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205. アスマ公爵とアスマ軍 (6) 1日を終えて

前日とは違う意味で濃い1日が終わりました。

 アトリア市からの上申が届けられてからは、知事室は穏やかな時間が流れる。


 待機要員の晴美、衛、和葉、ウィンタを知事室に縛り付けていても仕方ないため、知事公邸のラルニア用務主任に要請して、4人を公邸の宿泊室に案内してもらった。


 午後6時半になって、通信室の係員が入室してきた。


「陸運総監府から通知が参りました。鉄道は、魔物警戒情報対応以外は平常通り運行せよ、と通知されたとのことです」

 そう言って、係員は1枚の紙を差し出した。



晩夏の月4日18:22受信


州内における鉄道及び列車運行について


コーシア伯爵閣下

州庁民政尚書閣下

アトリア市知事代理閣下

北シナニア県知事閣下

アスマ軍総司令官閣下


 本日の魔物に関する警戒情報及びアスマ軍総司令部布告に関連し、州内の鉄道事業者及び列車運行事業者に対し、別添のとおり、北シナニア県内路線の対応を除くほか平常通りの運営を行うべき旨を通知しましたので、お知らせいたします。


大陸暦120年晩夏の月4日

アスマ州庁陸運総監



 クーデター云々の騒ぎのきっかけとなった鉄道の対応。それに関して、監督官庁の「お達し」が下された。


「この宛先、並び順はこれでいいんですか?」

 宛先の筆頭に「コーシア伯爵閣下」と書かれているのを見て、由真はついそう問いかけてしまう。


「はい。これで正確です。閣下はS1級相当のS級冒険者であり、かつ唯一伯爵の爵位をお持ちですから筆頭、次が州庁現職閣僚たるS2級の民政尚書、その次が州庁閣僚経験者としてS2級待遇のフォルド副知事、それからS2級たる大将軍の先任順で、エストロ大将軍、イタピラ大将軍、となります」

 タツノ副知事が蕩々と「正解」を解説してくれた。


「これで、敵……アスマ軍は、どう動きますかね」

「王国軍は、夜は基本的に動きません。光系統の魔法導師とか魔法道具とかの備えが、総人数に比べて圧倒的に足りないんです」

 ユイナが応える。

「『本国』との時差が5時間ありますから、おそらく今軍務省に報告して指示を仰いで、動くとしたら明日の朝でしょうね」

「通信室は24時間体制で、何かあれば連絡が来ますから、閣下も神祇官猊下も、今夜は知事公邸にお入りいただいてよろしいかと」


 そう言われて、由真もユイナも知事公邸に入ることにした。

 渡り廊下の先に進み、居住棟まで入り、ユイナは1階に降り、由真は2階の寝室に入る。

 書類を置いて、1階の小会議室でそろって夕食となる。この日は、豚肉の生姜焼きがメインだった。


「ひどい1日だったわね」

 食器が並べられたところで、晴美が口を切った。


「昨日は、左岸を見回ってたんだっけ?」

「そう。由真ちゃんたちは大変だった、っていうのは聞いたけど……こういうのは想像してなかったわね」

「ほんとだよね。ギャップが激しすぎるっていうかさ」

 由真の問いに、晴美と和葉がそんな言葉を返す。


 確かに、魔物の残敵掃討とはいえ、高原の湖畔で過ごしていた1日と比べると、今日――とりわけ午後の騒ぎは「ギャップ」が激しすぎるだろう。


「ノーディアの軍人って、みんなああなのかしら?」

「『コーシニアにたむろする冒険者どもが』とか、めっちゃむかついたよ」


 ――さすがに、あのフレーズは和葉のかんに障ったらしい。


「みんなああいう感じよ? 弱い相手にはいくらでも強く出るし、逆らう相手には洗脳術式だから」

 ウィンタが険しい表情で言う。彼女も、魔法師団の再編を巡って王国軍に恨みがある。


「王国軍の最高幹部のお歴々は、皆さん貴族ですから、臣民に対しても基本見下してますね」

 ユイナまでもがそんなことを言い出す。


「そういえば、あの総司令官、子爵って言ってたわね?」

「ええ。あの方は、イタピラ伯爵家の次男か三男です。あの家は、分家させる爵位の持ち合わせがないので男爵で、本人がアスマ軍総司令官になって子爵に昇爵した、という来歴のはずです。

 ちなみに、北シナニアのエストロ知事、前の総司令官は、代々軍人の男爵家出身で、やはりあの方の代で子爵になってますね」

「それ……平田君とか私が『子爵』って、やり過ぎだったんじゃないかしら?」


 王国軍の「三長官」と呼ばれる職位に就いて初めて「男爵」から「子爵」になる。

 それを聞いて、晴美が眉をひそめて問いかける。


「マリシア元帥とボルティア元帥は、召喚直後に元帥で、子爵に叙されてますから、勇者様はともかく、ハルミさんは、別にやり過ぎでもないですよ。今回の件が『実績』に計上されれば、S級昇級は確定ですから」

「うちのマストも、本人がああいう性格だから断ってるけど、普通なら男爵くらいにはなってるのよ」


 ユイナの言葉をウィンタが補う。確かにゲントは、エルヴィノ王子から「恩賞」として「男爵位」を提示されたとき、即座に辞退していた。


「けど、そうなると、もしかして、平田君がアスマ軍総司令官になる可能性とかも、あるんでしょうか?」

 ふと気になって、由真はそう問いかけてしまう。


「それはないと思います。アスマ軍総司令官は、男爵クラスの出世競争の目標ですから」

「その割には、ずいぶんとずさんな人がなってるけどね」

 ユイナの答えをウィンタが混ぜっ返す。


「まあ、平田君にはお似合いかもしれないわね」

「で、肝心なときは、また由真ちゃんにおんぶにだっこ? ほんとひどすぎだよね」

 晴美の皮肉に和葉がとげを見せた。


「それにしても、あの大将軍のあれを聞いたら、エルヴィノ殿下があれだけ丁重なのは驚きね」

「そうだよね。それに、タツノ副知事も、あたしたちにも敬語だもんね」

 晴美と和葉の話題は、エルヴィノ王子とタツノ副知事に移る。


「前もお話ししましたけど、こちらの内務省や民政省の方は、ギルドをうまく経営できないと出世できませんから、上り詰めた方は皆さん丁重ですよ」

「エルヴィノ殿下も、ああいう人たちを見て育たれたなら、丁重になりますよね」

 ユイナに言われて、由真もふと思ったことを口にする。

「そうですね。殿下は、学校もアスマで修了されていて、カンシアの貴族のあの風潮には触れられてませんから」

 それはきわめて大きな要素のように思われる。


「それなら、カンシアの貴族連中がのさばって、殿下を排除する……なんて展開は、絶対避けないといけませんよね」

「そう……ですね。本当に、そう思います」

 ユイナと言葉を交わしつつ、由真は改めてそのことを自らに誓った。

なお、勇者様ご一行がアスマ軍最高幹部としてやってくる――という展開は想定しておりません。

すでにアスマは「ユマ様」のホームグラウンド状態なので、全く勝負にならないでしょうから。

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