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238. 総司令官登場

高らかなラッパの音を空気も読まずに鳴らす、というと――

 神殿に似つかわしくない、仰々しいラッパの音。

 程なく扉がノックされ、神殿長が慌てた様子で駆け込んできた。


「申し訳ございません、軍楽隊が、演奏を始めまして……」

 そう言われて、由真と愛香は窓に飛びつく。


 見ると、神殿の前庭に軍楽隊が居並びラッパを鳴らしている。

 その中央で、馬車が2台進んできた。


 馬車は神殿の前で止まり、それぞれに男性が1人ずつ降りてきた。前方の方はたすき掛けの帯と左胸の勲章2つが目立つ。後方の人物も左胸に勲章を2つ着けていた。


「あれは……」

「月光騎士団の大綬章もつけている方がイタピラ総司令官、白馬騎士団の星章だけをつけている方がイスカラ総参謀長です」

 由真の声に応えたのは、ファラシア次官だった。


「あれが……」

 名前は何度も聞かされた人物。

 総司令官の方は、同報通信では声も聞いていた。

 初めて目にした実物は――闇系統の「マ」は多少強いものの、他はさして取るに足らない初老と中年の組み合わせだった。


(『マ』の強さだけなら……こっちの面々の方がよほど上だよな)


 室内を振り向いて、由真はそう思う。

 尚書府と民政省の最高幹部となった面々は、それだけの「器量」が「マ」からも推し量ることができる。


(けど、洗脳術式を使われたらやっかいだな)


 エルヴィノ王子は、火曜日――第2日にイタピラ総司令官と直接面会し、「戒厳令」の要求を拒絶している。

 直後の通信で見せた落ち着いた様子から、彼らの術式は王子には通用しないとみていい。


 しかし、他の面々がどうかは定かではない。

 会議の場で洗脳術式を使われて、それをいちいち大仰に解呪していては、話もろくに進まない。


(念入りに、やっておくか)


 由真は、イタピラ総司令官とイスカラ総参謀長に向けて、窓越しに掌をかざす。


「『彼らの(エオールム)洗脳の(ポテスターテース)術の(アルトゥム)能力を(コゲントゥム)しばしの間(プロー・テンポレ)遮らん(インテルキピアム)』」


 ターゲットの2人の洗脳術式の能力を封じる術。

 オーガ相手に頻繁に使う手段に、呪文をつけて効果を強めたもの。


「由真ちゃん、今度は何の即死魔法?」

 横から愛香が問いかけてきた。


「いや、あの人たちの洗脳術式をちょっとの間封鎖しただけ。会議の邪魔されたら困ると思って。っていうか、僕は人間相手に即死魔法は使わないよ」

 冗談なのか本気なのかわからない台詞に、回答と反論をしておく。


「ともあれ、『主賓』も来ましたから、会場に移りましょう」

 他ならぬエルヴィノ王子が、そう言って歩き出して、由真たちもそれに従う。


 大会議室は、教室程度の大きさだった。

 ベルシア神殿やセプタカの砦で「授業」や「学級会」が開かれた部屋を思い出し、由真は一瞬陰鬱になってしまう。


「机の並びがこれじゃなかったら、すごくトラウマものの部屋」

 横からぼそっと愛香がつぶやく。「C3班」に属していた彼女にとっても、「あの頃」はやはり暗い記憶なのだろう。


 その「机の並び」は、正面の女神像の斜め前に据えられた長机を「短辺」とし、その左右に垂直方向に並べた長机を「長辺」とする長方形だった。


「殿下、こちらへどうぞ」

 神殿長が、そう言って女神像寄りの「短辺」の席を勧める。そこが「上座」であるらしい。


「これは殿下、先にお越しでしたか」

 戸口から聞こえる声。軍服を着た2人の男性が立っていた。


「イタピラ総司令官、イスカラ総参謀長、お疲れ様です」

 エルヴィノ王子は、淡々と応える。


「それで、総司令官閣下は、こちらで良いのか?」

 イスカラ総参謀長が、そう言って王子の右斜め前の席に向かう。


「あ、いえ、そちらは、州務尚書様のお席になります。総司令官は、こちらへ」

 神殿長は、そう言って王子の左斜め前の席に手をかざす。


「なんだと? 貴様、アスマ軍総司令官閣下に対し、州務尚書ごときに上座を譲れと言うか?」

 その言葉とともに、イスカラ総参謀長の「マ」が動く。しかし、その「洗脳術式」は発動されない。


「イスカラ総参謀長、先日もお話したとおり、ここではアトリア宮中席次が適用されます」

 淡々とした口調で、エルヴィノ王子が言う。


「殿下、王都王宮を侮辱されるおつもりですか?」

「アトリア宮中席次は、アルヴィノ7世の勅許を賜り陛下がアスマ大公として定められた決まりです」

 イスカラ総参謀長が見せた恫喝の気配を、エルヴィノ王子は眉一つ動かさずにいなす。


「それで、その州務尚書とは……よもや貴様か、コールト?」

 イタピラ総司令官が、そう言ってコールト民政尚書に目を向ける。


「滅相もございません。私は、ただの民政尚書でございます」

 コールト民政尚書は、首を横に振りながら答える。


「では、あのタツノ男爵を復帰させるということか」


 総司令官は「タツノ男爵」と名指しした。

 先日の雷信で総参謀長が「コーシア県副知事」と呼び捨てにした相手を、彼は認知していたらしい。


「……だとしたら?」

 エルヴィノ王子は、表情を変えずに目を向けて、そう言葉を返す。


「あの尚書府副長官は、王国に対する叛意をもってアスマに長年仕官してきた男。奸臣の最たる者ですぞ」

 イタピラ総司令官も、表情を変えずにそう答える。


(……ああ、『王国軍に対する叛意』をもって、ってことなら、そのとおりか)


 タツノ副知事は、ホノリア紛争を巡って、王国軍が逡巡している間で冒険者ギルドを率いて勝利を導いた人物だった。

 アルヴィノ王子が主導する「王国軍に有利な政策」を年若いエルヴィノ王子が否定して、アスマを例外にするよう誘導してきた。

 それを支えたであろう「ブレーン」「腹心」は誰か――その最有力候補は、「尚書府副長官」タツノ副知事をおいて他にない。


「タツノ男爵は、先代、すなわち国王陛下と、当代である私を支えてくれた、アスマ老巧の重臣です。その男爵を侮辱するごとき言葉は容認し得ませんが……それについては、落ち着いてから先代様やナイルノ殿にお伝えします」


 十分に落ち着いた口調で、エルヴィノ王子はそう切り返した。


「それはさておき、そこはタツノ男爵の席ではありません。……コーシア伯、そちらへどうぞ」

 そして王子は、そう言って由真に振り向き、自らの右斜め前の席に掌をかざした。

総司令官、実物ようやく登場です。

そしてこの主人公は、真っ先に洗脳術式を封じ込める程度には慎重です。


呪文は「Eorum potestates artum cogentum pro tempore intercipiam.」という綴りです。

本文のとおりの意味で、決して新手の即死魔法ではありません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 銃系統の技術は神様権限でストップがかかるのに、 放送に乗せて掛けられる洗脳魔法が野放しな点。 一応は銃の方が使える人間が多そう、という点はあるけれど 被害考えたら広域に拡散する洗脳魔…
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