21. 無系統魔法
魔法話の続きです。
その日は、15時――深夜から起算して、正午と夕方の間の頃合いに、実習は終了した。
由真は、晴美とともに訓練場を後にする。その晴美は、やはり帰ろうとしていたユイナを捕まえる。
「自主練できる場所ってある?」
「あ、はい。宿泊区画の裏手に空き地があります。そこなら、術を使っても大丈夫です」
ということで、早速その「宿泊区画の裏手」に案内してもらうことになった。
居住区画から数分歩いた先にある「宿泊区画」は、高級ホテルとビジネスホテルと木賃宿が混在したような場所だった。
その裏手には、更地同然の空間が広がっていた。学校のグラウンド程度の広さがあり、魔法の練習にも問題はなさそうだった。
「あの人たちの教え方って、解説が雑だし、明らかに戦闘補助に偏ってる感じなのよね。それに、氷系統魔法は使うな、ってしつこく言われて、あげくこんなのまでつけさせられたのよ」
そういって、晴美は左腕をかざす。そこには黒い腕輪があった。
「氷系統魔法を封印する腕輪、だって。……あの連中、私に氷系統魔法を使わせたくない、って露骨過ぎなのよね」
晴美の氷系統魔法は、ドルカオ司教すら封殺するほどの高水準だった。「戦闘」というのなら、本来それを伸ばすべきところなのに、むしろそれを押さえつけようとする。そこに「状況を制御したい」という意思の存在を窺うのは自然なことだろう。
「そういえば、魔法理論の講義のとき、僕と晴美さんに、何か変な『ダ』っぽいのがかかってた。気持ち悪かったから、つい消しちゃったけど」
つられて由真が言うと、ユイナの表情が一瞬引きつった。
「やっぱり、気づいてたんですね、ユマさん」
深呼吸して、ユイナはそう口を切った。
「あの、実は、今回の初期教育に当たって、皆さんを『兵団』に編成する、光・闇系統複合術式がかけられているんです」
続く言葉に、晴美も由真も目を見開く。
「まあ、要するに、『兵団』をすぐに編成できるように、っていうことですけど……ただ、そこで、あの、『団長』はヒラタ騎士として、他の皆さんは、『団長』の指示に従うこと、また、ハルミさんについては、その力を抑制して、ヒラタ騎士に『ラ』を引き寄せさせること、それに……ユマさんの体力は搾り取って、心も皆さんに隷属させること、そういう術式を採ることになっていまして……」
「それはつまり……『問題児』の私を押さえつけて、扱いやすい平田君を全体のリーダーにした上で、平田君の力を割り増しにさせる、そして由真ちゃんを追放する道をつける、っていうこと?」
晴美の問いに、ユイナは、はい、と頷く。
「けど、午後の魔法理論の講義の最中に……ハルミさんとユマさんに向けられていた『マ』は、突如消え去りました。そのことに気づいているのは……神殿でも、私だけです」
「それ……」
「さっきユマさんが言っていた、変なものを消した、という話、それが……術式の解呪だったものと……」
ユイナの説明で、由真は状況を把握した。自らと晴美の魂魄に向けられていた「意思」。それが、ユイナの言う「術式」だったということだろう。
「……それに気づいてるのが、ユイナさんだけ、っていうのは……」
「私も、光系統魔法はレベル8……今現在の王国では、ハルミさんのレベル10に次いで、神祇長官台下と同じ水準です。ここにいる私以外の神官で一番高いのは、モールソ神官でレベル6ですね」
――神祇長官と同等で王国最高の光系統魔法導師。ユイナは、由真たちの想像を遙かに超える力量を持っているらしい。
「ユイナさんって、実はすごいエリート?」
「そんなことは……ただ、『孤児』の『住人』が、10代のうちに神殿の幹部候補になるには、それなりの背景は必要でしたけど……」
由真が聞かされていたユイナの過去。「孤児」から「名字持ちの神官」に「成り上がる」。それがいかに困難な道か。そのことを思い知らされる。
「それはともかく……あの術式を、私以外の誰にも気づかれずに解呪した、というのは……ユマさんの魔法能力が、私たちの想像を超えるものだと、そういうことかと……」
そう言われて、由真は魔法理論の講義の際に気づいたことを思い出す。
「そういえば、『マ』と『ダ』以外に『ヴァ』っていうのもある、って話でしたよね? ……それに、僕のスキルで出てくる『無系統魔法』って、あのとき説明があったどれにも当たらないんじゃ……」
そう口にすると、ユイナは一つ頷く。
「はい。あの、実は……『ヴァ』は、プラスの『マ』とマイナスの『ダ』に対する……『ゼロ』のようなものである……と聖典には記されています。その『ヴァ』をもって『ア』に働きかけるもの、それが『無系統魔法』である、と……」
そう答えるユイナの顔色は、明らかに青ざめていた。
「この『無系統魔法』は……創造神が、過ちに堕ちた世界をただすために用いる、『滅びと再生の魔法』である、と……それが、聖典の記述です。なので、それが実際に使われるかどうか、確認されたこともありません。
……あの、異世界から召喚されたユマさんに、そんな力がある……となったら、それこそ世界全体に関わることですし……逆に、ユマさん自身には、そこまでの能力はない、となってしまうと、それはそれで、ユマさんの立場にも差し障りますし……」
ユイナは激しく迷ったのであろう。由真にも、それは容易に推察できた。
「あの、ユマさんのスキル『無系統魔法』は……この『滅びと再生の魔法』なんじゃないか、と……そう思われます。ただ、それを教えられる人は、当然いませんし……」
それ以前に、由真は神殿幹部にとって今すぐにでも追放したい「邪魔者」である。余計な「力」を持っていると判明したら、即座に生命の危機に瀕するおそれすらある。
「あの、私は……元々、アスマから研修のために派遣されてきた身の上でして……研修期間は来月までで、それが終わったら、アスマに戻ることになっています。ユマさんがアスマに来られるなら、私は歓迎しますし、それまでの間、ユマさんの秘密は、厳守します。エルヴィノ殿下の御意に反するアルヴィノ殿下の企みに、共感はひとかけらもありませんので」
「そうなったときは、私もアスマに連れて行って欲しいわね」
ユイナの言葉に、晴美がそう応える。この場で由真の「秘密」を共有する立場として、それは自然なことだった。
「そう……ですね……そのときは、ハルミさんも是非」
ユイナは、微笑とともにそう答えた。
ということで、お約束(?)のチートスキルです。