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236. 州務尚書

殿下到着のお時間となりました。

 時計が1時25分になり、モディコ200系がホームに入ってきた。


 由真たちが待つ位置に最先頭の1号車が停止する。

 開かれた扉から、黄色のマントに身を包んだエルヴィノ王子の長身痩躯が現れた。


「ユマ殿、お疲れ様です」

「いえ、殿下こそ、はるばるお越しを賜り恐悦です」

 相手の言葉に、由真は反射的にそう答えて腰を折っていた。


「お疲れ様です」

 続いて聞き慣れた声。見ると、王子の斜め後ろで愛香が降りてきた。隣には初老の男性がいる。


「こちら、尚書府のファスコ官房長」

 愛香は、そう言ってその男性に掌をかざす。


「コーシア伯爵閣下、尚書府長官官房長、グリト・リデロ・フィン・ファスコと申します」

 その人物――ファスコ官房長は、そう言って丁重に頭を下げる。


「初めまして、ユマ・フィン・コーシアと申します」

 初対面の相手に、由真もまず定式通りに挨拶する。


「それで、特別待合室は」

「まだ埋まってるみたい」

 愛香の短い問いに、由真も短く答える。


「バソが用意できているのであれば、そちらへ直行しましょう」

 特に表情を変えずに、エルヴィノ王子が言う。

「そ、それでは、こ、こちらになりますっ!」

 コモディア駅長の声は、完全に裏返っていた。


 駅長に先導されて、王子以下の一行は、いったん跨線橋に上がり、駅舎に降りて、特別待合室の扉を尻目に改札口に進む。


 王子、ファスコ官房長、愛香の3人は、2人の男性とともに有人改札口を通る。ガルディア・ノクティニカ駅から乗ってきた由真も、それに続いて有人改札口を抜けた。


「殿下! バソは、こちらになりますっ!」

 裏返った声で、駅長は駅前に停車していたバソを指さす。


 周りを見ると、バソは他に3台、それとは別に馬車が3台配置されていた。


「ありがとうございます」

 エルヴィノ王子は穏やかに答えて、そのままバソに乗り込む。


「ユマ様もこちらへ」


 そう言って愛香が後ろから押してきたため、由真も王子に続いて乗車する。

 さらに、愛香やファスコ官房長、さらに続けて男女数人が乗り込んできた。


「発車前に済ませておきましょう。ファスコ官房長」

 最後部まで進んだ王子が、振り向いてそう言うと、ファスコ官房長は鞄から封書を取り出した。


「こちらが官記となります」

 そう言って、ファスコ官房長は封書をエルヴィノ王子に差し出す。


「ユマ殿。少しだけよろしいですか?」

 エルヴィノ王子は、封書から紙を取り出しつつ言う。由真は、そのまま王子に相対する。


「S級冒険者コーシア伯爵ユマ。兼ねてアスマ州務尚書となし尚書府に列する。大陸暦120年晩夏の月8日、ノーディア国王ウルヴィノ陛下のために、エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア」

 エルヴィノ王子は、紙を朗読してから、それを由真に手渡した。

 受け取った紙を見下ろすと――



S級冒険者 コーシア伯爵ユマ


 兼ねてアスマ州務尚書となし尚書府に列する。


大陸暦120年晩夏の月8日

ノーディア国王ウルヴィノ陛下のために

 ノーディア王子エルヴィノ



 ――一瞬、その意味が理解できなかった。


「冒険者を軽んじる向きがユマ殿をないがしろにする状態が続いていましたので、勅許を賜り、州務尚書に兼任することにしました。アスマにおいて、この肩書きを軽んじることが許される者はいません」


(あ、なるほど、そういうことか……)


 肩書きを振りかざして「マウント」を取りにくる「敵」を前に、エルヴィノ王子もすっかり煩わしくなったのだろう。

「S級冒険者」の宮中席次は上位、ということが理解できないというなら、わかりやすい肩書きを加える。

 くだらない「戦い」の行き着いた結果だった。


「それと、もう1枚あります」

 続く言葉に、ファスコ官房長は、別の封書を差し出す。


「アスマ州務尚書、コーシア伯爵ユマ。州の統治に関する総合調整及び州領・州民の安全保障を担当させる。大陸暦120年晩夏の月8日、アスマ公爵エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア」

 先ほどと同様に読み上げられた紙を受け取る。



アスマ州務尚書 コーシア伯爵ユマ


 州の統治に関する総合調整及び州領・州民の安全保障を担当させる。


大陸暦120年晩夏の月8日

アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ


(『エルヴィノ・リンソ・フィン・ノーディア』じゃなくて『ノーディア王子エルヴィノ』なんだ)


 王子が朗読した言葉と、その紙に綴られた言葉とが異なる。

 理由は不明ながら、翻訳スキルに何らかの揺らぎがあるらしい。


「前段は、かねてからお願いしている民政などの内政全般に関すること、後段は……このところ、州の安全保障に不安が募る状態が続いているので、そういうこともお願いしたい、という趣旨です」

 その言葉で、由真は我に返る。


(ってこれ、『統治に関する総合調整』と『安全保障』って……)


 内政全体と国防を担当する。それは、ほぼ全権に渡るといってよい。


「コールト尚書。そういうことで、この件も、コーシア尚書が主担当となります」

「かしこまりました、殿下!」

 エルヴィノ王子の声に、乗ってきた男性の1人がそう応える。その表情は「喜んで!」と言っているようにすら見えた。

コーシア伯、さらに成り上がりです。

……単に面倒を押しつけられているだけとも言えますが。

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