217. ジーニア支部からの便り
この日の話が、もう少しだけ続きます。
18時から開催された「イドニの砦魔物対策本部理事官会議」において、内務省は河川の異変を監視すること、農務省と商工省は物資の価格水準に異常がないかを確認すること、民政省も異常な疫病が発生していないかを確認することが決定されて、コーシア県庁にもその旨が伝えられた。
陸運総監府は、TA貨物が運休とした貨物列車で輸送される予定だった貨物の内容と量を報告するとともに、貨物列車の運行再開に向けた支援を行うこととされた。
「結構具体的な指示が来ましたね」
「確かに、一手先を読んだ指示と思います。これは誰が指図したのか……」
由真の言葉に、タツノ副知事は、感心した様子を見せつつも首をかしげる。
「……何か、問題でも?」
「あ、いえ。これを指図した者の心当たりがなかったもので。……今回メンバーに入っている冒険者局の理事官というのは、今は置かれていなかったはずですから、これに、どこかから人材を引っ張ったのでしょう」
長年冒険者局のトップにいた彼が「心当たりがなかった」という人物。「冒険者局付理事官」となったその人物が、今回采配の任に当たっているのだろう。
具体的な対応は明朝以降ということで、この日は知事公邸に引き上げることになった。
渡り廊下の先の公邸には、ラルニア用務主任が待っていた。
「閣下、ジーニア支部のメリキナ殿から雷信が入っております」
ラルニア用務主任は、そういって封書を由真に手渡した。
「ありがとうございます」
そう応えて、由真は中に入った紙を取り出す。
晩夏の月5日18:17受信
コーシア伯爵閣下
お疲れ様でございます。
イケタニ管理官が金物の差し入れを兼ねて陣中お見舞いを希望されており、明日にもご都合などお知らせいただければ幸いです。
なお、イドニの砦の事案に関し、こちらはシチノヘ理事官が動員されました。
事態の速やかな解決に向け、我々も微力を尽くす所存でございます。
大陸暦120年晩夏の月5日
アトリア冒険者ギルド ジーニア支部業務課事務員 ラミナ・メリキナ
「愛香が動員されたの?」
後ろから紙を見た晴美が、曇り顔で言う。
「これって、セプタカのときみたいな……」
輜重兵や経理兵という扱いでの徴用なのか――
「これは、何も書いてないので、たぶんギルドの動員です」
横からユイナが口を切る。
「当たり前ですけど、こういうときは、ギルドとしても臨時体制を組まないといけませんから、冒険者はもちろんですけど、後方支援ができる生産者もかり出されるんです。
アイカさんは、兵站関係は間違いなく王国最強ですから、真っ先に動員がかかると思います」
「ギルドも、兵站とかは、得意じゃないんですか?」
「それは……そもそも、軍のように大人数を展開させるような組織でもありませんし、遠征は、冒険者さんが各自で準備して行くものですから」
全くもってその通り、というよりない。
「瑞希ちゃんの差し入れ、って何かな? 武器とかかな?」
和葉が問いかけてきた。
「どうかしら? 私たちが武器を揃えたのは、瑞希も見ていたはずよね」
晴美が首をかしげる。
確かに、ここにいる面々は、全員が必要な武器を揃えている。
「でも、瑞希さん、この間、購買の鍛冶場を見てたから、何かの道具を作ったのかもしれないよ」
出発直前に、瑞希が鍛冶場の作業を見ていたのを思い出して、由真はそう指摘する。
「とにかく、こっちは……明日の都合どころか、1分先の都合もわからない惨状だけど、そうも言ってられないよね」
主にアスマ軍のせいで、突如対応を迫られる事案が続いている。
「いかがいたしましょう? 急な案件があればふさがるかもしれない、と前提をつけて返信いたしましょうか?」
ラルニア用務主任が問いかけてきた。
「そうですね……それじゃ……」
そう言って、由真はいったん部屋に入り、紙とペンを取る。
ジーニア支部 メリキナ様
お疲れ様です。
こちらは、非常時対応のため予定は入れていませんが、状況次第で対応のためふさがる可能性があります。
瑞希さんを数時間待たせてしまう可能性もありますが、それで差し支えなければ、こちらはいつでも大丈夫です。
愛香さんが動員されたとのことで、大変だろうとこちらも全員心配しています。
他の皆にもよろしくお伝えください。
大陸暦120年晩夏の月6日
ユマ・フィン・コーシア
「これでいいかな?」
書き上げた原稿を、他の全員に見せる。
「いいと思うわ」
晴美が言い、他の全員も同意した。
「それでは、こちらで返信をお願いします」
「承りました」
由真から原稿を受け取ったラルニア用務主任は、一礼して立ち去った。
今回は、次回以降に向けた前置きです。




