225. 民政尚書からの連絡その2
電話ならぬ通信、アフター対策本部です。
「殿下には、河竜の件は閣下にご一任を賜りました。その上で、御自らこのコーシニアまで出座され、『対策本部』をこの地で開催するとの御意も示されました。すなわち、午前中にシチノヘ理事官が示唆していた『コーシニア大本営』が、一両日中に設置されることになります。
アスマ軍との関係では、総司令官が対策本部に加わり、理事官会議には総参謀長が加わるとのことでした。後者は、担当州務尚書が主催することとするそうです。おそらくは、白馬騎士団の云々を防ぐためでしょう」
例によって、通信を聞いていなかった面々にタツノ副知事が要点を説明する。
「それは、アスマ軍に主導権を握られたりは……」
「そこは、殿下も当然お考えの上でしょう。対策本部は殿下ご臨席ですから、イタピラ総司令官といえども殿下に逆らうことはできないはずです。理事官会議の方は、シチノヘ理事官の手腕に信頼を寄せられていました」
晴美の問いに、タツノ副知事は答える。
「愛香さんがいれば、イスカラ総参謀長が吠えだしても、話がご飯の方向にそらされて、『アスマ軍の今日のごはん小委員会』みたいなのを作られる、とか、そういうオチになるんじゃないかな?」
由真は、あえて冗談口で応じる。
「まあ、そうですね。ユマさんが入ったら、今度はイスカラ総参謀長が『王国の威信』を見せるようなことになるかもしれませんけど」
横からユイナが言うと、晴美たちはあからさまに吹き出した。
時計が3時半を指したところで、再び内線の呼び出し音が鳴る。
「はい、知事室です。……おつなぎしてください」
受話器を取ったマリナビア内政部長は、そう答えて振り向く。
「副知事、コールト尚書から通信です」
今度は民政尚書だった。
「タツノでございます」
『副長官、お疲れ様でございます。コールトでございます』
――昼前と全く同じ言葉の往復だった。
『殿下が、対策本部の会議の席上で、直接ユマ様に通信をされたので、副長官もおよそのところはご案内かと思いますが……』
「あの通信は、閣僚会議の席からだったのですか。皆さん驚かれたのでは?」
『それは別段……何しろお相手はユマ様でしたから』
――「ユマ様」とやらはもはや「何でもあり」らしい。
『それに、イスカラ総参謀長が、ずいぶんと騒いでましたから』
「閣僚会議の席上で?」
『その前段からです。尚書府に押しかけてきて、自分も参加すると言い出し……シチノヘ理事官がいるのを見かけて、『貴様ごときが出席するとは無礼千万』などと……』
その発言の方がよほど「無礼千万」というべきだろう。
『その上に、『事務方が要るというなら次官を出せ』と……ファラシア君なら御しやすいとでも思ったのか、そんなことを言い出しまして……ファスコ君も『次官は理事官会議構成員ではないから説明できる立場ではない』と反論したのですが、相手は『役人のごときへりくつを抜かすな』と……』
「役人が『役人のごとき論理』を言うのは職業上必然でしょう。実際、ファスコ官房長の言うとおり、次官は理事官会議に出ていない以上、その説明はできないはずですから」
『まあ、それもその通りですが、……結局、ちょうど殿下が通られて、開口一番、『シチノヘ殿、お忙しいのに急遽動員して大変恐縮です』と仰せになって、……殿下ご指名の担当幹部と知って、さすがの総参謀長も、何も言えなくなりましたが』
愛香を動員したのは、他ならぬエルヴィノ王子だったらしい。
『それで、総参謀長も加わるとなったのですが、椅子が足りなかったため、『シチノヘ理事官を外して席を用意しろ』となって、説明に入るシチノヘ理事官を外す訳にはいかず、ビルト君が傍聴席に移って席を確保しました』
「冒険者局長が傍聴席に入った訳ですか」
『そこは、シチノヘ理事官は殿下ご指名の担当幹部ですし、ビルト局長は冒険者の動員が主任務ですから、この場はシチノヘ理事官に譲った方がよい、と……私も、そのように判断をした次第です』
タツノ副知事の言葉に、コールト民政尚書が慌てた様子を見せる。
(まあ、前任者、っていうか……民政省の大御所、ってことなのかな)
尚書府副長官を長年勤めたポルト大帝騎士団SS級大夫というタツノ副知事は、本人が「引退の身」と謙遜しても、民政省にとっては最大の重鎮という位置にあるのだろう。
「なるほど。それで、議事の方は……」
『冒頭、イスカラ総参謀長が例の『要求』を読み上げまして』
「閣僚会議」の席で、本来出席する立場にないにもかかわらず、真っ先に発言する。
総参謀長も相当に厚顔無恥な人物らしい。
『それが終わるなり、殿下が『総司令官はどうしました』とお尋ねになり、総参謀長は、『これはS2級官の会議に過ぎず、総司令官閣下が臨席されるには及ばない。よって自分がアスマ軍を代表して出席している』と答えました』
それを王子に向かって言うか――と由真は内心あきれてしまう。
『殿下は、『ここはアトリア宮中席次が適用される。州務尚書の会合にS2級官の大将軍が出席を強く望むというのなら、これを特に許してもよい』と仰せになり……総参謀長は『セントラでは大将軍がS2級官の下風に立つことはあり得ない』と言っておりましたが、殿下は『ここはアトリア宮殿です』と』
エルヴィノ王子が臨席しているアトリア宮殿でセントラ宮中席次を持ち出す。無神経と蒙昧を併発しているのだろう。
『その後は、シチノヘ理事官が理事官会議の結果を報告して、殿下は『引き続きよろしく』との仰せでした。それから、私の方から、例のユマ様の策の件を申し上げましたところ、殿下は、『頼もしい限りです。私から直接連絡しましょう』と……』
そこから先ほどの通信につながったという流れらしい。
『ちなみに、あの通信の後は、殿下がコーシニアに出られてそちらで対策本部会議を開く、という件が確認され、鉄道の運行再開について、ユマ様と相談の上で速やかに進めること、と陸運総監にご指示がありました。陸運総監は、ベニリア鉄道に直接そちらと調整させた方がよい、と考えておるようでした』
「そうですね。間に挟まるより、その方がよいでしょう。閣下は、TA旅客とTA貨物の社長とは、すでに通信をされていますから」
顔を合わせた訳ではなく、TA貨物のモナリオ社長に至っては直接会話もしていないのだが。
『そんな次第で、大半は前置き、本題はものの数分、ユマ様との通信の時間を除けば、せいぜい3分程度という次第でして。しかも、結局アスマ軍総司令官が対策本部に入るとなると、いよいよセントラ宮中席次を持ち出されて話がもめるのは必定です』
「それは、殿下の仰せのとおり、ここはアスマですから、アトリア席次で通せばよいだけでしょう」
『それは仰せのとおりですけど、私は非力ですので……殿下も、理事官会議は担当州務尚書に仕切らせる、との御意でしたから』
「担当は民政尚書では?」
『いえいえ、殿下も、今回の醜態は十分ご覧になられてますから……担当州務尚書、というのは、相応の大物……副長官の再入閣ですよ、おそらく』
その言葉に、タツノ副知事は言葉を返さない。
『ともかく、よろしくお願いいたします』
そう言って、コールト民政尚書は通信を終えた。
民政尚書氏も、超大物の後任者になって、若干おかしい軍人に絡まれて、すっかり参っているご様子です。
超大物の方は、そんな後輩を淡々と見守っているようですが。




