226. 終わりなき「戦い」
ここまで続いてきた「戦い」ですが――
「民政尚書の話は、対策本部を巡る愚痴でした。イスカラ総参謀長が相当暴れたようですが、殿下にことごとくいさめられたそうです」
タツノ副知事の「まとめ」は、身もふたもなかった。
「タツノ副知事に再入閣を、なんて話も出てましたから、あっちも相当困ってるみたいです。A級大夫の総参謀長閣下が閣僚会議に堂々と出席したみたいですし」
由真は話を若干補う。
「それは、私でなくとも、アトリアのフォルド副知事も青藍騎士団の白銀S級大夫ですから、エストロ知事を押さえ込むだけなら、彼に任せておけば問題ありません」
タツノ副知事は淡々と応える。「大物」は彼一人ではないということだろう。
「あと、具体的な話は、鉄道の関係ですかね?」
「かと思われます。陸運総監は、ベニリア鉄道に直接取り仕切るよう指示する方針のようですから、あちらからの連絡待ちとなるでしょう」
ということで、鉄道関係の連絡を待つことになった。
動きがないまま、30分ほど時間が流れたところで、慌ただしい足音が聞こえて、知事室の扉がノックされた。
「副知事! ベニリア鉄道の社長から、大至急の雷信です!」
入室してきた係員は、そう言って封書を副知事に差し出した。
大至急
晩夏の月6日15:53受信
コーシア県副知事 SS級大夫 タツノ男爵ヨシト閣下
雷信にて失礼いたします。
シナニア東線の運行再開につきましては、下り線は本日の「白馬13号」の時刻に、上り線は明朝の「白馬4号」の時刻に、検査車両を運行させて、支障なければ各列車運行事業者にその旨通知する方向で、各事業者及び冒険者ギルドと調整を図っております。
なお、ナギナ近郊区間につきましては、当社ナギナ支社に検査を行わせており、明日には各列車運行事業者において運行を再開するものと見込んでおります。
ご多忙の所大変恐縮ながら、よろしくお願いいたします。
大陸暦120年晩夏の月6日
ベニリア鉄道株式会社代表理事社長 カズオ・リデロ・フィン・ヤマナ
「このヤマナ社長、というのは、もしかして……」
「日本から召喚された人物です。召喚されたのは、30年ほど前だったかと」
由真の問いにタツノ副知事が答える。彼が言っている以上、「異世界ニホン」ではなく「日本」の出身だろう。
日本人としか思えない名前のこの人物は、やはり日本人であるらしい。
「宛先に、『SS級大夫』なんて書かれてますね」
「これは……白馬騎士団が云々としきりに叫ばれているせいで、アトリアは栄爵騎士団に過敏になっているのでしょう」
そう言うと、タツノ副知事は軽く溜息をつく。
「『白馬13号』というと、夜行列車ですよね」
由真は、背嚢から時刻表を取り出しつつ言う。
「はい。ナギナに出張や観光に向かう際には便利使いされていますし、週3回はオルヴィニアまで伸びますので」
副知事が応えている間で、由真は時刻表を開く。
雷信で言及された「白馬13号」は、コーシニア中央駅を23時50分に発車し、コモディア駅に2時45分、オプシア駅に5時7分に到着して、終点のナギナ中央駅には7時ちょうどに到着する。
ナギナ中央駅までは毎日運行され、木曜・金曜・土曜に発車する便はオルヴィニア駅まで乗り入れる。
列車愛称「白馬」を名乗るだけあり、昼行の「白馬」と比べても、所要時間はコモディアまでは1時間増えるのみでその後は同一、すなわち「シンカニオ特急」だった。編成は「ミノーディア」と同じで、共通運用されているらしい。
「これの運行が再開されれば、だいぶやりやすくなりますね」
早朝にオプシアに入ることができるというのが大きい。
シンカニオ特急「白馬」こそ途中で停車しないものの、特別快速以下の列車を使うことができれば、1日でコモディアまでの「作戦」は実行できるだろう。
そこに、内線の呼び出し音が鳴る。
エルヴィノ王子か、民政尚書か、ヤマナ社長か――
「はい、知事室です。……副知事を出せ、と?」
いつも通りに受話器を取ったマリナビア内政部長が、とたんに眉をひそめる。
「副知事は外していて、内政部長なら応対できる、と答えてください」
そう言って、マリナビア内政部長はいったん振り向く。
「アスマ軍のイスカラ総参謀長から通信で、副知事を出せ、とのことです。外していると答えさせています」
――今度は、非礼の矛先がタツノ副知事に向かいつつあるらしい。
「……はい。そうですか。わかりました」
そう答えると、マリナビア内政部長は内線を終えた。
「先方は、雷信を送るので、副知事が戻り次第連絡させろ、と言って通信を切ったそうです」
「それは、内政部長とは話さない、ということですか」
副知事の言葉に、内政部長は、おそらくは、と答える。
程なく、通信室の係員が駆け込んできて、副知事に封書を差し出した。
大至急
晩夏の月6日16:01受信
コーシア県副知事へ
北シナニア県知事白馬騎士団S級大夫エストロ大将軍閣下の御意を受け、アスマ軍総司令官閣下の命を伝える。
軍用貨物列車運行のための鉄道の作業に関連し、コーシア県下の冒険者が不届きにも護衛の報酬を要求していると聞く。
伯爵を僭称する小娘のごときが王国軍のための任務に当たる栄誉を得るからは報酬を受けるなどは論外にして、むしろ王国軍に謝礼金を上納すべき所である。
県下の冒険者に対し、報酬を要求するごとき不遜なる態度を禁じ、反する場合は厳罰を処する措置を可及的速やかに実施せよ。
本雷信を受領次第、本官に通信すべし。
アスマ軍総参謀長 白馬騎士団A級大夫 将軍 イスカラ男爵カルト
「この人、頭大丈夫なんでしょうか?」
由真は、思わずそう漏らしてしまう。
「伯爵を僭称する小娘のごとき」と言われること自体はさておき、その「小娘」はアスマ公爵エルヴィノ王子が自ら通信した相手だという程度のことも認識できないのだろうか。
もっとも、「超大物」のタツノ副知事を相手に名前も書かず「閣下」の敬称もつけず、自らを「白馬騎士団A級大夫」と名乗るだけで「マウントがとれる」と思っているのなら、所詮その程度ということだが。
「彼は……アスマの『県』をカンシアの『県』と同一視しているのでしょう。これは……通信するにも値しません」
タツノ副知事も冷淡だった。
「単に無視していても煩わしいだけですから、マリナビア部長の名義で返信します」
そう言うと、副知事は紙とペンを手に取る。
アスマ軍総参謀長 A級大夫 将軍 イスカラ男爵カルト閣下
雷信拝受いたしました。
副知事SS級大夫タツノ男爵にお伝えしましたところ、以下のように返信すべしと指示を受けました。
冒険者が任務に当たり報酬を求めることは当然のことであり、これを禁じ、まして厳罰をもって当たるなどは言語道断にして、前民政尚書として到底容認しえません。
県下の冒険者には S級冒険者コーシア伯爵ユマ閣下も含まれます。
もし仮に 伯爵閣下が得るべき正当な報酬が得られない場合、当県の財政はきわめて深刻な打撃を受けることとなります。
王国軍がそのような要求をするのであれば、県としてその補償を求めるべく、シムルタの駐留地及び関連施設の賃貸料を今月分より月額1億デニに引き上げるとともに、その半額を前金として今週中に支払うことを要求します。
なお S級冒険者コーシア伯爵ユマ閣下には、貴信を読まれ、是非もなし、と仰せになり、おとがめになる様子はございませんでした。
以上、謹んでお伝えいたします。
大陸暦120年晩夏の月6日
コーシア県内政部長 A級命婦 カリタ・マリナビア
「……命婦?」
「翻訳スキルが『大夫』と通します『リデロ・アルト』、直訳は『真の騎士』ですが、その女性形『リデラ・アルタ』は、翻訳スキルは『命婦』と通します」
――確かに、「大夫」と呼ばれる「従五位下以上」に当たる女性を日本語では「命婦」という以上、翻訳スキルの通り方としては妥当なのかもしれないが、そんな言葉を通されても理解できる者はほとんどいないだろう。
「カンシアの県庁部長は、おおむね地方管理官、B級官ですが、アスマの県、それも人口1000万を超えるところは、およそ地方理事官、A級官です。マリナビア部長はA2級官で、昨年着任の際にアスマ騎士団A級命婦に叙任されています」
人口が桁一つ違う以上、幹部の格も違うということらしい。
「1億デニは……大丈夫でしょうか……」
差出人とされているマリナビア内政部長がやや青ざめた顔で言う。
「土地を使う以上、地代を払うのは当然です。アルヴィノ殿下の『上意』でいくら名指しされようと、その大原則を覆すには及びません」
副知事は冷然と言い切る。
(これ、相当怒ってるな)
それは、由真にも容易に推測できる。
「ではこれを、特に急ぐ必要もないので、あちらに返信してください」
そう言ってタツノ副知事に原稿を渡された係員は、かしこまりました、と答えて知事室を後にした。
老練な副知事も、さすがにうんざりしてきたようです。
日本人らしく(?)遠回しな手段で反撃です。




