240. 直接対決
エルヴィノ王子がアスマ軍総司令官に話を振って、直接対決に入ります。
「魔物のごときは、冒険者が片付けるべき話です」
エルヴィノ王子から話を振られたイタピラ総司令官は、そう答えつつ洗脳術式を放った――ものの、由真の「封鎖」により全く効をなさなかった。
「まあ、確かに、河竜は冒険者の手だけで片付きそうですね」
エルヴィノ王子は、そう切り返して由真に目を向ける。
「コーシア伯のパーティーは、すでにセプタカのダンジョンを陥とした実績もあります。北シナニアのA級冒険者5人との連携が成功すれば、『討伐』という理想的な形で、『抜本対策』もかなうでしょうね」
そう言うと、王子の目線はイタピラ総司令官に戻る。
「もっともその場合……アスマ軍15個師団の存在意義は何なのか、ということにもなりますが」
相手を見据えて、王子はそう言い切った。
「そもそも、イドニの砦は、ヴィグラシア城と同じく、冒険者の拠点としてではなく、王国軍の城塞として築城されたものなのですが、アスマ軍の規模が倍増されながら、いっこうに奪還のめどが立たないというのは、どういうことなのでしょう?」
その問いかけに、イタピラ総司令官とイスカラ総参謀長は、そろって洗脳術式を放ち、どちらも不発に終わる。
「アスマ軍の存在意義は、魔物のごときを相手にすることではありません」
イタピラ総司令官の声は、強い苛立ちを含んでいた。
「我々は、王国の敵を相手取り、これを打ち破って王国の威信を……」
その瞬間、ぷっ、と吹き出す声が聞こえる。
直後、周囲の傍聴席からざわめきが上がり、失笑の気配が広がっていく。
由真が目を向けると、最初の声の主――愛香は、常と同じ表情に戻って上座を見つめていた。
(愛香さん、確信犯だな)
もはや、この閣僚会合の席においてすら、「王国の威信」という言葉は妙な含意をもって受け止められていた。
「なっ、きっ、貴様ら! 王国を愚弄するかっ?!」
金切り声とともに、イスカラ総参謀長が立ち上がる。さらに洗脳術式を繰り出そうとした相手に、由真は機先を制するつもりで掌をかざす。
「閣下、お戯れはお控えください」
愛香がいつも通りの声で言う。
その目は由真に向けられていて――「この場で『王国の威信』をさらけ出させるのは止めろ」という無言の圧力をにおわせて見えた。
「3面記事のごとき冗談はさておき……」
エルヴィノ王子が口を切る。
(まさか、殿下まであの3面記事を読んでたりしませんよね?)
そう問いただしたくなるのを、由真はどうにかこらえる。
「イドニの砦の魔物どもは、陛下が勅書において、アスマ全土の人民をことごとく壊滅に至らせるほどの、この地における最大の艱難として、最も憂慮されていること、と……そうお示しになったところです。陛下の御心を悩ませるこの問題が、『王国の敵』というものではない、と?」
国王の勅書の文言を取って、エルヴィノ王子はイタピラ総司令官に問いかける。
「……陛下には、ご不例が長きにわたられ、お悩みもことのほか深くなられたものかと。陛下のお悩みは、もとより我らも承知はしておりますが、魔物のごときは、まずは冒険者が当たるべきことでございましょう」
それは――国王の憂慮を鼻であしらい、国王の意向をないがしろにする言葉ともとれる。
(これは……正面から突き詰めたら……)
この相手は、次々とボロを出して行く。
国王を軽視するような言葉を次々と口にしてはばからないこの総司令官。
彼を相手に、その言を正面から追求していけば、程なく決定的な対立に至るだろう。
(話を……そらそう……)
「そういうことなら、軍用列車を優先する、という話は、もう必要ありませんね」
由真は、イタピラ総司令官を見据えて、そう口を切る。
「……なんだと?」
イタピラ総司令官は、血走った目を由真に向けてきた。
「そうでしょう? この件は冒険者に任せておけばいい、というなら、前線に立つ冒険者が移動するための旅客列車、その冒険者が使う物資を運ぶための貨物列車、それより優先される『軍用列車』なんて、必要ないでしょう?」
その目を正面からにらみ返しつつ、由真はそう問いかける。
「今回は、たまたま僕たちが河竜をあの範囲まで追い詰めていたから、ここにこうしていますけど、もしコーシニアにいたら、ここに来るだけで3時間近く、その列車が1本飛ばされたら2時間遅れて5時間。河竜が出てきたら、完全に致命的ですよね?」
言葉を続けると、相手は歯ぎしりとともに拳を震えさせ始める。
「河竜の討伐なり、河竜が暴れて発生する水害の救助なりを、軍でやっていただけるならともかく、それは冒険者任せ。何もしない軍の移動が優先されて、討伐と救助に当たる冒険者が足止めされて現地にも着けない。これじゃ、本末転倒ですよね?」
「き、貴様! 黙れ! 誰に向かって口をきいているか、わかっているのか?!」
由真がさらに続けた言葉に、総司令官は金切り声を上げた。
「アスマ軍総司令官、S級大夫、大将軍イタピラ子爵セクト閣下、ですよね?」
相手が何度も強調している地位と肩書きを全て列挙してやる。
「貴様! 何様のつもりだ!」
その「問い」に対する「答え」は、エルヴィノ王子が先ほど授けた。しかし――
「冒険者ユマです」
――ただそれだけを答える。
「肩書き」ばかりに依存するこの人物に対抗するのに、「肩書き」を飾りにするのではない。
「冒険者」であること。その矜持こそが、この相手に対抗するすべだ。
それが、ゲントから教えられた「冒険者の心意気」だ――と由真は思っていた。
「僕らの世界には『魔物』はいませんけど……地震、大洪水といった大災害、あるいは、手のつけられない害獣……『魔物』のようなものの出現、そういう事態があったときに、地方機関の要請を受けて、『自衛隊』っていう……軍のような存在が出動して、救助とか駆除とかをします。日本では、自衛隊のそういう活動が、多くの人から、高く評価されています」
それは――「スキル」をもてあまして進路に迷い、真剣に「自衛官」を考えたこともあった由真の、率直な本音だった。
「皆さんの部隊の配置からして、仮想敵はナギナの方面にはいないみたいですから……シナニア東線で軍用列車云々は、もう終わりにしましょう。地元が必要としている、僕たち冒険者の活動の邪魔になるだけですから」
「ふざけるな! 軍の部隊を冒険者の群れと一緒にするな! 簡単に移動などできる訳が……」
「なら、軍用旅客列車は完全に不要ですね」
あっさりと語るに落ちた。それでも、鉄道の列車云々であれば、「戦争」のリスクもないだろう。
「その気があるなら、シンカニオで1個連隊だって動かせるでしょう」
「馬鹿を抜かすな! あんなもの1本で運べる人数など……」
「モディコ200系14両編成の編成定員は、特等を除いても、一等26人、二等108人、三等655人で、合計789人です」
イタピラ総司令官の叫びを愛香が遮る。その手元には書類の綴があった。
「シチノヘ理事官が言われた定員なら、1個連隊1000人も、シンカニオ特急2本で運べますね。『白馬』は1日6往復ですから、片道を1日貸切にすれば、3個連隊が移動できます」
「今コーシア伯の言ったような移動が行われるというのであれば、特急『白馬』を軍用に提供する理はありそうですが」
由真の言葉にエルヴィノ王子がそう続けて、そしてイタピラ総司令官に目を向ける。
「ぐ……ぐぬっ……」
イタピラ総司令官は、うめき、歯ぎしりをしていた。
何度も洗脳術式を放とうとして――由真が施した「封鎖」によりことごとく不発に終わる。
「……河竜が、討伐されたら、先遣隊1個連隊を、ナギナに派遣する。そのために、軍用列車を運行させる」
総司令官は、絞り出すような声でそう言った。「軍用列車」の権限は手放したくないのだろう。
「なるほど。それでは、まず河竜を討伐し、それから、アスマ軍が最低でも1個連隊を派遣する。そういう前提で、さらなる対策を考えることにしましょう。コーシア伯、シチノヘ理事官、よろしくお願いします」
エルヴィノ王子の宣言に、由真も愛香も、はい、と答えて一礼した。
「冒険者ユマ」として、正面から返り討ちです。
個人vs個人なら、問題にもなりません。
ただ、組織vs組織となると、また別の難しさがあるわけで…




