19. 授業の続き
地歴の次は、体育です。
午前の後半は、武芸の実技だった。
由真以外の39人には、ジャージとおぼしき体操着と胴部を覆う革鎧が支給された。
由真は、「晴美のお世話係」として同行しているだけという位置づけで、お仕着せのワンピースのままだった。
ユイナも参加していたものの、彼女も常の神官服のままだった。
指導を担当する男性神官たちは、やはりジャージに革鎧という装いである。
ここでは、特別なスキルを持っている者以外は、全員が剣術を学ぶこととされた。木製の模擬剣を与えられ、神官に言われるまま、見よう見まねで剣を振る。
(これは……ひどいな)
それを見ながら由真は思う。
2年F組の面々が剣になれていないのは仕方がない。21世紀の日本人は、剣道家でもない限り、刀剣類と関わる機会などない。
問題は、教える側の神官たちだった。
彼らは、一応木剣を振ることはできている。しかしそれは、由真の目には、ただ漫然と振り下ろし、横なぎにして、振り上げているだけ――としか見えなかった。
(『剣と魔法』って……『剣』の方はろくな技術もないとか?)
わざわざ革鎧を身につけて木剣を振るっている以上、彼らは剣術の教官がつとまる程度の技量は備えているはずだった。それなのに、技術指導といえるほどのものはまるで見られない。
(いや……さすがにそれはないか。ここは『神殿』だし、軍とかそういうところには、さすがに達人もいるよな)
剣が武器として使用される以上、さすがにその技術体系は存在し、それを極めた者とているだろう。
上位陣を観察してみると、仙道衛と桂木和葉の動きが様になっていた。仙道は、柔道だけでなく剣道にも心得があるらしい。桂木和葉はラケットを振るバドミントンの感覚が応用できているのかもしれない。
他方で、晴美は「槍術 LV 8」ということで、集団とは離れて槍の練習にいそしんでいた。彼女に「槍術」を教えられるような人物は、当然おらず、彼女は一人で黙々と槍を振るっている。その動きは、さすがに一分の隙もなかった。
そんな武芸の時間が終わると、昼休みとなる。
昼食は、わざわざ別室に入ることなく、会議室で取る。
Sクラスは当人付きの従者が運び込み、Aクラスは個人専属ではない従者が配膳する。Bクラス以下は、由真と同様の服を着たメイドとおぼしき人々が運んできた大鍋と大皿から各自が必要な分を取っていく。
Sクラスは、パン、スープ、生野菜のサラダ、小さめのステーキ、それにチーズ。飲み物はワイン。
Aクラスも、パン、スープ、生野菜のサラダに、肉は薄切りにされた牛肉らしきもの。チーズとワインもついている。
Bクラスは、パンとスープにソーセージ。飲み物はエール。Cクラスは、ソーセージの割り当てがない。由真も、Cクラスと同じくパンとスープのみで、パンはやはり黒く硬い。
「メニューにこれだけ差をつけるなら、いっそ別室にしてくれればいいのに」
晴美は眉をひそめる。
「むしろ、これが狙いなんだと思う。上に行ければ『うまいもの』が食べられる。下に落ちると満足な食事ももらえない。それを見せつけて、競争心をあおってるんだよ」
「うわ 晴美は、すごい豪勢だね」
二人の頭上から声がかかる。そこには、トレイを持った二人の女子が立っていた。1年生のとき晴美と同じD組にいた、島倉美亜と七戸愛香だった。
「美亜に愛香……そうだ、よかったら、一緒に食べない? 少し分けたいし」
「え? いいの?」
晴美の誘いに答えたのは島倉美亜だった。
「だって、正直、こんなにはいらないし……それ見てると、私の食も進まないし……」
「ま、晴美がいいならいいけど」
そういって、島倉美亜と七戸愛香は、由真と同様の丸いすに腰掛けた。
「って、渡良瀬君……由真ちゃん? そのスープ……お肉入ってる?」
島倉美亜は、由真の方を向いて言う。見ると、島倉美亜と七戸愛香のスープには、幾ばくかの豚肉らしきものが浮かんでいた。
「いや、入ってないけど……まあ、僕は、午前も運動はしてないし」
「う~ん、なんか、その身体だから、仕方ないのか。……って、今更だけど、災難だったね、由真ちゃん」
屈託のない表情で言われて、由真は苦笑を返す。
「あたしも、Cクラスの中でも弱っちいほうだから、これ終わったら追い出されるのかな、ってのはあるんだけどさ。由真ちゃんの場合、なんか神官みんなが邪魔者扱いしてるじゃん。由真ちゃんが悪い訳じゃないのにさ」
「島倉さんは、スキルとかどうだったの?」
最高位の晴美には口にしがたいであろう問いを、由真が相手に向ける。
「いやあ、戦う系は全然。ギフトが『家守り人』、スキルも『家政経営術レベル7』『衣服製作術レベル6』以外は全然だし。なんか、アスマってとこで拾ってもらえる方に期待だよ」
島倉美亜は、苦笑交じりで答えた。
「って、レベル7とかって、相当なんじゃない?」
「魔法だったらね。そっちは、水系統魔法レベル2に光系統魔法レベル1しかないから」
「あれ? それじゃ、美亜も午後は魔法?」
晴美に問われて、島倉美亜は、一応ね、と答える。魔法適性を有する者は、午後は魔法の勉強になる。晴美は当然こちらになり、由真は「晴美の『従者』」としてそれに陪席する。
「嵯峨さんみたく、風系統魔法と雷系統魔法! とかだったらかっこいいんだけどさ、これどう見ても地味だし、戦力外だよね」
「……レベル7とかレベル6とかのスキルが評価されればともかくね、この神殿だと、ね……」
戦闘力しか評価しない。「弱者」を切り捨てると脅迫して競争をあおり立てる。そんな体質を再認識させられて、彼女たちはそろってため息をついた。
ついでに、異世界給食です。
『ゴブリンスレイヤー』で「甘露!」と言われたチーズは、古代からあったそうで、ホメロスの『オデュッセイア』(紀元前8世紀頃にギリシャで成立した叙事詩)にも「フェタチーズ」(羊や山羊の乳で作るもの)が登場します。
中世には荘園や修道院でもチーズが盛んに作られていたそうです。たとえばイタリアの「パルミジャーノ・レッジャーノ」という硬質チーズは、14世紀頃には現代のものに近い形ができていたとか。
ソーセージも、やはり『オデュッセイア』にレーションとして記述されています。「腸詰め」というように、ブタの腸などが中世でもケーシングに使われていたそうです。
「生野菜のサラダ」がAクラスまでには供される―というのは、上級国民()はその程度の冷蔵技術の恩恵にあずかることができるという設定です。
―それにしても、やはり異世界メシは難しいです―