228. 作戦開始
主人公チームが、いよいよ動き出します。
愛香からの通信の後、アスマ軍からは連絡はなかった。彼らの最大の懸案「護衛の冒険者の報酬」がエルヴィノ王子の懐から支払われることになったためだろう。
一方で、タツノ副知事がベニリア鉄道に「閣下、猊下とお連れの4人が乗車を希望されています」と雷信し、それに対してヤマナ社長から「承りました。検査列車の担当に申し伝えておきます」との雷信が来て、それで話はついた。
由真たちは、夕食を知事公邸で取り、休息を兼ねて荷造りを済ませて、深夜のコーシニア中央駅に向かうことにした。
明日の夜からコモディアに詰めることも想定して、宿泊道具を揃えていく。
由真は、宿営可能な装備に加えて、瑞希が届けてくれた筒型ネイチャーストーブに、雷信を打たせるためのペンと紙束も用意した。
駅に到着すると、駅長から「業務用特別乗車券」なるものを受け取り、3番線・4番線のホームに上る。
3番線の方に、列車が停車していた。色の白い客車が連なっていて、1両あたりの長さが短い。連結部を見ると、台車がそこにあった。
(これは、『ミノーディア』と同じ型か)
中間に連節車が12両連なり、両端の車両には窓がなかった。中間車も、前方の3両以外は窓が少なく、あるいは窓がない。日本のいわゆる「試験車」と同様に、走りながら線路を検査するための装置――魔法道具類が装備されているのだろう。
列車の方で待っていた係員に誘導されて、前から3両目――連節車としては2両目の車両に入る。
トイレと洗面所に続き、中央の通路を挟んで両側に、線路方向に向いた二段寝台が一組ずつ配置されている。その先の扉の奥には、エントランス、居室、そしてベッド2つが備えられた寝室があった。
エントランスから先の「特等寝台相当の控室」は由真とユイナが使い、「一等寝台相当の仮眠席」の二段寝台合計4台は晴美、衛、和葉、ウィンタが使うことにした。
翌朝5時に下車して、すぐさま祈祷とその護衛に当たるということで、由真たちは、列車が発車する前に床についた。
――がさごそという物音で、由真は目を覚ました。見ると、隣のベッドでユイナが身を起こしていた。寝室の時計は、4時半を指している。
由真もベッドから起き上がり、簡単に身繕いを済ませる。
二段寝台の方に出ると、4人ともすでに準備ができていた。
午前5時7分に、列車はオプシア駅に到着した。
ホームには、ギルド支部長と神殿長が迎えに来ていた。
由真たちは、彼らとともにバソに乗り、市街地の北部にある橋のたもとにたどり着く。
現地には、すでに仮設の祠が据えられていて、祈祷道具も用意されていた。
「それでは……始めます」
そう言って、ユイナは錫杖を構えて深呼吸する。
「河竜は、こちらですね」
ユイナは、錫杖を右に向けた。南側の岸から北に向かった彼女が右を指した。敵がいるのは東側、すなわち「下流側」だった。
「それでは、祈祷に入ります」
その言葉とともに、ユイナは女神像に深く一礼すると、右手で錫杖を構えたまま、左手で脚のついた方の鐘を1回鳴らす。
「我、ユイナ・アギナ・フィン・セレニア、ここにてこれより祈祷の式を行う。前後左右、聖柱設定、結界展開、領域浄化」
冒頭の結界展開。コモディアのときは1回目で水鬼が出現した。由真は身構えたものの、周囲に変化はなかった。
「灯火と水土種を奉り天地の神に伏して祈らん」
そう唱えると、ユイナは左手に取った鈴を鳴らした。
「神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え」
続けてそう唱えて、ユイナは鈴を鳴らす。
「神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え。神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え」
同じ文言が2度繰り返されて、そのたびに鈴が鳴らされる。
そして、ユイナは鈴を棚に置く。
「地と人を潤す河を衛るため流れる水に界を結ばん」
ユイナは鐘を1回つき、それから鈴を左手に取る。
「この権舎の川筋に七重の界を組み連ね、流れゆく『ダ』と運ぶ『ラ』を塵も漏らさず遮らん」
そう唱えつつ、ユイナは鈴を鳴らし続けると、いったん鈴をおいて鐘をついた。
「この界に見守りの術も八重連ね、障りを常に測り正さん」
続く言葉とともに、同様にして鈴を鳴らして、終わると鐘をつく。
それから、ユイナはいったん深く礼をする。
「天と地と万のものの大いなる母なる我らが女神様、願わくは、我がこの願い聞こし召し、尊き功徳を天と地の万のものに齎して、衆生と我らを見守り給え」
その言葉を終え、鐘を3回鳴らしてから、ユイナは深々と頭を下げた。
「コモディアと同じ術式で、川筋……上流と下流の方向に結界を7層展開しました。『見守りの術』も、コモディアと同様に組んであります。この祠も、当分の間しっかり祀ってください」
ユイナの言葉に、神殿長たちは平伏で応える。
「それで、川の下流にいた、っていうユイナさんの判定のことは、本部には報告しないでください。一番上に流れると、妙な反応をされる危険があるので、ある程度見通しが立つまでは、伏せてもらえると助かります」
続けて、由真は支部長に言う。
「かしこまりました。我々も、知事に正直に報告するつもりはありません」
支部長はあっさりと応える。
当然ながら、あの知事は、内部――ことに冒険者の中では、きわめて人望が薄いのだろう。
夜行というのは夜が移動時間に回せるので便利ですね。
この時点で、まだ早朝です。




