20. 魔法講座
「剣と魔法」のうち「魔法」に入ります。
昼休みが終わると、午後の講義が始まる。
魔法選択組については、ユイナが講師となって基礎理論を教わることになった。
「まず初めに、皆さんは、翻訳スキルを与えられているので、今、私が標準ノーディア語でしている説明が、全て皆さんの言葉として認識されます。けど、これからお話しするのは、この世界特有の概念に関することです。これについては、翻訳が通りませんので、私たちが呼んでいるとおりの名前が聞こえることになります」
説明は日本語にならない。そう言われて、生徒たちは一様に緊張の色を示す。
「まず、この世界の森羅万象は、『ア』という霊的なものの現れです。『ア』は、万物の形をなし、これを運動させ、生成され変化し消散します」
ユイナの言う「ア」。それだけは訳語が認識されなかった。
「この『ア』の働き、その動きは、『ラ』という力を源とします。『ラ』は『ア』が働くと、そこからは消えるものの、別の『ア』の『ラ』に転変します。全体として、『ラ』はその総量を保ちます」
エネルギー保存則か、と由真は思う。
「『ラ』を源とする『ア』の動き。これを引き起こすのは、意思の力です。この意思の力には、善き意思である『マ』と悪しき意思である『ダ』があります。この世界のあらゆる自然現象は、神々による『マ』と魔の者による『ダ』によって引き起こされます」
善悪二元論による解釈。その是非はさておき、それが事実である以上、由真はそうメモを取る。
「ちなみに、意思の力には、善き意思『マ』と悪しき意思『ダ』の他に、そのいずれでもないもの、『ヴァ』というものもある……と、聖典には記されています。ただし、この『ヴァ』は、今まで存在が確認されたことはありません」
善悪二元論の枠の外にある「ヴァ」。その説明が、由真の心に引っかかる。ふと見ると、ユイナの目が、はっきりと由真に向いていた。
「話を戻します。我々、そして皆さんが『人』として使うことができるのは、善き意思『マ』の力です。この『マ』によって『ア』の動きを引き出すもの、それが、この世界でいう『魔法』です。
『マ』の力は、自然現象によって、火・風・雷・地・水・氷の6系統に分類されます。これらの系統の『マ』の力による術式を、系統魔法と言います。
なお、光系統魔法は、『ラ』を集めて『ア』の力を強めるもの、闇系統魔法は、『ラ』を散らして『ア』の力を弱めるものです。人体の『ア』を強めると、その回復力が大幅に強化されて、治癒の効果をもたらします。逆に、『ア』を弱めると、回復力が低下して体力が弱まる、そういう『呪い』の効果をもたらします」
その説明は、由真には自然に理解できた。万物に偏在する存在「ア」とそのエネルギー源「ラ」。これらを制御する「マ」ないし「ダ」。このうち「マ」には「系統」がある。
それを確認して、由真は周囲に意識を向けてみる。その部屋にあるもの、いる人々の「ア」と「ラ」の存在が感じられたような気がする。
そして、自らに――その魂魄に向けられた「意思」の存在に気づいた。
(……なんだこれ、気持ち悪いな……)
対象を弱め、おとしめようとする。そんな「意思」。魂魄に不快感が顕れてきて、由真はその「意思」の消散を望む。次の瞬間、それは由真の魂魄から消え去った。
それから、傍らの晴美に意識を向ける。
晴美にも、やはり魂魄を侵す「意思」が感じられた。力を弱め、それを奪い取ろうとする「意思」。自らの「主人」が相手ということもあり、由真は晴美に向けられた「意思」もかき消した。
「まず、皆さんの周囲の『ア』と『ラ』を意識してみましょう。皆さんは、魔法のスキルレベル1以上を持っているので、『ア』と『ラ』を認識することはできるはずです」
ユイナの声で、由真は我に返る。クラスメイトたちは、「周囲の『ア』と『ラ』」を感じようとして、うなったり目を閉じたりしている。由真は、それを漫然と眺めていた。
後半は、魔法の実践となった。こちらは、系統ごとに専門の魔法導師がついて指導に当たることになった。
晴美は、氷系統魔法の力量はすでに証明済みということとされ、光系統魔法の指導が行われた。治癒、戦闘中の自軍強化などの術式を教えられると、晴美はすぐさまそれを実践してみせる。
それに次ぐのが、風系統魔法と雷系統魔法がいずれもレベル6という嵯峨恵令奈だった。彼女も、基本術式らしきものはすぐに習得してみせた。
他方、「賢者」度会聖奈は、神官たちが入れ替わり立ち替わり指導していたものの、術の発動には四苦八苦している様子だった。
「賢者様は、全ての系統を使われますので、上達も簡単ではございません。お焦りにならずに……」
神官たちは、そういって聖奈を励ましていた。由真に対する邪険な態度とは大違いの様子に、ついため息が漏れる。聖奈は、ちらちらと由真の方に目を向けていたものの、それには応えなかった。
その傍らで、島倉美亜たちが小さな杖を手に悪戦苦闘していた。レベル1やレベル2程度のスキルで魔法を使うのは、それこそ「簡単ではない」ということだろう。
島倉美亜たちの指導に当たっていたのは、ユイナだった。ユイナは、光系統魔法の基本技である「杖の先からの発光」という術式について、生徒たちに根気よく教えていた。
「あ、見てくださいシマクラさん! 今、ちょっと光ったでしょう? これが【発光】の術です!」
「え?! 今のが?! マジですか?! えっと、えいっ! えいっ!」
「そうそう! わかりますか? 杖の先、光ってますよね? この要領です!」
そうこうするうちに、島倉美亜は杖の先を発光させる魔法を安定して発動できるようになった。ユイナは、他の生徒たちにも、同様にして声をかけて、やはり同様にして光系統魔法の初歩の術式の発動を成功させていく。
(『賢者様』付きの連中より、よっぽど優秀だな)
その様子を見ながら、由真はそんなことを思っていた。
魔法は裏取りの類をしなくて済むのは助かります。
とはいえ、説明が七面倒くさい記述になってしまうのがなんとも…