!」
河竜の咆哮が響く。その表皮に、2本目の「氷槍」が衝突し、そして落下した。
「なら……【光斬】!」
氷を出現させるよりも展開の速い光系統魔法で、河竜の頭部・首・胴の3箇所を狙って斬撃を放つ。
「ウゴガアアア!」
河竜は、自らの周囲に水しぶきを巻き上げて、それに込めた闇系統の「ラ」で「光斬」の抗力を打ち消した。
「【水弾】!」
そこへ響くアルトの声。
眼前に迫った水の弾を、晴美は槍で切り裂くと、右足を大きく踏み出しつつ。穂先を相手に突き入れる。
「ちっ!」
アルトは大きく飛び退いて晴美の槍を回避する。
そして直立して剣を構える相手を前に、晴美は大きく息をついて槍を構え尚した。
由真不在での決戦は続きます。
ドイツ語ですが、「Gefriert」は「Gefrieren」(凍る・凍らせる)の命令法二人称複数現在、つまりは氷系統魔法の基本技の直球です。




