223. 民政尚書からの連絡
面倒くさい手で攻撃された政府首脳から、電話ならぬ通信です。
ちょうど昼食時となったため、厨房から野菜麺を届けてもらって食事を取る。
「内容は……相変わらず、貨物列車なんですね」
エストロ知事の「要求」。その筆頭に掲げられているのはそれだった。
「実際のところ、鉄道が止まると物資の供給を巡って困窮するのは、アトリア以上にナギナです。アトリアは、トビリアなりナミティアなりからも物資は調達できますので」
タツノ副知事が答える。
「それにしても、『冒険者の戦力は最大限投入すること』に『現地人を積極的に動員する』とまで言っているのに、『アスマ軍の運用については総司令官及び総参謀長の判断に従うこと』なんて、自分たちは出撃させられたくない、ってことなんでしょうか……」
晴美が、眉をひそめて言う。
「それもあるでしょうし、『部外者の指図は断じて行わないこと』とあるのは……勅書で『要すればアスマ軍を統率して』と明記されていますから、閣下がアスマ軍を指揮することを絶対に拒絶する、という意思を示したものかと思われます」
副知事のその解釈が、彼らの包み隠さぬ本音なのだろう。
「アスマ軍って、……内側の敵と、軍事力を使わないで戦うことには、すごく長けてる組織ですね」
由真は、自らの包み隠さぬ本音を口にせずにいられない。
「それは、王国軍全体に言えることです。『白馬騎士団』という栄爵騎士団が存在し、それが『青藍騎士団』より優遇されることも、『元帥』がS1級と同格とされることも、大将軍の階級がS2級の中でも特に優遇されることも、全てが彼らの『戦果』です」
タツノ副知事の言葉は辛辣だった。ホノリア紛争を巡る因縁を考えれば、それも当然かもしれない。
「民政省は、1時半からの理事官会議に追われているでしょうから、コールト尚書からの連絡を待てばよろしいでしょう」
タツノ副知事のその提案により、由真たちはしばらく連絡を待つことにした。
時計が1時半を指したところで、内線の呼び出し音が鳴る。
「はい、知事室です。……はい、おつなぎしてください」
受話器を取ったマリナビア内政部長は、落ち着いた様子で応対する。
「副知事、コールト尚書から通信です」
ちょうどよく、コールト民政尚書から連絡が来た。タツノ副知事がマイクに向かい、由真もヘッドホンを装着する。
「タツノでございます」
『副長官、お疲れ様でございます。コールトでございます』
「……私は、副長官のたぐいではありませんよ、コールト尚書」
相手の呼びかけに、タツノ副知事は淡々と答える。
(……『副長官』?)
冒険者局長官だったタツノ副知事に「長官」と呼びかける人物は多数いたものの、「副長官」という呼びかけは初耳だった。
『そんな、今だって、入閣されたら副長官でしょう』
「私はもうほぼ引退した身です。それで、用件は、エストロ知事の関係ですか?」
『はい。こちらとしましても、北シナニアは要所ですし、人口1000万の大県、知事は大将軍たる前総司令官、ということで、決してないがしろにしてはいないつもりなのですが、『白馬騎士団S級大夫』というのを正面から突きつけて、あのような要求をされるとなりますと、どうにもならず、私も、前任者におすがりするより他にない、という次第でして……』
「そうはいっても、貨物列車の件は、TA貨物も条件が整えば運行するという話でしょうし、冒険者の戦力は最大限投入するところでしょう」
『そうなんですが……実は、先ほどまで、アスマ軍のイスカラ総参謀長が来てまして、理事官会議が終わったら議事をすぐ報告に来ること、と要求してきまして、……それと、冒険者の動員の計画を作って早く差し出すこと、貨物列車の護衛は無償で行うこと、それと……ああ、冒険者が軍に対して指示めいたことを行うことは厳しく禁じ、綱紀粛正を図ること、と、そんなことも……』
エストロ知事が「白馬騎士団S級大夫」の地位を振りかざして要求した事項を、総参謀長が自ら念押しに行ったらしい。
『相手も相手ですから、ビルト君に任せきるのも忍びなく、私とファラシア君の2人で応対したのですが、イスカラ総参謀長は、ファラシア君に対しても、『私は白馬騎士団A級大夫だぞ』と恫喝してくる始末でして……』
午前中にウルテクノ警察部長が口にした懸念すら、現実のものになっていた。
「ファラシア次官は、それに臆しましたか?」
『いえ……彼女も、内心は、相当煮えくりかえっているようでしたが、表だっては、『心得ております、閣下』と』
女性次官は、気丈かつ冷静に応対したらしい。
「それで、先方は、お帰りいただいた訳ですね?」
『ああ、それがですね……あのシチノヘ理事官は、もしかして副長官が推薦された御仁ですか?』
唐突に愛香の名前が出てきた。
「シチノヘ理事官? 彼女は、コーシア伯爵閣下とともにセプタカに当たり、先日アトリアに入った生産者ですが?」
『ああ、なるほど。いえ、そのシチノヘ理事官が、午前中コーシニアに視察に行っていたとかで、イスカラ総参謀長が脅しをかけてきた直後に入ってきたんですが……』
愛香が総参謀長閣下と対決する羽目になって――
『『貴様も動員してやるぞ』と総参謀長が脅したところ、顔色一つ変えずに『では出撃されるということですね。現地はアスニア蕎麦は足りてないのでシナニアうどんになりますがよろしいですね』と……』
――「アスニア蕎麦」と「シナニアうどん」。そういう特産品があるらしい。
『相手が戸惑っている間で、『焼きパンとブタはともかくキャベツは品薄なので覚悟してほしい。ナギナ牛も限りがあるからお偉方が食べるなら早めに数を固めること。コモディアチーズも列車に限りがあるから品切れになったらレモンを使った即席チーズを出す』と矢継ぎ早に来て……』
無表情のまま淡々と口にする様子が、由真の脳裏にもありありと浮かんでくる。
『あげく、『コーシアワインが飲みたいとかいう贅沢を言われても荷物列車が出せないから対応できない。アスニアワインもそれなりにおいしいらしいからそれで我慢してもらいたい』と』
――とどめは「コーシアワイン」だった。
『まあ、食べ物の話ばかり延々とされて、あちらも『我ら王国軍の栄誉を愚弄するか?』と怒り出したんですが、シチノヘ理事官は、『王国の威信とかは別に見たくないので結構』と』
「『王国の威信』? ああ、例の3面記事ですか」
――「3面記事」の「王国の威信」。タツノ副知事が言葉を返したとたん、ユイナ、晴美、和葉、ウィンタの「ジト目」が由真の一身に集まる。
マイクが民政尚書室につながっていて声は出せないため、由真は「僕のせいじゃない」と口だけ動かしながら手を横に振る。
『まあ、そんな次第で、敵さんはすごすご帰りましたけど』
さすがにその程度の「恥の意識」はあったらしい。
『とはいえ、この調子で、ことあるごとに栄爵騎士団がどうのと言われるようでは、仕事もままなりません。この際、ポルト大帝騎士団SS級大夫たる副長官に……』
「私が出る幕などないでしょう。それに、私は北シナニアの隣県で、コーシア伯爵閣下をお支えするつとめがあります」
副知事は由真の名前を持ち出す。
相手の「アトリアに来て問題を解決してください」という要望を断るためのだしに使われたような気もするが。
『とりあえず、対策本部は3時からで、エストロ知事の件とイスカラ総参謀長の件は、そこで報告するつもりです。殿下のご指示を仰ぐしかない、と思ってますし、ご指示があれば……よろしくお願いします』
「上意があれば従いますが……いただいた通信で恐縮ですが、こちらも、コーシア伯爵閣下の策があり、それをお伝えした上で、早期に実行したい、と考えています」
副知事は、相手の言葉をうまく取ってこちらの「本題」につなげた。
『策? ユマ様の、ですか?』
「ええ。オプシアまで列車が通ったら、神祇官猊下とともにオプシアに入って、コモディアと同様に結界構築の祈祷を行い、それからベニリア川をしらみつぶしに当たって河竜を探査し撃破する、というところです。もとより、閣下と猊下が術を使って、ということですから、300キロを超える川を延々歩いて、という非効率なことにはなりません」
タツノ副知事は、「選択公理作戦」の要点を簡潔に説明してくれた。
『なるほど、ユマ様とユイナ様が、川を当たる、と……』
「ええ。紅虎様の件も、こちらから総主教府に報告しているところですが、それに先立ち、河竜の方を早くつぶしてしまおう、と、閣下はそのようにお考えです」
『承りました。それは、対策本部で報告いたします。ただ、この先、さらに何かあったときは……』
「前任者として、必要な示唆程度はします」
そんなやりとりで、その通信は終わった。
3億人の「国民」を抱える大臣が、前任者である副知事に愚痴の電話ならぬ通信でした。
副知事は、先方に「作戦」を伝えて、話を先に進めましたが。




