212. ナギナの戦力
主要戦力となる北シナニア冒険者ギルドのA級5人のご紹介となります。
タツノ副知事は、懐から手帳を取り出して、「北シナニア冒険者ギルドのA級冒険者5人」の説明を始めた。
「まず、ラルド・バルノ・フィン・オムニコ、大陸暦83年生まれの37歳、水系統、雷系統、そして風系統を得手としております。
ホノリア紛争で、敵の拠点となっていたシアギア南駅を雷撃で破壊、コグニアの決戦では敵2個師団に暴風雨術式で大打撃を与える武勲を上げて、その功績により104年にA級に昇級しました」
その「武勲」は、もはや「冒険者」を通り越して「兵器」の領域に達している。
「次に、グニコ・バルノ・フィン・フォルド、大陸暦88年生まれの32歳、火系統と風系統を得手としております。
若い頃は、文字通りの火力が盛んで、104年のヨトヴィラ租界焼却作戦にも貢献しました。その後、精密さにも磨きをかけ、大陸暦111年初春の月ナギナ魔物大量襲撃事件で敵軍を巧みに火攻めした功績により、A級に昇級しています」
「フォルドさん、って、アトリアの副知事と関係があるんでしょうか?」
その名字が気になって、由真は問いかける。
「グニコ・フィン・フォルドは、フォルド副知事の甥に当たる人物です。フォルド副知事とは別に、本人の冒険者としての勲功により、115年に男爵に叙されています」
内務省の高級官僚と冒険者。生き方はまるで違うものの、いずれもアスマに大きく貢献したということだろう。
「それから、フルゴ・リデロ・フィン・フラスト、大陸暦92年生まれの28歳、風系統と雷系統を得手とします。
大陸暦114年盛春の月ナミティア川エステラ橋梁襲撃事件で敵軍を退けた功績により、A級に昇級しています」
「ナミティア川エステラ橋梁?」
「シンカニア・ナミティア線の最後の難関となった、ナミティア川を渡す橋梁です。その建設現場が、36体の水鬼の攻撃を受けたのですが、フルゴ・フィン・フラストは、雷撃の絨毯爆撃でこれを退けました」
「残り2人は、『民間化』の直前にA級に昇級しています。1人は、リスタ・リデラ・フィン・ルティア、大陸暦97年生まれの23歳、火系統と風系統を得手としています。
グニコ・フィン・フォルドの妹弟子で、若い頃の彼を彷彿とさせる火力を持ちます。大陸暦116年ナギナ対魔戦争でグニコ・フィン・フォルドとともに活躍してA級に昇級しました」
23歳の若き女性魔法導師。ウィンタより2歳年下にして、4年前にA級に昇っている。
「そして残る1人は、コスモ・アムリト、大陸暦100年生まれの20歳、地系統と水系統を得手としております」
リスタ・リデラ・フィン・ルティアよりさらに若い20歳で、これまでの4人とは異なり、「地系統魔法」を得意とするという。
「彼はシナニア魔法学院の学生でしたが、大陸暦116年ナギナ対魔戦争で、クルティア川のダムに仕掛けられた攻撃を退け、アスニア川水攻め作戦も成功させた功績により、16歳にしてA級とされました」
功績の内容も異質だった。
「16歳でA級、ですか」
「ええ。閣下や猊下、アイザワ子爵はともかく、通常で見た場合は明らかに別格です。コスモについては、北シナニアに残る意思にかかわらず、A級に昇らせるのが相当と、そう判断いたしました」
由真はともかく、「デュアルSクラスギフト」を持つ晴美や、「Sクラスデュアルギフト」を持つユイナとは、比べるのは酷な話だろう。
「それだけの面々がいても、イドニの砦は、攻略できなかったんですか」
「この顔ぶれだと、大量攻撃には対処できるんですけど、敵の拠点を攻略するとなると、決め手を欠くんです」
由真が漏らした言葉に、ユイナが応える。
「セプタカのダンジョンを攻略したときも、ユマさんを別にすると、主力は戦士職2人に魔法導師2人、私たちレイド隊は、神官1人のほかは、ハルミさんを含めると4人が騎士・戦士でしたよね。つまり、戦士職がいないと、強大な個体を倒すのは難しいんです。あのときは……ユマさんがいたから片付きましたけど」
そう言われてみると、セプタカの決戦の時も、由真は半ば「戦士」として振る舞っていた。
「逆に、戦士職は、大量攻撃に対処するには手が足りませんから、拠点護衛はあまり受けません。本局がレイドを編成したときは、そちらに加わる、と……そういう前提があったんですけど……」
その「前提」は、「民間化」によって見事に瓦解している。
「そうなると、抜本対策……砦の攻略は、戦士職を出して『レイド』を編成しないと、ということですよね」
「まあ、そう……なんですけど……」
そこでユイナは目を伏せる。
「実は、イドニの砦はすでに15年以上敵の手に陥ちたままで……『タイタン』と呼ばれる巨人族が、下手をすると100体ほども生息している恐れがあると、そのような情報もあります」
タツノ副知事が、そう言って深い溜息をつく。
「オーガ1体とゴブリン10体という群れは、閣下もご存じかと思いますが、タイタンが1体いると、その配下にオーガの部隊が10、したがってゴブリンは100体群れる、と言われています」
「それはつまり……イドニの砦には、万単位のゴブリンがいる可能性がある、と……」
由真の問いに、副知事は、はい、と頷く。
「それは……サイクロプスより恐ろしいんでしょうか……」
「個体にもよりますけど……単眼のサイクロプスに対して、タイタンは三眼、眉間にも目があります。その眉間の目から系統魔法を放つことができる個体が多いので、一般的には、魔法を使えないサイクロプスより手強いでしょうね」
今度はユイナが応える。
「116年対魔戦争の際には、序盤のフリア町攻防戦でタイタン7体、クルティア川ダム破壊工作でタイタン5体、終盤のアスニア川攻防戦ではタイタン12体が繰り出されました」
タツノ副知事が具体的な数を口にする。
「それ……どうやって……」
「旧町攻防戦は、グニコさんとリスタさんが火攻めでしのいだそうです。クルティア川の堰堤は、コスモさんがタイタンたちを地滑りで落として、放流口からの大量放水で仕留めたという話です。
最終決戦は、西町に進撃してきた敵軍をラルドさんとフルゴさんが雷撃で先制攻撃して、川にさしかかった敵をグニコさんとリスタさんが火攻め、それでも強引に渡ろうとした軍勢が、コスモさんが仕掛けたアスニア川のせき止め崩しの鉄砲水で圧殺、という流れですね」
ユイナが妙に詳しい。
しかも、なぜか「堰堤」などという言葉が出てきた――といっても、そちらはおそらく「ダム」に相当するノーディア語を翻訳スキルが通したものだろう。
ともかく、総力戦でしのいだということだ。その功績があれば、リスタとコスモが若くしてA級とされたのも道理だろう。
「それからは、巨人族は出てきていないそうです」
「それ故に、敵は勢力を増やして決戦に備えているのではないか、と……そういう懸念もございます」
ユイナの言葉をタツノ副知事が補う。
「それが……陛下が憂慮されている理由、ということですよね」
「はい。北シナニアには、数え上げの術式の魔法道具である『計数器』も配置して、可能な限りの備えはさせておりますが……なにぶん、『民間化』で連絡が不調となった上に、知事はアスマ軍前総司令官のため、協力は……」
結局、そこに戻ってしまうとなると、問題はいつまで経っても解決しない。
この世界の「剣」と「魔法」は、こういう役割分担になります。
大軍相手の都市防衛は魔法使いの独壇場ですが、ダンジョンや砦でラスボスを倒すには戦士が必要になります。




