191. 再び祈祷
入った邪魔は排除されましたので、改めて祈祷です。
「ウグオオ!」
「ガアア!」
背後からうめき声が聞こえる。
それで由真は、「水の束縛」で捕らえていた水鬼27体のことを思い出した。
「ユマさん!」
そして、ユイナの声も響く。
「ユイナさん、この水鬼って、生かしておくと情報がとれたりしますか?」
そのユイナに由真は問いかける。
「いえ! オーガと違って、人の言葉は話しません!」
返ってきたのはそんな答えだった。
「なら、用済みですね」
由真は、手にした棍棒を横方向に一振りする。次の瞬間、水鬼たちは、バシャバシャと水音を立てて川面に倒れていった。
「へえ、身体は物理的に残るんだ。解剖する程度の価値はあるかな」
即死魔法で生命を失った水鬼は、形を失い水に還る。そう思っていたら、形ある死骸が残っていた。
「ユマさん……あの、水鬼が30体近く、って、普通なら災害ですよ」
そんな由真に、ユイナがあきれた様子で言う。
「そうなんですか?」
「そもそも……水鬼を水系統魔法で縛り付けるなんて、聞いたことがありません」
そう言って、ユイナは溜息をつく。
「それは、水なら売るだけありましたから……」
とっさに「水の束縛」を繰り出した唯一の理由がそれだった。
「すげえ……」
「竜をあっさり追い返した……」
「さすがユマ様……」
「サゴデロの弟をあっさり斬るとか、センドウさんも怖いな……」
周囲の人々のどよめきも耳に入ってきた。
「それよりユイナさん、結界の祈祷は……」
話題をそらそうと、由真はその件を口にする。
「……そうですね。河竜と水鬼が出たとなると、普通に水系領域保護結界を展開しても、『ラ』も出ませんし、簡単に破られますから……」
錫杖を握ったまま、しばし思案したユイナは、ふう、と息をつく。
「ここの神殿から力を伸ばして、河流の『ダ』を遮る結界を多重展開しましょう。河竜と水鬼、それにサゴデロの兄弟なら、それで対策になります。街全体は……神殿の都市保護結界を強めて対応した方が良いでしょうね」
そう言うと、ユイナは再び神像に向かった。
由真たちは、その後ろに立って彼女を見守る。
ユイナは、神像の前で改めて深く一礼すると、右手で錫杖を構えたまま、左手で脚のついた方の鐘を1回鳴らした。
「我、ユイナ・アギナ・フィン・セレニア、ここにてこれより祈祷の式を行う。前後左右、聖柱設定、結界展開、領域浄化」
冒頭の結界展開。先ほどは水鬼が出現したそのタイミングで由真は身構える。しかし今度は、周囲に変化はなかった。
「灯火と水土種を奉り天地の神に伏して祈らん」
そう唱えると、ユイナは左手に取った鈴を鳴らした。
「神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え」
続けてそう唱えて、ユイナは鈴を鳴らす。
「神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え。神の家に坐してこの地を衛る神、この権舎に助けを給え」
同じ文言が2度繰り返されて、そのたびに鈴が鳴らされる。
そして、ユイナは鈴を棚に置く。
「地と人を潤す河を衛るため流れる水に界を結ばん」
ユイナは鐘を1回つき、それから鈴を左手に取る。
「この権舎の川上に七重の界を組み連ね、流れゆく『ダ』と運ぶ『ラ』を塵も漏らさず遮らん」
そう唱えつつ、ユイナは鈴を鳴らし続けると、いったん鈴をおいて鐘をついた。
「この界に見守りの術も八重連ね、障りを常に測り正さん」
続く言葉とともに、同様にして鈴を鳴らして、終わると鐘をつく。
それから、ユイナはいったん深く礼をする。
「天と地と万のものの大いなる母なる我らが女神様、願わくは、我がこの願い聞こし召し、尊き功徳を天と地の万のものに齎して、衆生と我らを見守り給え」
その言葉を終え、鐘を3回鳴らしてから、ユイナは深々と頭を下げた。
「魔族と魔物の『ダ』を遮る結界を、上流に向かって7層展開しました。『ラ』はコモディア神殿から引いてますから、そちらの祈祷が肝心になりますけど、ここが中継の中枢になりますから、皆さんも、この祠は、使っている間は毎日きちんと祀ってください」
振り向いたユイナの言葉は――あたかも女神自身が口にしているかのごとき神々しさを帯びて聞こえる。
由真と衛も頭を下げ、後ろの人々に至っては、一様に平伏していた。
「それと、『見守りの術』も組み込んであります。こことコモディア神殿からなら、最上流の結界までの状況を8区画に分けて監視し、軽微な障害なら自己修復できるようになっています」
アクティア湖の結界と同じ術も組み込んだらしい。
「後は、普通のオーガとかゴブリンとかの対策もありますから、コモディア神殿にも寄らせていただけますか?」
「は、かしこまりました、神祇官猊下」
ユイナの問いかけに、神官長はそう答えて平伏した。
これがユイナさんの本業になります。