202. アスマ公爵とアスマ軍 (3) 鉄道の対応から
「鉄道」のタグをつけているお話ですので、そちらの対応もあります。
午後1時40分になって、知事室の扉がノックされた。
「失礼いたします。鉄道3社から、当面の対応についての発表がありました」
そう言って、通信室の係員が1枚の紙をタツノ副知事に差し出した。
見ると、「魔物に関する警戒情報を受けた鉄道の対応について」という表題が記されている。
ベニリア鉄道、アスマ旅客列車運行、アスマ貨物列車運行の3社の共同発表だった。
ベニリア鉄道は、コモディアから先の保線が困難であるため列車運行の自粛を要請したという。
旅客列車は引き続きコモディアで折り返し運転となる。
貨物列車については、保線が困難な上に旅客列車が動かなければ護衛が難しくなるものの、最低限の物資は輸送する必要があるため、特急貨物列車は運休し、一般の貨物列車もいったんコーシニア東駅で運転を取りやめて、護衛の冒険者の当てをつけたら1日1往復だけ運転を再開するという。
「貨物は、難しい判断をしたみたいですね」
「実際のところ、シナニア東線は基本的にベニリア川に沿っていますから、河竜が出るとなると、よほど腕の立つ冒険者を雇わなければ、安全は保障できません。旅客列車が動いていれば、地元で多少の融通は利かせられたところですが」
確かに、「冒険者」という「旅客」が各地で足止めされていては、途中で襲撃されても対処できない。
「それは、私たちが、対応するような話になるんでしょうか」
そこで問いかけてきたのは晴美だった。
「いえ、それはありません。A級冒険者は、アトリア全体で16人、それもシンカニオでベニリアとトビリアには即時展開させられる前提での所属です。本局で動かすとしても、敵を仕留める切り札です。それまでは遊撃戦力として備えていただくことになります」
「……A級が、16人……」
副知事の言葉に、ウィンタが息をのむ。
カンシアでは、A級冒険者はゲントを含めて3人しかいない。
それがここでは、北シナニア県に5人いるだけでなく、アトリアには16人も在籍している。
「実績待ちの皆さんや、経営の研修で来られたボレリアさんを動員するようなこともありませんので、ご心配なく」
ウィンタの声が聞こえたためか、タツノ副知事はそう補った。
「えっと、セレニア先生、護衛って、冒険者の定番のお仕事なんじゃ……」
和葉が、近くにいたユイナに小声で問いかける。
「あの、それは、『冒険者』全般で見れば、確かに定番の業務ですけど、A級は、長官のお話のとおり、ダンジョン攻略とか、河竜つぶしとかに動員する決戦戦力ですから、そういう仕事は、しませんし、させられません」
ユイナが答える。確かに、人口2800万人の巨大都市に16人しかいない戦力を、列車1本の護衛のために使うなど非合理の極みだろう。
ちょうどそのとき、内線の呼び出し音が鳴る。
「はい、知事室です」
昼前と同様に、マリナビア内政部長が受信機を取る。
「え? わかりました。そういうことなら、受信と中継の準備をお願いします」
そう言うと、マリナビア部長は軽く首をかしげつつ通信を終えた。
「内務省から雷信があって、2時半から全県同報通信を開始するから、受信するように、とのことだったそうです」
その言葉に、タツノ副知事の目が険しくなる。
「全県同報通信? 地方局が? それは……アスマ軍の要求でしょう」
副知事は即座に言い切る。
「ちなみに、アスマの全ての県庁と県級市庁は、内務省地方局との音声通信とムービのやりとりが可能な通信機構で結ばれています。県庁相互の連絡も、この機構を使っています。
『全県同報通信』は、これを使って州内全県に対して一斉に音声通信を行うものなのですが、よほどの非常時にしか使いません。私の承知している限り、最後に使われたのは、大陸暦111年にアルヴィノ7世が崩御されたときです」
それから9年間使われていなかったもの。確かに、使われるのは「よほどの非常時」だろう。今現在の局面を「非常時」と声高に主張しているのは――
「全県同報通信があるとなると、受信するとともに、県内全市郡に中継しなければなりませんので、それは指示しました」
マリナビア内政部長が言う。確かに、彼女は「受信と中継の準備をお願いします」と言っていた。
「その、基本的なことで恐縮ですけど、通信と雷信は、どう違うのでしょうか?」
晴美がそこに問いかける。
「この世界では、『通信』は光系統魔法の魔法道具である『通信水晶』を接続して行われるものです。ただ、通信水晶は数にも質にも限りがありますので、それを補うため、この世界で電力の代わりに使っている雷系統魔法の力を銅線で伝達して、それで信号をやりとりするのが『雷信』、地球で言う『電信』に相当するものです。
こちらの『雷信』は、文字のやりとりしかできません。この文は、召喚者の目には漢字仮名交じりに見えていますが、実際には、『アルファベタ』と数字の文字列です」
召喚者でもあるタツノ副知事は、その「基礎知識」を丁寧に説明してくれた。
時計が午後2時半を指したところで、知事室に「2回2連」の鐘の音が響く。
「お知らせします。これより、内務省から全県同報通信が行われます。皆様、聴取願います。繰り返します。これより、内務省から全県同報通信が行われます。皆様、聴取願います」
いよいよ始まる。その通知が聞こえて、由真は魔法解析をかける。
(トポロジーはスター配線、ハブは構内向けと外部向け……外向けは1系統しか使ってない。今つなげたのが全県通信……これもスター配線か)
『こちら、内務省地方局です。ただいまより、緊急の通知があります』
通信機構を介して送られた声が聞こえる。
(ハブを別のハブにつなげた……って?!)
『アスマ軍総司令官、大将軍イタピラ子爵セクトである。これより、州内臣民諸君に重大な通知を行う』
「くっ! 『この術式を除去せん!』」
相手の声が響くと同時に、由真はとっさに組み立てた呪文を唱えた。
「ユマさん!」
ユイナの声が響く。彼女は、錫杖を握りしめていた。
「大丈夫です。敵の術式は、つぶしました」
『現在、アスマ州は重大なる危機に直面している』
由真がユイナに応えると同時に、放送から声が響く。
「え? いったい、何を?」
「この放送には、強力な洗脳術式が施されていました」
「ユマさんがすぐに解呪したので、もう大丈夫ですけど、放置しておけば、全県通信を通じて、州内全体に影響していました」
珍しく動揺の気配を見せたタツノ副知事に由真が応じると、ユイナがそう補った。
水晶玉を介して送られる声に乗せられる洗脳術式。
セプタカの砦で、アルヴィノ王子のそれを受けたことがあった由真は――たまたま解析していた通信機構全体を介して――起点となっているアスマ軍総司令官のところで術式を解呪した。
(王国軍は……全く油断も隙もないな)
そう思いつつ、由真は続く言葉を待つ。
隙あらば洗脳術式を繰り出すアスマ軍ですが、その手のものはことごとくたたきつぶすのがこの主人公です。
ただ、人口3億相手のかなり強力な術のため、今回は呪文を詠唱しています。
文言は「Has artes deleam.」というラテン語です。
ついでに、この世界の「通信」と「雷信」の違いについて、設定を出しました。
「雷信」は「電信」の誤字ではなく、本文のとおりの意味のものです。
漢字仮名交じり文は、あくまで翻訳スキルを通った結果です。
それと、「トポロジーはスター配線」は、ネットワーク構成が「スター配線」(中心から各端末につながっているもの)だという意味になります。




