196. 対策会議
一夜明けて、まずは打ち合わせです。
朝食は、同じ1階にある応接間でユイナと衛と3人で取る。
供されたのは、米飯にわかめと豆腐の味噌汁、そして鮎の塩焼きだった。
その純和風の食事を取ると、早速県庁に向かう。
まず2階に上がり、渡り廊下を抜けて昨日通った正面玄関の建物に入る。
廊下を直進して、さらに渡り廊下を抜けると県庁本館に続く。入ってすぐの右手の部屋が、他ならぬ知事室だった。
8時半になり、タツノ副知事、マリナビア内政部長、ウルテクノ警察部長も入室し、ユイナと衛も加わって「対策会議」となる。
「昨日のコモディアにおける襲撃事件は、閣下と猊下が直接対応されたところではありますが、お手元のとおり、コモディア支部から内々に情報を得ております」
マリナビア内政部長が言う。由真たちの手元には封筒が2つあり、うち1つにコモディア支部からの情報が入っていた。
「これにつき、北シナニアギルドからは、8時半に至るまで何ら連絡はございません。8時20分に本省冒険者局に確認しましたところ、やはり報告は受けていないとのことでした。
他方で、神殿側は、コモディア教区より総主教府へ復命がなされており、これが昨夜の時点で上申され、深夜にムービも配信されました」
「そのムービなら、さっきアクティア湖に連絡したら、全員見たと言ってました」
話題になったので、由真は報告を兼ねてそう口にする。
「閣下の仰せのとおり、支部の出張所にもすでにムービが配信されている状況ですので、事情はコーシア県内では周知の事実となっております。おそらく、アトリア市内も同様かと」
「それでも、北シナニア県庁は、音沙汰なし、ということですか」
由真の言葉に、マリナビア内政部長は、はい、と答える。
「コモディアで襲撃してきました敵は、河竜に魔族オスト・サゴデロ、その眷属たる水鬼ですが、これらは、閣下が撃退され、また猊下の防御結界も展開されておりますので、当県における脅威は当面緩和されたと考えます。
他方で、アクティア湖の生息事案は、静謐な観光地に、オーガが合計31体、ゴブリンが合計354体という大群が潜んでいた、ということで、重大事案として対応すべきと思われます」
ウルテクノ警察部長が言う。手元の封筒のうちもう1つは、アクティア湖の巣穴討伐に関する報告が入っている。
「各支部には、警戒を強化させるとともに、巣穴の危険がある箇所は探索させるべきかと」
「そうさせてください。今回のアクティア湖の事案は、ダンジョンを陥落させるほどの戦力が集中されていたため一夜にして片付いたという、むしろ極端に異常な事例です」
タツノ副知事は厳しい表情で言う。これに関しては、「一夜にして片付けた」側の由真が言うより説得力があるだろう。
「はい。なお、この事案、オーガ30体超の生息事案ですので、命名の基準を満たしておりますが……」
「それは、前例に倣ってください」
「それでは、本件は『大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件』と命名することといたします」
ウルテクノ警察部長の言葉にタツノ副知事が頷く。
あの事件は、「命名」される「重大事案」として扱われることになった。ということは――
「そうしたら、取り急ぎ、各支部に警戒と探索を始めさせてください。『会議』は、連絡が一段落ついてからでも続けられます」
できるだけ迅速に開始させるべき行動。それを優先すべきと思い、由真はそう口にする。
「かしこまりました」
副知事と警察部長は頷き、いったんそれぞれの執務室に戻った。
「オーガが30体を超えると、名前をつけるんですか」
その隙で、由真はその「ごく基本の知識」を尋ねる。
「そうですね。巣穴を作った魔物が普通の攻撃に繰り出すのは、群れのおよそ3分の1程度なんです。オーガは、10体を超える規模で襲われると対処不能、というお話は昨日もしましたけど、30体を超える生息事案は、10体を超える襲撃の危険に直結している、ということで、警戒と教訓のために、命名することになってますね」
ユイナが答える。
実際、ファラゴ鉱山跡の巣穴から繰り出されたのが「オーガ10体を超える襲撃」だったことを思い出せば、その説明には説得力があった。
「そうすると、コモディアのあれも、名前がつくんですか?」
「それは、本来なら、当然命名されます。襲撃が30体規模なので、以前なら本局事案でしたから」
「ただ、北シナニアギルドは、イドニの砦以外の事案は、ろくに記録も取っていない、とも聞きますが」
由真の問いにユイナが答えると、マリナビア内政部長がそんな言葉を重ねてきた。
「え? そうなんですか? けど、オーガ10体とか、全くないという訳でもないのでは……」
「そこは、多少の事案ではA級5人をナギナから動かす訳にはいかないので、現地支部だけでなんとか対応している、という事情があるのは確かです。あと、県庁が事件発生の事実を表沙汰にすることを嫌う、と……これは、あくまで噂ですが」
ユイナに問われて、マリナビア部長は眉をひそめて答える。
「それは……あ、ちなみに、命名するのは、支援を出したり事後処理をしたり、というのを本部が取り仕切るので、言及するのに名前がいるから、というのが理由で……基準は、タツノ長官が決めたんです」
ユイナは、由真と衛に向かって補足説明する。
「ですので、本部にとって重大事でなければ、名前をつける必要もない、ということになります。昨日の件も、結果だけなら、たまたま襲ってきた魔族1体をセンドウさんが返り討ちにしたのを除けば、後は棍棒で蛇を追い払って、蛙およそ30匹を踏みつぶしたようなもの……とも言えますし」
相手が由真本人だからか、ユイナはずいぶんと極端なことを言う。
「実際、エストロ大将軍辺りは、素でそう考えそうですからね」
それはさすがに――とは言えないのが怖い。
ちょうどそのとき。
不意に、鐘が2回鳴る。少しの間を置いて、もう一度、鐘が2回鳴った。
「お知らせします。魔物に関する注意情報が発表されました。繰り返します。魔物に関する注意情報が発表されました」
知事室に声が響く。
「こちらは、構内放送です。緊急時などに流されます」
マリナビア部長が言う。
「コーシア冒険者ギルドは、大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件に関連して、県内全域に、魔物に関する注意情報を発表しました。魔物の大規模生息に注意してください。県内の各支部には、魔物の大規模生息に対する警戒の強化と、生息危険箇所の速やかな探索が指示されています」
「これ、ギルドが発表してるんですか?」
「はい。ただ、コーシア冒険者ギルド本部は、この庁舎にあり、ギルド理事長は、タツノ副知事が兼任されています」
由真の問いにマリナビア内政部長はそう答える。
「アトリアギルドも、民政担当の副知事が理事長を兼ねてますけど、他も、今でもそうなんでしょうか?」
今度はユイナが尋ねる。彼女も、2年間カンシアで研修を受けていた「浦島太郎」状態だった。
「民政部長に任されているところも少なくありません。北シナニアはそうです。ここは、タツノ長官を差し置いて、とも参りませんので、私は辞退しております」
民政部長を兼任しているマリナビア部長は、冒険者局の「大御所」といえるタツノ副知事に対する遠慮があるのだろう。
扉がノックされて、タツノ副知事とウルテクノ警察部長が入室してきた。
「閣下、まず、こちらのとおり命名の通知を発しました」
そう言って、副知事は由真の手元に1枚の紙を差し出した。
魔物に関する情報
大陸暦120年晩夏の月4日
コーシア冒険者ギルド発表
晩夏の月3日ファニア支部報告の魔物襲撃事件(別添1)及び同月4日ファニア支部報告の魔物生息事件(別添2)を一括して「大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件」と命名する。
それは、単純な通知だった。
「それから、こちらが、先ほど放送もありましたとおり、注意情報の速報となります」
続けて、2枚目の紙が示される。
魔物に関する注意情報(速報)
大陸暦120年晩夏の月4日
コーシア冒険者ギルド発表
大陸暦120年アクティア湖魔物生息事件関連。
県内全域。
魔物大規模生息に注意。
各支部は魔物大規模生息に対する警戒を強化。
魔物生息危険箇所を速やかに探索。
(そうか、これで言及するから、命名の方を先に出してるのか)
そちらの「速報」を見て、由真は1枚目の通知の趣旨がわかった。
「注意情報の詳報は、警察部において整理しております。午前中には発出いたします」
ウルテクノ警察部長が言う。
「そうですね。これで各支部が即応してくれているなら、あとは、趣旨が正しく伝わるようにお願いします」
まずは迅速な対応。それができたら、次は正確な理解の浸透。いずれを欠いても対応は成功しない。
そんな思いとともに、由真は2人に応えた。
「注意情報」を流すシーンが入るので、少し長くなりました。
「会議」なので、元々文字数が増えてしまうのですが。