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232. 監視小屋の夕べ

この日の宿が決まりました。

 出張所長が雷信を打っている間で、所長夫人が小型バソに食料品を詰め込んでくれた。

 一連が終わり、由真たちは出発する。

 出張所長が運転する小型バソに揺られること数分で、「川の監視小屋」に到着した。

 河原を見下ろすことができる段丘面の端に位置するその建屋は、2階建てで十分に部屋もあった。


「こちらで、よろしいのでしょうか」

「ええ、十分です。しばらく、お借りしますね」

 出張所長とそんなやりとりをして、由真たちは中に入る。


「プレハブみたいなのかと思ったら、普通の建物じゃない」

 中に入って、晴美が言う。

「そうだね……あ、でも、竈はないのか」

 広間などの部屋を見渡しても、火が使える設備は見当たらない。


「そうすると、外でたき火?」

「いや、これ持ってきたから大丈夫」

 晴美に言われて、由真は瑞希が持ってきてくれた筒型ネイチャーストーブを取り出す。


「コッヘルもあればよかったんだけど」

「コッヘル? コッヒャー……コンロなら、それがあるじゃない」

 由真が続けた言葉に、晴美がそう指摘してきて――それで由真も思い出した。


「晴美さん……日本の登山界隈だと、『コッヘル』って、暖めるコンロの方じゃなくて、暖められる鍋のたぐいの方なんだ」


 日本の登山用語に定着しているドイツ語。「ザイル」、「アイゼン」、「ハーケン」などは意味が変わる訳ではないものの、「コッヘル」は、元は「コンロ」なのに「鍋」の方を指すに至っている。


「鍋? 小さいのでよければ、一応あるわよ?」

 ウィンタが言う。振り向くと、彼女は背嚢から鉄製とおぼしき小さな鍋を取り出していた。

「さすがですね、ウィンタさん」

 その準備をしていなかった由真は、賞賛7割、自戒3割を込めてそう口にしてしまう。


「これは、サニアさんから言われててね。鍋と金網は用意しておけ、って。たき火の方の心配もしてたんだけど、それがあるなら、鍋をのせる石だけあれば大丈夫ね」

 それ、といってウィンタは筒型ネイチャーストーブを指さす。


「そう……ですね。それじゃ、そっちの準備もしますか」


 石を探しに河原へ降りる――必要はなかった。

 誰しも考えることは同じなのか、この監視小屋の周囲には、たき火に使ったとおぼしき石が多数転がっていた。

 ウィンタが、大きめのものを4つ見繕って菱形に並べる。その上に鍋をのせると、およそ安定した。


「小皿とお箸はあったわ。豚肉の切り身に、キャベツと人参をもらったから、とりあえず今日はお鍋にして、明日はお肉を焼いて肉入り焼きパンにでもしましょう」

 監視小屋から出てきた晴美が言う。和葉が食材の載った皿を持ち、ユイナは皿と箸にお玉も持っていた。


「そんなのまであるのに、なんで建屋の中に竈はないんですかね?」

 ユイナが手にしている一連の道具を見て、由真は思わずそう口にしてしまう。


「ここ、下に降りないと水がとれないからだと思いますよ。外のたき火ならなんとかできても、建物の中で火がついたらお手上げですから」

 ユイナが答える。


「水ですか? 水なら……」

「それで水が出せるのは、ユマさんだけです」


 ――ユイナに先回りされてしまった。



 それでも、下に降りて水をくむのは煩わしいので、鍋に入れる水は由真が水系統魔法で出すことにした。

 鍋を置いて中に水を出現させてから野菜を入れて、木ぎれを集めてネイチャーストーブに火を入れると、程なく水が煮立ってきた。

 徐々に灰汁が浮いてくるのを、お玉を手にした神祇官猊下が器用に抜いていく。


「ユイナさん、手慣れてますね」

「神殿では、見習いのうちは調理もしますから」


 神殿で「きちんと」教育を受けると、一通りの生活能力は身につくらしい。


「アスマ軍とか貴族連中とか、神殿に押し込んで訓練した方がよくないですか?」

「……臣民以下で見習いになると、修行の途中で耐えられなくなって逃げ出す人も結構いますよ」

 由真が吐いた毒に、ユイナは「マジレス」を返す。


「先生、修行って、そんなきついんですか?」

 和葉が問いかける。


「いえ。10時に寝て4時に起きて、朝の瞑想、6時からの祈祷、食事を調理して、神殿の食習慣に合わせて3食、間で掃除と洗濯、宗学の講義、昼前の瞑想、お昼の祈祷、特別な祈祷の練習、お風呂の提供とかの奉仕活動の補助、夕方の祈祷、夜の瞑想……そんな感じです」

 淡々と言うそれは――


「先生、それ、十分きつくないですか?」

 和葉が溜息とともに言う。


「慣れればそうでもないですよ。瞑想と祈祷ができるようになれば、後はただの日常のお仕事ですから」

 それは、神官の三大スキル「祈祷法」「預言法」「宗学」のいずれもがレベル10のユイナだから言えることだろう。


「でもそれ、臣民以下、ってことは……」

「……カンシアの貴族の方は、B級神官候補生という扱いで、一応瞑想と祈祷と宗学だけは訓練します」

 晴美の問いに、ユイナは淡々と答える。やはりここでも、「貴族」は特別に優遇されている。


「それ、『B3級神官候補生』とか言うのがあって、終わったら『B3級神祇官候補生』、2年経てば『A3級神祇官』とか……」

「ユマちゃん、生臭司教の経歴、よく知ってるわね」

 横合いからウィンタが言う。ユイナは苦笑している様子だった。


「って、ドルカオ司教、そういう経歴なんですか。それじゃ、本来の実力は……」

「制度上は、『B2級神官候補生』と『B1級神官候補生』というのもあります、一応」

 ユイナが応える。

 相応の力量があれば、その「より上位のもの」になっている。そうではないということは――ということだろう。


「ちなみに、ユイナさんは?」

「私……というより、アスマでは、出自にかかわらず、『神官候補生』は一律D級待遇で、修行期間は4年です。ただ、小学校6年間で神殿児童教育を受けると、1年短縮されて3年ですね。私は、神殿児童教育を受けたという扱いです」

 晴美の問いにユイナはそう答える。

 神殿の孤児院で生まれ育ったことで、そういう実利も得られたのだろう。


「大学を出ると短くなるとか、そういうのもないの?」

 晴美がさらに問う。


「大学を出たから、というよりは……中学の宗学科は最後1年が神殿で修行なのでその分、宗学大学は最初1年を除くと残り2年は神殿暮らしなのでその分、学院も最初の1年は神殿暮らしなのでその分は差し引かれます」


 そこまで言うと、ユイナは――いったんお玉を鍋に置いて――天を見上げる。


「私は、小学校を出たところで、ステータス判定で宗学大学2年に編入されて2年で卒業、宗学学院1年で学位をいただいて、それで修行期間3年です。そこでB1級神官になって名字をいただいて、3ヶ月後に神祇官候補生になってカンシアに入りました」


 本人の口からようやく明かされた、ユイナの「学歴」。それは、やはり圧倒的な「飛び級」の連続だった。


「すごい……」

「先生、スーパー天才少女だったんだ……」

 晴美と和葉が嘆息する。


「いえ。これは全て、大地母神様から賜ったギフトのおかげですから」

 ユイナは淡々と応える。


 その謙虚な人柄も含めて、全てが「大地母神様から賜ったギフトのおかげ」の至宝ということだろう。

鍋を囲みながらの雑談で、ユイナさんの学歴公開です。


なお、この世界の学校は「小学校6年→中学校3年→大学3年→学院2年」で、ユイナさんは4年飛ばして「大学生」になり、「学院」を1年で終わって合計5年飛ばしたことになります。

(学校の枠組みは、「117. この異世界の雇用と教育」で書いています)

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