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243. 第7日の朝

現地に顔を見せた殿下、長居はかえって……ということで。

「これ以上、ここで動き回ると、ユマ殿にご迷惑でしょうね」


 川の様子を10分ほど眺めたエルヴィノ王子は、そう言ってきびすを返す。


「見送りのたぐいは大丈夫です。対策本部も、明日は第7日なので開催しません。ユマ殿も皆さんも、引き続き監視をよろしくお願いします」


 そんな言葉を残して、エルヴィノ王子はバソに戻り、随員たちもそれに続く。


「それじゃ、あたしも、ここにいても足を引っ張るだけだから、これで」

 最後に残った愛香もそう言う。

「そうね。申し訳ないけど、アトリアとかで足を引っ張る連中の相手は、愛香に任せるしかないものね」

 晴美は、溜息交じりにそう応える。確かに、アスマ軍の相手は、愛香でなければできないだろう。


 愛香も乗り込んだバソは、監視小屋を後にした。


「そういえば、会議って、どうだったの?」

 バソを見送って、晴美が問いかけてきた。

「愛香さんが資料を整えてたから、すぐ終わったよ」

 由真は、そう答えつつ背嚢から資料を取り出す。


「アスマ軍は、何かしてきた?」

「洗脳術式は封じ込めたから、そっちも問題なかった。ああ、ただ……」

 さらなる問いに答えてから、由真は一連の官記なども取り出す。


「アスマ軍がうっとうしいから、ってことで、こういうことになったよ」

「これ、ユマさん、兼任州務尚書ってことは、尚書府副長官格じゃないですか」

 由真が見せた官記にいち早く反応したのはユイナだった。


「……副長官格?」

「州務尚書はS2級ですから、S1級相当のユマさんはアトリア宮中席次でも上位、つまり、実質副長官です」


「って、由真ちゃん、大出世?」

「いえ、S級冒険者は、元々こういう格付けなんです。最近、失礼なことを言う人たちが増えてきたので、わかりやすい肩書きをつけただけでしょう」

 和葉の言葉に、ユイナはそう応える。さすがに、背景事情もよく理解している。


「まあ、『民政顧問官』としてのユマさんに、権限のある地位を与える、という意味も、あるとは思いますけど」


 ――考えたくない方向の「背景事情」にも触れられてしまった。



 その日の夕食は、昨日と同様の鍋にした。

 ユイナの「見守りの術」に便り、この日も早々に就寝する。


 翌朝、5時半に起きて、ユイナと和葉と3人で太極拳「二十四式」を行ってから、朝食の支度に入る。

 その頃合いに、出張所の小型バソがやってきた。


「おはようございます。アイザワ子爵様、本局のシチノヘ理事官から、夕べ届いた雷信です」

 出張所長が、そう言って封書を手渡した。



晩夏の月8日20:03受信


北シナニア冒険者ギルド ノクティノ支部ガルディア出張所気付

アイザワ子爵ハルミ閣下


 お疲れ様でございます。

 公爵殿下には、 随員団とともに定刻にカリシニア駅に到着され、カリシニア離宮に入られました。明日は、カリシニア離宮にて一日ご静養されるという名目で、引き続き状況を見守るとのお考えです。

 殿下は、 ガルディア堰堤を初めとするノクティナ川の治水について、特に気にかけておられました。

 随員団も、 殿下とともに離宮に滞在します。何かあれば、尚書府カリシニア離宮事務所へ連絡願います。


大陸暦120年晩夏の月8日

民政省冒険者局付理事官 アイカ・シチノヘ



「今回は、普通の通信ね」

「まあ、さすがに、殿下の随行で離宮から、ってなったら、悪ふざけはできないんじゃないかな」

 晴美の言葉に、由真はそう応える。


「でも、愛香さん、『アイカ・フィン・シチノヘ』にはしてないのか」

 差出人の項は「アイカ・シチノヘ」だった。


「え? それ、もしかして……」

 晴美が反応する。それで、由真は「そのこと」を昨日言いそびれていたことに気づいた。


「あ、うん、昨日言いそびれたけど、愛香さんも、昨日付で騎士爵をもらって、『リデラ・フィン・シチノヘ』になってるんだ」

 その報告が、一日遅れになってしまった。


「それ……やっぱり、アスマ軍とかの関係?」

 さすがに、晴美も事情を理解させられているらしい。

「殿下は、そう仰せだった。『アスマ軍との関係では、シチノヘ殿が矢面に立っていますから』って」

 昨日エルヴィノ王子が口にした言葉をそのまま告げる。


「そうね、『爵位なし』ってわかったら、それだけで嵩にかかってきそうな連中だものね」

「……まあ、『そこな小娘は、どこの馬の骨とも知れぬ住人、アルヴィノ殿下の召喚の儀に紛れ込んだ村娘のたぐいですぞ?』とか、僕の面前で叫ぶ人たちだからね」

 昨日のイタピラ総司令官の叫びを思い出して、由真は思わず溜息をついてしまう。


「なに……それ? あいつら、今でもそういうつもりなの?」

 晴美の柳眉が逆立つ勢いになる。

 やはり晴美は、由真を巡る「侮辱」のたぐいには、由真本人より遙かに敏感だった。


「カンシアの貴族の方たちは、そういう言葉が平気で出てくるんです。それのお相手が、一番きつい修行でした」

 ユイナが、そう言って深く溜息をつく。


 実際、アスマでは行く先々で「ユイナ様」と呼ばれて神官としての能力を慕われる彼女が、カンシアの貴族連中の中で使い走りにされていたことを思えば、その環境の違いは「修行」のレベルだろう。


「まあ、あの人たちとは、あまり関わりを持ちたくないですね」

 由真は、2人にそう応える。



 昨日と同様に、肉入り焼きパンで朝食を済ませて、即席のアイスティーで食後のお茶を飲む。

 その間、由真の心に一つの懸念が往来していた。


「殿下は、ガルディア堰堤のことをしきりに気にかけられてるみたいですね」

 由真はユイナに向かって切り出した。


「そうですね。昨日もお尋ねがありましたし、アイカさんの雷信でも、そう書いてありますね」

「僕も、気にはなってるんですけど、遠すぎるんですよね」


 合流地点の監視小屋からノクティナ川を遡ること15キロ。


 由真は、ベニリア川とノクティナ川のいずれも索敵魔法の範囲に入れてはいる。

 河竜が現れたら、「局所乾燥」なり他の攻撃術式なりで応戦する用意もある。


 しかし、「不測の事態」を考えると、特にガルディア堰堤は、決壊した場合のリスクが大きい。

 そこは、やはり不安だった。


「往復1時間……かかりますよね?」

「まあ、そうですね。途中が、舗装されてないので、そんなに速度は出せませんから」


 その感覚さえも、一昨日往復したユイナとこの場にとどまっていた由真とでは差がある。


「敵の援軍とかが、ガルディア堰堤を襲ってきたら、ここから防ぎきるのは、かなり厳しいですよね」

 その不安を一人で抱えていても何も進展しないので、口に出すことにした。


「それは……確かに、そもそもここは、神殿の力も、コモディアよりも弱いですし、ガルディア堰堤は、現地の安全祈願の祠を使いましたから、別の敵に来られたら、さすがに……」

 ユイナは、眉をひそめて目線を伏せて、不安の色を見せる。


「僕が行って来られる程度の距離だったら、現地に仕掛けをしておくとこですけど……」

「なら、行ってきた方がいいんじゃない?」

 由真が漏らした言葉に、晴美がそう応える。


「え? でも、僕がいない間で、河竜が襲ってきたら……」

「あの河竜よね? まあ、軽く倒せる、っていうつもりはないけど、小一時間粘るくらいなら、由真ちゃん抜きでも、どうにかなるわよ」

 そう言って、晴美は由真に微笑んでみせた。


「それは……」

「アクティア湖で使ったあの術もあるし、水鬼と河竜、それにサゴデロの兄弟が来ても、なんとか持ちこたえるわ。上流から水攻めされるリスクをなくす方が、遙かに重要でしょう?」

 そこまで言われては、由真としても繰り言を続ける訳にもいかない。


「あの小型バソが借りられたら、あたしが運転するわよ」

 この場で唯一「運転免許」を持つウィンタもそう言う。


「それじゃ、出張所から、あの小型バソを借りて、ガルディア堰堤に行って防御対策を取る、っていうことで……」

 由真のその言葉に、全員が頷いた。

往復小一時間を要する作戦に入ります。

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