242. ガルディアご視察
エルヴィノ王子が現場に向かいます。
閣僚会合は、15分ほどで終わった。
エルヴィノ王子がガルディアに視察に赴くと宣言したため、その準備にかかることになる。
コモディア駅から発車する列車は、下りは快速が15時25分発、上りは特急「白馬8号」が15時45分発だった。
下り列車は15時には入線するということで、エルヴィノ王子と随員は一足先にバソで駅に向かってそちらに入り、アスマ軍の2人はその後馬車で駅の特別待合室に入る。
エルヴィノ王子に随行するのは、由真のほか、尚書府からはファスコ官房長、民政省からはコールト民政尚書、ビルト冒険者局長、愛香、魔族魔物対策部総務課長以下の官吏、それに内務省から国土局長以下の官吏となった。
「往きで話したとおり、各省は引き続き担当の分野の動向に注意を払って、異変があれば対処してください」
愛香は、傍聴席に向かって言う。
その一言だけで、その場に集まった理事官会議メンバーたちとの「打ち合わせ」は終わった。
エルヴィノ王子に随行しない官吏たちは、やはり「白馬8号」でアトリアに戻ることになる。
エルヴィノ王子は、由真を含む随員たちとともにバソで駅に戻り、特別待合室で切符を受け取ると、跨線橋を通って下りホームに降りる。
往路と同じ形式の快速列車はすでに停車していた。駅長は、その最先頭車両に王子を案内する。
その車両は中間で仕切られていて、前側は個室、後ろ側はソファの並んだ客室だった。
側扉が前後2箇所あり、前側は個室に続き後側は一等室に続く。
前方の扉から、エルヴィノ王子を先頭に、由真、ファスコ官房長、愛香、そして男性職員1人が乗り込む。内扉の先に続くのは、主賓の席1つに随員の席4つを備えた、モディコ200系のそれと同じ特等室だった。
全員が席に着いたところで、駅員が駆け込み、駅長に封書を渡す。それはそのまま愛香の手に渡された。
大至急
晩夏の月8日15:02受信
シナニア本線内
コモディア駅長殿
公爵殿下が 当地に来訪される件は、冒険者ギルド出張所経由でセレニア神祇官猊下とアイザワ子爵閣下方に連絡しました。
シチノヘ理事官閣下の指示の件も伝え、セレニア神祇官猊下が駅頭にて殿下をお迎えし、アイザワ子爵閣下方は現地にてお待ちすることとなりました。
以上シチノヘ理事官閣下にお伝え願います。
大陸暦120年晩夏の月8日
ガルディア・ノクティニカ駅長
「ああ、これは、大仰はお出迎えはいらない、って、さっき晴美に雷信しておいただけ。セレニア先生だけが迎えに来るみたい」
その紙をのぞき見ていた由真に気づいて、愛香はそう言う。
「まあ、先ほどの軍楽隊は大げさにしても、本来なら、アスマ公爵の訪問となれば、現地も迎えの支度がいろいろとあるところなのですが、今回はそういう趣旨ではないので、できるだけ簡素に、とお願いしていました」
そしてエルヴィノ王子が言う。
「由真ちゃんがこっちに来てて、晴美まで外したら、危機管理がまずすぎるから、それは避けた」
それはそうだろう。
ここまで追い詰めておきながら、その隙で河竜が出現して、取り逃がしたり被害が出たりというのでは、全く目も当てられない。
「殿下はユマ様ほかと一緒に列車に乗られて発車待ち、この件は私に伝わった、以上2点を今、これが発車したら発車した件を、雷信してください」
愛香は、駅長に振り向いて言う。
この調子で、雷信を受け取っては次の指示を出していたのが、昼にかけて受け取った一連のやりとりだったのだろう。
「愛香さんのおかげで、いろいろ助かるよ」
「別に、由真ちゃんとか晴美たちに比べたら、ただの裏方仕事だから」
由真の言葉に、愛香は淡々と応える。
「コーシア伯爵閣下にも、州務尚書として、秘書官をA級1人とB級1人、おつけすることになります」
そこへファスコ官房長が言う。
「秘書官?」
そう言われても当惑しかない。
「何か、ご希望などございましたら、承ります」
「いえ、そういうのは、別に……」
続く言葉にも、曖昧にしか応えられない。
「ちなみにあたしは、今回のはただのバイトで、本業があるから」
横から愛香が言う。
「それは、もちろん。っていうか、秘書官って、そんな偉い人?」
「局長待ちのA3級官と、課長補佐格のB3級官となります」
――今まで聞いてきた話と総合すれば理解はできる。
「それは……僕は、ジーニア支部の、クロド支部長とメリキナさんくらいしか知ってる人はいませんし」
「局長待ちのA3級官」はクロド支部長程度の地位だろう。若手に至っては、知っている人物が実施にいない。
「まあ、ユマ殿も……いろいろとお願いした件もあります。優れた側近を得ていただいた方が、私としても助かります」
そしてエルヴィノ王子が言う。
確かに、「いろいろとお願い」されている課題はある。それに取り組むうちに、「秘書官」も必要になってくるのだろうか。
快速列車は、定刻の15時25分にコモディア駅から発車した。
程なくアスファ・コモディカ駅に到着したものの、当然ながら特等室は風一つ動かなかった。
その後も列車は順調に走行してガルディア・ノクティニカ駅に到着した。
「殿下、お疲れ様でございます」
ホームに来ていたユイナが、そう言って深く腰を折る。
「いえ。セレニア神祇官こそ、大変お疲れ様です」
対する王子は淡々と応えた。
一行は、改札を抜けて駅前に停車していたバソ――昨日由真たちがヤクティアから乗ってきたものに乗り込む。
程なく、件の監視小屋にたどり着いた。
こちらは、晴美、衛、和葉、ウィンタの4人が玄関の前まで出ていた。
バソから降りたエルヴィノ王子は、小屋の先の川面に目を向ける。
「ここに、河竜が潜んでいる、ということですね」
鋭いまなざしのまま、王子は淡々と言う。
(河竜が潜んでる。……今、襲撃されたら……)
由真は思わず警戒し、周囲に魔法解析を巡らせる。
川に変化は見られない。あのときと同等の河竜が出現したとしても、「局所乾燥」で返り討ちにできる。
後は、王子本人が襲撃されたら――
(って、殿下?)
王子の長身痩躯に注意を向けて――その「ラ」と「マ」の強さが感じられる。
(殿下は……十分、強い)
光系統魔法は確実に使えるだろう。加えて、他の系統魔法にも心得があると見える。
剣術か徒手格闘かは不明ながら、武芸の心得もある。それは、魔法解析によらずとも、直感でわかる。
(格が違う。それとも、これが教育の差か……)
この王子がアスマで受けてきた「帝王教育」。それに含まれた文武の「芸」は、カンシアの貴族たちなど足下にも及ばないと思われた。
召喚者を相手にしながらもろくな武芸が仕込めなかったベルシア神殿などとは、水準が別次元にある。
「こちらの、ノクティナ川の治水は大丈夫ですか? ガルディア堰堤には、特に問題はありませんか?」
――その問いかけで、由真は我に返った。
「治水につきましては、ノクティナ川は下部放水型堰堤により増水時の流水を抑制しております。ガルディア堰堤も、これまで治水に問題はありませんでした」
随員の1人が答える。
(とにかく、まずは、ここをしっかり守って、河竜を討伐しないと)
由真は、川面に意識を戻しつつ、改めて自らに言い聞かせた。
王子が直接ファンタジーなバトルに参戦するという展開は、主人公が全力で防ぎますが。




