218. 冒険者局付理事官
「木曜日」に当たる第4日になりました。
その日も、夕食を済ませると早めに床についた。
翌朝、6時に目を覚ました由真は、庭先に降りて、ユイナと和葉と3人で太極拳の「二十四式」をこなす。
7時半からの朝食は、アクティア湖から昨日送られてきたという鱒の塩焼きだった。
朝食を取り一息ついたところで、ラルニア用務主任が封書を持って入室してきた。
「閣下、ジーニア支部から雷信が入りました」
「ありがとうございます」
そう言葉を返して相手から封書を受け取る。
晩夏の月6日6:49受信
コーシア伯爵閣下
お疲れ様でございます。
雷信拝受いたしました。
本日、シチノヘ理事官がコーシニアに往訪され、イケタニ管理官も同行されることとなりました。差し入れの品はその際持参されます。
取り急ぎご報告申し上げます。
大陸暦120年晩夏の月6日
アトリア冒険者ギルド ジーニア支部業務課事務員 ラミナ・メリキナ
「メリキナさんから返事?」
晴美が問いかけてきた。
「うん。愛香さんがこっちに来るんだって。それで、瑞希さんも一緒に来て、例の差し入れをくれるみたいだね」
書かれてあるとおりに由真は答える。
「こっちに? ずいぶんと気が早いわね」
「まあ、ね。こっちは、人材がそろってるし、手も十分足りてるんだけどね」
「けど、アイカさんなら、真っ先にこっちに来そうな気もしますけど」
晴美の言葉に由真が応えると、ユイナがそう言い出す。
「それは……お店の話はそうでしたけど、動員されて帳簿をつけるとかで、そういうのは……」
とはいえ、愛香と瑞希が「本日」来ると明記されている以上、待つよりほかにない。
由真たちが知事室に入ったのは8時半だった。
「おはようございます、閣下。民政省から、雷信が入っております」
そう言って、マリナビア内政部長が封書を差し出す。
至急
晩夏の月6日8:16受信
コーシア県民政部長閣下
お疲れ様です。
冒険者局付理事官が、管理官1人及び事務官1人を伴い、本日午前にコーシニア市視察に出張いたします。
理事官は、本日の「臨時白馬503号」に乗車しコーシニア中央駅に9時40分に到着、同じく本日の「コーシア32号」にてコーシニア中央駅より11時2分に出発の予定です。
貴県県庁にも訪問はするものの出迎え応接は一切不要である旨伝えるよう指示されております。
多忙な中急な連絡で恐縮ながら、ご承知おきください。
大陸暦120年晩夏の月6日
民政省冒険者局総務課長
「冒険者局付理事官?」
「今回起用された例の人物かと思われます」
由真が上げた声に、タツノ副知事が応える。
「理事官が、管理官を連れて、って、まさか……」
思い当たる節は大いにあるものの、確証もなしに口にする訳にもいかない。
それ以外には目立った動きもなく、時計が10時を指したところで、内線の呼び出し音が鳴る。
「はい、知事室です」
マリナビア内政部長が、いつも通りに受話器を取る。
「それは……今、閣下も副知事も空いてますから、お会いいただくこともできますけど……せっかくですし、副知事にもご挨拶をいただいた方がよいでしょう。時間は取らないとお伝えしてください」
そこまで言うと、マリナビア内政部長はいったん由真たちに振り向く。
「閣下、副知事……冒険者局付のシチノヘ理事官が、名刺を置きに来た、といって、受付に来ているそうです」
――予想通りの展開だった。
5分後。
由真たちと同じセーラー服を着た小柄な少女2人が、大柄な青年1人とともに知事室に入ってきた。
「このたび、なぜか冒険者局付理事官になりました、アイカ・シチノヘと申します。伯爵閣下と長官閣下には、お時間をいただき大変恐縮でございます」
――七戸愛香のその言葉は、余計な一言を除けば完璧な社交辞令だった。
「あの、あたしは、付き添いの池谷と言います。えっと、由真ちゃん……じゃなくて、伯爵閣下? に、お届け物がございます」
池谷瑞希の言葉が微妙におかしくなっている。
「コーシア県副知事のタツノです。理事官には、早速お越しをいただき恐縮です」
さすがに、副知事は丁重な答えを返す。
「それで、愛香さん、これ、どういうこと?」
「……こういうこと」
由真が問うと、愛香はそう言って紙を2枚見せる。
生産理事官 アイカ・シチノヘ
勅命を奉じ兼ねて民政理事官に任じA2級に叙する。
大陸暦120年晩夏の月5日
アスマ公爵ノーディア王子エルヴィノ
民政理事官 アイカ・シチノヘ
冒険者局付に補する。
大陸暦120年晩夏の月5日
民政尚書 カルノ・リデロ・フィン・コールト
「そろばんが使える人間をよこせ、とかいう話が来て、それで突然かり出された」
数字に強い人材がいないということで、愛香が急遽「動員」されたという、推測通りの事情だった。
「昨日、理事官会議、とか言うのに出てたの?」
「出ろ、って言われて仕方なく。明日対策を話す、とかのんきなこと言い出したから、とりあえず仕事を割り振ったけど」
晴美に問われた愛香は淡々と答える。
それが、昨日の「一手先を読んだ指示」だったらしい。
「で、愛香ちゃん、11時の列車で帰るの?」
雷信に記された予定のことを和葉が問う。
「1時半から2回目の会議で、それに出ないといけないから」
「って、午後一で会議? そんな忙しいのに、なんでここまで?」
「今回は、『コーシニア大本営』の下見に来ただけ」
由真が問うと、愛香は妙なことを言い出す。
「コーシニア大本営?」
「殿下が陣頭指揮して、対策会議の会合をここで開く。そういう儀式が、たぶん明日か明後日にはあると思う」
ずいぶんと気が早い――とも言えない。確かに、そういう「儀式」を開く可能性は多分にある。
「知事公邸にお泊まり可能で、会議室も問題ないみたいだから、あたしの用事は完了」
そう言うと、愛香は瑞希に目を向ける。
「ああ、あたしは、差し入れ持ってきただけだから。えっと、済みません……」
瑞希が声をかけると、2人に同行していた男性が、持っていた大きな荷物を開く。中に入っていたのは――
「これ……盾?」
「そう。ほら、仙道君、『守護騎士』じゃない? だから、こういうの、あってもいいかな、って」
それは、大きな盾だった。
指名された衛が手に取ると、彼の胸元からすねまでをちょうどよくガードする形になっている。
「意外と軽いな」
持ち上げた衛が、感心したように言う。
「それね、7000系アルミ合金……じゃなくて超々ジュラルミン……でもなくて、なんだっけ、えっと、マグネシウムが入った亜鉛のミスリルでさ、ハニカム材があったから、それに両側から板金をろう付けしたんだ」
例のミスリルを使った「ジュラルミンの盾」らしい。
言いよどんだのは、「苦銀入りの真鍮ミスリル」という現地語が思い出せなかったからだろう。
「魔法とかは、由真ちゃんが好きにやってくれた方がいいかな、って思って、手はつけてないから」
――そんなことを言われて、由真の頬が一瞬しびれてしまう。
「済まない、助かる」
「いやいや、別に。それ、メンテしやすいように、前は内側に溝をつけて、後ろはそれに差し込む作りにしてあるから、乱暴に使ってもかまわないから」
衛の言葉に、瑞希はそう言って手を振って見せる。
「あともう一つ、こっちが本命かな」
続けて、瑞希はそう言って背嚢に手を伸ばす。
中から彼女が取りだしたのは、縦横いずれも10センチほどの小さな円筒形の金物だった。
「あれ? それ、まさか……」
「あ、由真ちゃんは気がついた?」
由真が声を上げると、瑞希はそんな言葉を返す。
「それ、なに?」
怪訝そうな面持ちで、晴美が尋ねる。
「えっと、これは……」
瑞希は、愛香にちらりと目を向ける。
「ああ、あたしは、そろそろおいとまするから」
とんぼ返りの愛香は、淡々と答える。
「それでは、今日はこれで失礼いたします」
副知事と両部長に向けてそう挨拶して、愛香は知事室を後にした。
このお話で兵站に強い人と言えば、彼女一人です。
それと、「守護騎士」なら本来必須のアイテム=盾を、ようやく装備させることができました。
次回は、もう一つの「差し入れの品」のお話です。




