222. 次の一手は「宮中席次」
今回は、中身が小難しくなります。
河竜対策の大枠は決まった。
時計は11時半を指していた。今から報告すれば、午後からの対策本部理事官会議に十分間に合う。
そこへ、知事室の扉がノックされた。
「失礼いたします。副知事、民政省から雷信がありました」
そう言って、通信室の係員がタツノ副知事に封書を差し出した。
「あちらから? ……とりあえず、わかりました」
怪訝そうな面持ちで首をかしげつつ、タツノ副知事は封書を受け取り、中の紙をテーブルに載せた。
晩夏の月6日11:21受信
コーシア県副知事 タツノ男爵ヨシト閣下
白馬騎士団S級大夫たる北シナニア県知事閣下より別添のとおり雷信がありましたので、取り急ぎお知らせいたします。
なお、追って通信いたします。
大陸暦120年晩夏の月6日
民政尚書 カルノ・リデロ・フィン・コールト
(別添)
民政尚書へ
昨日設置されたイドニの砦魔物対策本部につき、当地知行の立場より以下のとおり要求する。
・ 十分な物資の供給を確保するよう、貨物列車は可及的速やかに運行を再開させること。
・ 勅書に言うごとき危難との認識ならば冒険者の戦力は最大限投入すること。なお冒険者の綱紀粛正は厳に徹底すること。
・ 事態はアスマ軍の戦力に負う所きわめて大きいことを踏まえ、対策会議及び理事官会議の決定と議事は全てアスマ軍総参謀長に報告すること。
・ アスマ軍の運用については総司令官及び総参謀長の判断に従うこと。部外者の指図は断じて行わないこと。
・ アスマ軍の運用上必要があれば現地人を積極的に動員するべく最大限協力すること。
まずは以上の事項を要求する。
さらに気づきの点があれば、追って連絡する。
大陸暦120年晩夏の月6日
北シナニア県知事 白馬騎士団S級大夫 大将軍 エストロ子爵オルト
一瞬、知事室を沈黙が支配した。
「……副知事、今度は、この『白馬騎士団S級大夫』とかいうのが、何か意味があるということでしょうか?」
黙っていても仕方ないので、由真はそう問いかける。
「はい。この『白馬騎士団S級大夫』と申しますのは、セントラ宮中席次S1級の一角に列せられており、アスマ州庁の閣僚たる州務尚書よりも格上、とされております」
そう答えたタツノ副知事は、渋い面持ちで軽く溜息をつく。
「今度は宮中席次……全く手段を選びませんね」
マリナビア内政部長も、そう言って眉をひそめる。
「確か、イスカラ総参謀長も『白馬』のA級大夫ですから、セントラ席次だと格上、とか難癖をつけられそうですな」
ウルテクノ警察部長も、やはり表情は険しい。
「宮中席次、って、こちらでも、いろいろ意味があるんですか?」
渋面の3人に、由真はそう問いかけてみる。
日本の「宮中席次」は、本来は宮内省が決めた宮中儀礼上の座席順だったものの、文武の官吏の序列を定めたものとして通用し、総理臨時代理の決定にも影響した。
翻訳スキルが「宮中席次」という言葉で通すその概念も、やはり――
「はい。端的に申し上げれば、日本の『宮中席次』と、およそ同じ状態となっております」
タツノ副知事は、まさに「端的に」答えた。
「ただ、こちらはさらに煩雑でして、現に王宮のあるセントラ、建国の都であるオルヴィニア、そしてアスマ州の州都であるアトリア、さらにはメカニアの都シグルタ、この4箇所の宮殿それぞれに宮中席次の定めがあり、地域によって適用されるものが変わります」
その導入から、すでに煩雑に聞こえる。
「それは、セントラのものはカンシアで、という感じですか?」
「はい。先日申し上げたものは、アトリアの宮中席次で、アスマ州ではこちらが適用されます」
先日というと、陸運総監府から送られてきた雷信の宛先の順序の件だろう。
「S1級は、北辰騎士団SS級大夫、上級国務大臣、神祇長官、アスマ州長官、大法官、S1級官、公爵、辺境伯、譜代衆、青藍騎士団白銀S級大夫、白馬騎士団S級大夫の順で、これは、いずれにおいても共通です。
それに続くS2級が、セントラ宮中席次は、大将軍、S1級待遇、S2級官と続くのに対して、アトリア宮中席次は、大将軍はS2級一般と同列とし、アスマ州の閣僚たる州務尚書を上に置いて、州務尚書、州務尚書前官礼遇とS1級待遇、大将軍を含むS2級官となります。
総軍総司令官はセントラ宮中席次においてはS1級待遇で、アスマ軍総司令官はこれに相当いたしますが、アトリア宮中席次においてはS2級官とみなすこととしております」
つまり、エストロ知事とイタピラ総司令官の地位が、「セントラ宮中席次」と「アトリア宮中席次」では大きく変わり、後者の場合は民政尚書の下に置かれることになる。
エストロ知事は、それを嫌って、いずれにしても上位に立つ「白馬騎士団S級大夫」の地位を突きつけたということだろう。
「それは、さすがに、殿下より上に立つ、ということは……」
「それはありません。席次筆頭の『北辰騎士団SS級大夫』は、王室構成員と特に功労のある臣下のみに許される、『ガーター勲章』のようなものです。当然、殿下はこちらに列せられておられますから、御父君と兄君以外のどなたにも譲られるところはありません」
そう言われて、由真は思わずほっと息をついていた。
「それ以前の問題として……お二人とも謙虚なお人柄で、そういうことを表には出されていませんが……閣下はS級冒険者、猊下もS1級神祇官、どちらも、王族でない公爵より上位です。本来なら、『冒険者コーシア伯爵ユマ』の肩書きをもってするだけで、『白馬騎士団S級大夫』に『閣下』をつける必要もなくなります」
――「S級冒険者」の地位がそのような水準だとは、全く認識していなかった。
「そちらの方は、マリシア元帥やボルディア元帥が出てくると面倒になりますが、いくら何でも、そこまでのことにはならないかと思われます」
副知事は、先代の「勇者」と「賢者」の名前に言及する。
彼らは「侵略戦争に勝利した中興の功臣」であろうから、それより上に立つということは、さすがに考えられないだろう。
それ以前に、そんな「英雄的軍人」とは関わりたいとも思わない。
勲章という奴です。ステレオタイプな軍人が大好きとされるアレです。
勲章というもののモデルとなった西欧の場合、「勲章」=「騎士団」です。本文で引き合いに出されている「ガーター勲章」も「英国女王の騎士団」の一つです。
なお、作者は外出自粛を余儀なくされたGWの間、この「宮中席次」の設定を考えていました…




