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224. 対策本部の動き

踊るばかりで進まないと定評のある会議ですが…

「イスカラ総参謀長は、白馬騎士団A級大夫の身分も持ち出して、民政省のファラシア次官を恫喝するに及んだそうですが、遅れて戻ったシチノヘ理事官の機転で、事なきを得たそうです。

 お聞きのとおり、ついでに閣下の作戦の件を民政尚書に伝えておきました。対策本部で報告するとのことでしたので、殿下のお耳にも入るでしょう」

 タツノ副知事は、通信の要点を説明する。


「ところで、ポルト大帝騎士団SS級大夫とか、副長官とか言うのは、いったい……」

 由真は、話の途中で出てきた肩書きのことを問いかけてみる。

「あれは……私も在任期間は長かったもので、いろいろと余録を賜った、というだけです」

 副知事は、自分を巡ることのためか、多くを語らない。


「あの、副長官というのは、尚書府副長官のことだと思います。タツノ長官は、大陸暦105年からは、民政尚書と兼ねて尚書府副長官でもありましたから」

 横からユイナが補う。


「それは……」

「尚書府は、閣僚たる州務尚書から構成される組織で、長は長官、すなわち公爵殿下です。その長官の代理は、アトリア宮中席次で決まりますが、その順位第1位とされた者を、俗に『尚書府副長官』と呼びます」

 副知事は淡々と説明する。


「それは、ドイツのフィーツェカンツラー……副首相と同じですね」

 晴美がそう反応した。日本の「副総理」と同じ制度がドイツでも取られているらしい。


「そういう功績もあるので、タツノ長官は、民政尚書を退任された際に、ポルト大帝騎士団SS級大夫にも叙任されてます。これは、午前中に話のあった宮中席次で『譜代衆』に連なるもので、『白馬騎士団S級大夫』より、当然格上です」

 ユイナが総括する。

 タツノ副知事も、十分な「大物」だということだ。



 13時半から開催されたイドニの砦魔物対策本部理事官会議の第2回会合の内容は、民政省から雷信で伝えられた。


 冒頭、エストロ知事からの「要求」が紹介され、冒険者局は最大限の体制を取っていると報告された。


 農務省と商工省によれば目立つ物価変動は見られず、民政省衛生局も特別な疫病のたぐいは確認していない。

 シナニア経由で輸送される魔法油の供給が停滞していて、これが燃料価格上昇圧力につながる恐れがあるため、トビリアやメカニアからの調達を含めて供給は足りる旨を商工省が発表することとされた。


 文教省は各学校の学生・生徒・児童に対する注意喚起を行い、内務省はコーシア川水系の監視を強化するとともに流域に対する注意喚起を行った。


 陸運総監府は、鉄道各社と協議して、冒険者が護衛のために同行することを前提に、ベニリア鉄道が検査列車による保線検査を行い、問題がなければ貨物列車の運行から再開するという方向をまとめた。

 なお、ナギナ周辺については、近距離の列車も運休しており、市内の物資が逼塞する恐れがあることから、近郊路線については現地で保線を行い運転を再開することとされた。


 以上のような報告が、ものの30分ほどで終わったという。



 続けて、15時からイドニの砦魔物対策本部の本会合、すなわち閣僚会議が行われる。


 そちらはどうなるか。


 愛香が仕切った理事官会議の結果が報告されるだけなら、ものの10分で終了するだろう。

 コールト民政尚書から由真の「選択公理作戦」が上申されて、エルヴィノ王子がどう反応するか――


 時計が3時10分を指したところで、内線の呼び出し音が鳴る。


「はい、知事室です。……至急おつなぎを」

 受話器を取ったマリナビア内政部長は、そう答えて振り向く。

「閣下、殿下から通信です」

 対策本部の会議が始まってわずか10分後に、エルヴィノ王子本人から通信が来た。

 ともかく、由真はヘッドホンを装着してマイクに向かう。


「由真でございます」

『ユマ殿、お疲れ様です。今、よろしいですか?』

 王子の声は、いつも通り丁重で、そして「勅語」の直後のような落胆の色はなかった。


「はい。その、今、対策本部の最中では……」

『ええ。その対策本部の閣僚会議の席から通信しています』


 その言葉が聞こえて、由真の全身に緊張が走る。ちらりと見ると、タツノ副知事の表情もやはり険しくなっていた。


『席上、民政尚書からユマ殿の献策をお聞きしました。大胆な策とは思いますが、紅虎様が『荒ぶ時』に入っている今、河竜に対しては、徹底した対策が不可欠でしょう。そちらは、ユマ殿とセレニア神祇官にお任せします』


 由真の「献策」を受け入れ、対応を一任する。王子はそう宣言した。


『その上で、お二人にそこまでのことをお願いするとあっては、私も……このアスマ州の知行を預かる身として、アトリアの地で安穏としている場合ではない、と考えています』

「それは……」

『ユマ殿のその『策』が一段落ついた段階で、この『対策本部』をコーシニアに移し、そこにおいて、私自ら陣頭に立とうと思っています』


 ――午前中に愛香が口にした「コーシニア大本営」だった。


『もとより、そちらが戦場になっている、ということであれば、迷惑をおかけする訳にはいきませんが……河竜もコモディアで足止めされている状況であれば、コーシニアに入る程度は何ら問題はないでしょう。

 その上で、私自身も、コモディアに伺い、現地の視察、それに見舞いをしたい、とも考えています』


 コモディアにすら入る。由真は思わずタツノ副知事に目を向ける。副知事は、黙然として王子の言葉を聞いていた。


『それと、アスマ軍も、対策本部に関わる、ということのようなので、総司令官に対策本部への同席を特に許すこととしました。

 また、理事官会議には、総参謀長の出席を認めるとともに、担当の州務尚書をして主催させることとします。まあ、理事官会議の方は、シチノヘ殿がおられるので心配はないと思っています。

 詳細は、民政尚書からタツノ長官に相談することになろうかと思いますが、よろしくお願いします』


 その言葉に、由真は、かしこまりました、と答えるしかなかった。

この殿下も「さすエル」です。

対策がある程度進んでからという前提で、前線に自ら赴き陣頭指揮に立つお考えです。


ドイツの"Vizekanzler"は"Bundeskanzler"(連邦首相)に次ぐナンバー2で、不在時に代理をする"Stellvertreter des Bundeskanzlers"(連邦首相の代理人)とされている人です。あちらは大きな連立政権が組まれることが多く、連立パートナー政党のトップが就くことが多いです。

(この「首相の代理人の筆頭として指定されている人」は、日本の副総理と同じ位置づけです)

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