198. 河竜の生態について
「対策会議」を再開して、議題は目下最大の難敵になります。
魔物に関する注意情報の速報を発出し終えて、「対策会議」を再開する。
「それで、後は、河竜、サゴデロ兄弟、それに水鬼ですよね」
本題というべき課題を由真は口にする。
「河竜としてこれまで確認されたのは、ナミティア川水系のナミト、それにその眷属のみでした。ナミトの眷属は、いずれもナミティア川水系に属する支流や沼沢に出現しており、それ以外の水域には進出しておりませんでした」
応えたのはタツノ副知事だった。
「そうなると、生態などは……」
「ナミトの行動に関しては、記録も多くございますが、ベニリア川に出現したとなりますと……」
副知事は、険しい表情で溜息をつく。
「そもそものところですけど、ナミト、というのは、特定の個体のことなのか、それともナミティア川水系に現れる河竜全般のことなのか、というのは……」
「そこは、神殿の方で大地母神様にお伺いをしていて、齢3000歳を超える個体が、現在に至るまで出現を続けている、と、そう神託を賜っています」
今度はユイナが答える。
「これは、今すぐに大地母神様にお伺いを立てたら、対策を教えてもらえる、という安直な話は、ないんですよね?」
「少なくとも、私には未だお尋ねが許されていないと思います」
――ユイナに「お尋ねが許されていない」のなら、この大陸の誰一人として神意を伺うことはできないだろう。
「とりあえず、ナミトの眷属が出てきたものだと仮定すると、想定される被害は、水害とかですか?」
「ええ。河川の増水、氾濫ですね。ナミティア川に作られた堤防も、しばしば破壊されています。あと、水鬼の餌にされるせいで、川魚などの漁獲も落ち込みますね」
日本人が想定する「竜のもたらす災厄」だった。となると――
「まさかとは思いますけど、鎮めるために、人身御供を出せ、とかいうことは……」
「それが……一番の対策だ、と……ナミティアでは、昔から信じられています」
まさかと思って尋ねたら、あっさり肯定されてしまった。
「えっと、ユイナさん、『人身御供』って、翻訳は……」
「人を生きたまま贄として捧げること、ですよね? こちらで言う『人身御供』、今の言葉を翻訳スキルが通したものです」
その通りの言葉が聞こえてきた以上、間違いない。
「ちなみに、捧げられるのは若い生娘でなければならず、身分が卑しいことも好まれない、というので、人身御供にされる『生娘』は、……当然住人から選ばれますけど……直前に、騎士爵を与えられます」
ユイナの声が平板になり、由真の胸の奥が冷たく重たいもので押しつぶされる。
「生け贄」として捧げられる若い女性は、当然のように住人から選ばれ、そして――これから殺される者にはもはや何の価値もない――爵位だけを与えられる。
それを「地域の総意」として行っているのだとしたら、カンシアの貴族たちよりよほど悪質だ。
「それ……今もあるんですか?」
思わず尋ねる由真は、自分の声が低くなっていることは自覚していた。
「いえ……ノーディア王朝は、第一次、第二次のいずれも、『人身御供』を厳しく禁じています。ミグニア王朝の頃は、ずいぶんと行われていたそうですけど」
「シナニアは、一貫してノーディア王国の版図の下にありましたので、そのような迷信で民衆が動くことはないはずです」
タツノ副知事が言う。由真もユイナも、それだけ厳しい表情になっていたのだろう。
「少なくとも、ベニリア川流域の二大都市、オプシアとコモディアは、多少の水害では動揺しません。このコーシニアも、こちらの旧市街、あちらの新市街、それにサイトピア、いずれも水害には可能な限り配慮したつもりでおります」
「そう……でしょうね。それは、僕も少し調べてなんとなくわかりました」
由真はそう答える。
自分でもある程度調べたつもりではあったものの、この都市を設計した本人であろう副知事の苦心を思うと、「なんとなく」と言わざるを得なかった。
「河竜が、どの程度の水を吐いてくるかにもよるでしょうけど……」
「ナミトの場合、低地は水浸しになりますけど、しばらく……1週間もすればほとんど引きます。メカニア川の雨季の増水の方がよほど激しいそうですね」
今度はユイナが応えた。
「それなら、普通の計画高水位の範囲で考えていれば大丈夫かな……」
「少なくとも、熱帯の雨季のような状態は、考慮せずともよいかと思います」
由真の独り言にタツノ副知事が反応した。
「メカニアのような状態は考えなくていいなら、コーシア川は大丈夫でしょうね」
今度は全員に聞こえるように言って――次の瞬間、由真はふと気づいた。
「けど、あの河竜、ファニア川……特にアクティア湖に出たりとかは、大丈夫ですかね」
考え得る最悪のシナリオが「それ」だった。
支流であるファニア川の流下能力はコーシア川本流ほどではない。
まして、観光客が大勢いるアクティア湖に河竜が出現したら、それだけでもパニックになる。
「コーシニアの中央神殿から、コーシア川とファニア川に水系領域保護結界が展開されてますから、それを強化しておきましょう」
「それ、ユイナさんが張ったんですか?」
応えたユイナに、由真はついそう問いかけてしまう。
「いえ、それ自体は、もう何百年も張ってあるものです。……一応、3年前にこちらに来たときに、私も補強のお手伝いをしましたけど」
由真としては、前段よりも後段の方が遙かに重要だった。ユイナ本人が関与しているなら、多少のことは問題にならないだろう。
「そうしたら……」
「県庁からコーシア司教府に、祈祷の依頼をいたします」
由真が目を向けると、タツノ副知事がすぐにそう応えた。
水害をもたらし、人身御供を取る。「悪さをなす竜」の典型です。