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229. 追い詰めて

事前の計画どおり、一手ずつ進めていきます。

 祈祷が終わり解散となる。

 ふと見ると、衛は頭上の橋を見つめていた。


「衛くん、橋、気になる?」

 由真が声をかけると、衛は我に返ったように目を見開き、こちらに振り向いてきた。

「ああ、済まん。つい気になって」

 そう言うと、衛はユイナの後ろについていく。


「あの橋、問題でもあった?」

「いや。中央径間はコモディアと同じランガー橋で、しっかり造られてる」

「ランガー橋?」

「アーチ橋の一種で、曲げの方向は橋桁が持って、アーチは圧縮だけを持つ。力を分担するから、その分頑丈にできる」


 そう言われて、由真は後ろに振り返る。

 橋の中央部の川を渡す部分だけ、鋼製とおぼしきトラス状のアーチがかけられている。

 確かに、コモディアで祈祷に向かう往復で通った橋も、同じような構造だった。


「そっか。ベニリア川を渡す橋は、しっかり造ってあるのかな」

 由真が言うと、衛は、たぶんな、と応えた。



 ユイナは、オプシア神殿に立ち寄り、朝の日課祈祷も行った。

 由真たちもそれに参列してから、そろってオプシア駅に戻る。


「特別待合室」でしばらく休憩を取り、9時50分になったところでホームに呼ばれた。

 昨夜から今朝にかけて乗った列車が、ナギナの方からやってきた。同じ車両に乗り込むと、二段寝台だった区画は、座席が向かい合う構造になっていた。


「あれ? これ、寝台じゃなかったっけ?」

「一等寝台は、昼は解体してこういう座席にするんです」

 和葉が上げた声に、ユイナがそんな解説を返した。


 晴美たち4人は、それぞれ座席に着き、由真とユイナは個室に入る。

 祈祷などで疲れているはずのユイナは、寝室には向かわず、居室のソファで軽く目を閉じていた。


 小一時間ほどで、列車は次の目的地であるクシノリア駅に到着した。

 やはり、ギルド支部長と神殿長に迎えられ、バソで川岸に向かい、河竜は下流にいるという判定の後、仮設の祠を使って結界を構築する。

 その上で、神殿で臨時の祈祷も行ってから駅に戻る。


 昼過ぎになっていたため、肉入り焼きパンで昼食を済ませて、また検査列車に乗り込む。


 次はヤクティア駅で下車する。ここは、ノクティノ郡の中心地で、コモディア駅からの営業距離は71キロだった。

 ここでも、河竜は下流にいるという判定から、仮設の祠を使って結界を構築し、神殿で臨時祈祷も行う。


「ここまで、順調に来ましたね」

 祈祷を終えたところで、由真は、そう言ってユイナをねぎらう。


「ええ。後は、この先どうするかですね」

 そう応えるユイナの表情は、やや曇っていた。


「この先……どこがいいか、ですよね」

 ヤクティア神殿が用意した郡の地図を見下ろす。


「あの結界の術は、水系統の『ダ』の介入を防ぐために、地元の神殿の『マ』を使っています。オプシア、クシノリア、そしてこのヤクティアは、教区を管理する神殿があったので、問題はなかったんです。……けど、この先は……」

 曇り顔で、ユイナは首をかしげる。


「ガルディアには神殿がございますが、その先は、ナフタリナ、フルスラ、モルバリアの各駅の近くには、神官が常駐してはおるのですが……」

 神殿長が応える。


 彼が列挙したのは、ガルディア・ノクティニカ、ナフタリナ・シナニカ、フルスラ・シナニカ、モルバリアの各駅だった。

 いずれも、駅間が営業距離にして10キロほどで、他には駅もない。

 モルバリア駅の次はアスファ・コモディカ駅。その名のとおりコモディア市に属し、コモディア駅から営業距離8キロとされている。


「コモディアの結界は、アスファまでは有効です。追い詰めるなら、最短なのはモルバリアです。ただ、神殿に相応の備えが必要になりますけど……」

「それと、私たちが駐留するとして、補給は大丈夫かしら?」

 現地に駐留する前提で、晴美が問いかける。


「アスファとモルバリアの間まで追い詰めれば、アスファの詰め所も使えるとは思いますけど……」

「モルバリアは、相当遠くはなりますが、河竜を押さえ込めるということであれば、我々も最大限人を出します」


 ユイナが言うと神殿長が言葉を重ねる。

 そのやりとりを聞きながら、地図を見て、由真の心にふと危惧が芽生える。


「それなら、次はモルバリアで……」

「その前に……ユイナさん、先にガルディアを固めてもらうことはできますか?」

 ユイナの言葉を遮り、由真は口を切る。


「ガルディアですか? それはできますけど、ここから20キロほどしか離れてませんよ?」

「ええ。ただ、ガルディアは、ノクティナ川がベニリア川と合流する場所ですよね?」


 地図に記されたその情報。

 西から東に流れるベニリア川の右岸、すなわち南方には、ノクティニ山地と呼ばれる山々が連なっている。

 南北方向に6本ほど伸びる山脈の間を川が流れ、うち3本が合流してノクティナ川となり、ガルディアでベニリア川と合流する。

 そのノクティナ川の最下流は、谷を抜け出た川が広い緩斜面を下る形になっていた。


「ノクティナ川がベニリア川に合流する手前のこの辺り、土地は広いのに、果樹園としてしか使われてないみたいですけど……」

「それは……実は、ノクティナ川は流れがきわめて激しく、しばしば川筋が動くほどでして……」

 由真の問いに、神殿長がそう答える。


(やっぱり、これは扇状地で、ノクティナ川は『暴れ川』か)


 地図から示唆される通りの地形と地質らしい。


「それならなおさら、ノクティナ川の方を止めておかないと、下流にも影響しますよね。もし、ダム……堰堤(えんてい)があるとしたら、アルト・サゴデロ辺りがそれを破壊する可能性もありますし」


 その言葉に、ユイナと神殿長の表情が目に見えて引きつった。


(『ある』ってことか)


「それじゃ、ガルディアから行きましょう」

 由真の言葉に、全員が頷いた。


 神殿長とギルド支部長も伴って、一行はガルディアに入ることにした。

 国道のシナニア街道はおおむね舗装されているということで、列車は使わずバソで直接現地に向かう。


 市街地から田園地帯に入り、小さな山を一つ超えてから、ぶどう園の広がる平地に入る。

 そこに来て、舗装は途切れて砂利道になる。流路に掛け渡された短い橋を渡ると、そこからは川沿いの道を下っていく。


(『暴れ川』だから、橋は潜水橋、道路も未舗装か)


 車窓を見つめつつ、由真はそんなことを思う。


 ノクティナ川とベニリア川の合流地点にたどり着くまで、結局小一時間を要した。

 さすがに、急峻な山地から下ってきた「暴れ川」がアスマきっての大河に合流するだけあり、岸辺に立つだけで圧倒される。


「それでは、始めますね」


 ユイナは、そう言って錫杖をかざすと、まず右側に向ける。

 そこから、ゆっくりと左側に錫杖を転じる。左肩の上に錫杖の先が見えたところで、ユイナの表情が突然険しくなる。


 両足を展開させて、体を左に向け、錫杖に左手も添えて、そちらに険しい目線を向ける。

 数秒後、ユイナは深い溜息をつく。


「河竜は……こちらにいます」


 ――「左側」、すなわち「上流側」を指したまま、ユイナはそう言った。

河竜は、上流にいました。ということは――

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