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231. ガルディア出張所

初期対応を済ませたら、いったん拠点に入ります。

 しばらくして、小型バソが上流からやってきた。

 中から降りてきたユイナと晴美は、疲れた様子もなかった。


「ガルディア堰堤から上流には河竜の気配はありませんでした。その先は、ノクティナ川本流は25キロ上流のノクティナ第1堰堤、支流のラスファ川は20キロ上流のラスファ・ヒルタ堰堤がありますけど、15キロ先の合流地点から上流は、どちらもB級河川になりますから、今急いで手をつける必要はないと思います」


 少なくとも、ユイナをわざわざ遠出させるには及ばないだろう。


「こっちは、何も動きはありません。あのシナニア本線の橋が気になったんですけど、一応、『局所乾燥』の射程に入れておきました」


 程なく、街の方から小型バソが来た。


「皆さん、いったん詰め所の方にお願いできますか?」

 降りてきたギルド員が言う。確かに、通信手段のない河原にいても、コーシニアやアトリアとの連絡も取れない。


 由真たちは、ヤクティアから乗ってきたバソに乗り込む。程なく街中に入り、小ぶりな建物の前に到着した。

 その「詰め所」――正確には「北シナニア県冒険者ギルド ノクティノ支部ガルディア出張所」は、所長一家の住まいに、広間と通信室のみという簡素な作りだった。


「その、ご覧のとおりの片田舎でして、皆さんにお泊まりいただく宿も、ろくにない始末でして……」

 出張所長が恐縮をあらわに言う。


「あの、私は、神殿の方にお邪魔をさせていただければかまいません」

「私たちも、天幕を貸してもらえれば、適当なところで夜営します」

 ユイナとウィンタが言う。


「そ、それは! 皆さんに、天幕などとは!」

「うちの神殿は、粗末なぼろ屋で、神祇官猊下のお立ち寄りなどとても!」

 出張所長と神官――おそらくガルディア神殿長だろう――がとたんに慌てる。


「とりあえず、神祇官猊下に夜営させる訳にはいかないでしょうから、神殿の方でお願いできませんか? 僕は、何回も夜営してますから、別にかまいませんけど」

 由真は、取りなすつもりで言う。


「え?」

「ユマ様が……夜営?!」

 出張所長と神殿長の顔が一瞬にして蒼白になった。


「それは! そのような訳には!」

「グラント殿、ここになんとか部屋を確保できませんか?」

「それは……ロスティオさん、ユマ様お一人なら、俺たちが居間で寝ればなんとかなりますけど……聖女騎士様がたもご一緒の上に、ユイナ様も、となると、ここは手狭で……ユイナ様のお宿は、神殿の方で、なんとかやりくりしてもらえないと……」


 ――かえってやぶ蛇をつつくことになってしまった。


「えっと……そうだ、ベニリア川とノクティナ川の合流地点、あの辺に、川の監視小屋のたぐいはありませんか? あれば、そこで宿営します」

 今度こそ取りなすつもりで由真は言う。


「川の監視小屋……ですか……」

「あるにはあるのですが、組立小屋程度の、粗末なもので……」

「かまいません。雨風がしのげて、洪水に巻かれないなら、それで」

 神殿長と出張所長をいなすべく、由真は言い切る。


「はあ……」

「そうおっしゃるなら……ご案内しますが……」

 神殿長も出張所長も、戸惑いをあらわに応える。


「お願いします。あと、当座の食糧を調達しておきたいんですけど、お店とか、どの辺にありますか?」

 深く考えずに、由真はそう尋ねてしまう。


「店……ですか」

「ロンディアなら、コモディアにありますが……」


 ――約50キロ離れた街の名が出てきた。


「え? あ、ああ……そんな感じですか……」

「クシノリアなら、ロンディアの出店もあるのですが、この辺りだと、小麦、ブタ、キャベツは自前で、他のものは、ギルドでコモディアから買い付けしておりまして……」


 地方の小売業の実情を思わぬ場面で知らされることになってしまった。


「あ、もちろん、皆さんの食糧なら、私らの方で用意します。ただ、牛とか鴨は、備えがありませんで、明日の朝買いに行きます」

 出張所長はそんなことを言い出す。


「あ、いえ、そんなものは別にいりません。焼きパンと、最低限のブタ、キャベツに人参でもあれば十分です。買い増しがいるなら、費用は負担しますから」

 由真は、そう言ってギルドの身分証を――クレジットカードのつもりで――かざす。


「え? あ、これ? S級の?!」

「おお、これが……なんとも神々しい……」


 ――違う方向の反応を受けてしまった。


 ちょうどそこで、通信室から鐘の音が聞こえてきた。「3回3連」。緊急事態ということだろう。

 出張所長が通信室に駆け込み、しばらくして紙を持ってきた。


「ユマ様、その、長官閣下から、大至急の雷信が来ました」

 そう言って、相手は手にした紙を由真に差し出した。



大至急

晩夏の月7日17:11受信


北シナニア冒険者ギルド ノクティノ支部ガルディア出張所気付

コーシア伯爵ユマ閣下


 お疲れ様でございます。

 神祇官猊下の雷信は、 殿下と関係閣僚に伝達を終えております。

 イドニの砦魔物対策本部第3回閣僚会合は、明日8日正午よりコモディア神殿内会議室において開催されることとなりました。

 公爵殿下より、 閣下にも同席するよう伝えるべしとの御意を賜りました。

 殿下は、 明日の「臨時白馬503号」に座乗され、現地11時25分にコモディア駅に到着される予定です。

 なお、鉄道は、特急「白馬」以外は明日始発より平常通りの運行となるとのことです。


大陸暦120年晩夏の月7日

 コーシア県副知事 タツノ男爵ヨシト



 今度は「気付(きづけ)」と来た。

 さすがは「日本人」だけあって、手紙の「お作法」の手札が多い。

 もっとも、翻訳スキルを通っている以上、対応するノーディア語もあるのだろう。


 それはさておき、重要なのは内容だった。


「閣僚会合をコモディアで……」

「コーシニア大本営どころか、コモディア大本営ってことみたいね」

 由真の漏らした言葉に晴美が反応する。


「ユマさんは、ご指名みたいですね」

 ユイナが言う。由真に対しては「同席するように」とエルヴィノ王子が指示したと明記されている。


「コモディアに……特急以外は平常運行になる、ってことは……」

 由真は、背嚢から時刻表を取り出す。


 この地の最寄りのガルディア・ノクティニカ駅は、快速列車は停車する。

 10時23分に発車する快速列車がコモディア駅に到着するのが11時4分とされているので、これなら王子を出迎えて会議に参加することもできるだろう。


「まあ、ご指名、ってことなら、行くしかないですよね」

 そう応えて、由真は紙とペンを取る。



コーシア県副知事 タツノ男爵ヨシト閣下


 お疲れ様です。

 雷信拝受しました。

 明日現地11時4分コモディア駅到着の快速列車にて現地に参上する予定です。

 殿下にも その旨お伝えいただければ幸いです。


大陸暦120年晩夏の月7日

ユマ・フィン・コーシア


「これを、返信していただけますか?」

 由真は、そう言ってその紙を差し出す。

 出張所長は、かしこまりました、と答えてそれを受け取ると、通信室に入った。

エルヴィノ殿下も前進してきます。ほぼ最前線です。

お呼び出しは受けたものの、快速列車で40分あれば到着できる先です。


一応念のためですが…

「○○気付」(きづけ)は、「○○に今立ち寄っている」という意味で、後ろに続く人が立ち寄っているからその人に手紙を渡してほしいという意味ですね。

(ここでは、「出張所に今いるユマ閣下宛なので渡してください」という意味です)

立ち寄っている人の方は、別の場所に動く予定なので、差出人の項に「気付」はつけません。

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