189. 現地到着
現地にたどり着いた一行は、祈祷のために現場に向かいます。
由真たちの乗った「臨時白馬511号」は、途中のユリヴィアとカリシニアで運転停車した後、14時27分に「終点」のコモディア駅に到着した。
ホームには、丈の長いコート型の神官服をまとった男性と、腰丈程度の詰め襟姿の男性が待っていた。
「ご無沙汰しております、神祇官猊下」
神官服の男性がユイナに頭を下げる。
「お疲れ様です、ズムリオ神官長」
ユイナも、そう応えて腰を折った。
「初めまして、コーシア伯爵閣下。私、コモディア教区神官長、コルソ・ズムリオと申します」
由真の方に向き直った相手――ズムリオ神官長は、そう名乗って一礼する。
「北シナニアギルド、コモディア支部長のバリスト・リソルトです。このたびは、大変ご迷惑をおかけしました」
隣のリソルト支部長は、そう言うなり土下座しそうな勢いで頭を下げる。
今回の件を巡る連絡が滞ったことを申し訳なく思っている――ということが、ありありとわかる。
「あの、支部長……とにかく、まずは現場に急ぎましょう」
実際時間もないので、由真はそう言って相手の身を起こさせるしかなかった。
由真たち3人は、神官長と支部長に先導されて、改札口の有人窓口を抜ける。
駅前に、バソが1台停車していた。慌ただしく乗り込み、由真たちが後方の席に着くと、早速バソは動き出した。
ディゼロが強くうなり、アトリア市内とは比較にならない速度で街中を進む。
市街地を抜けると、すぐに橋に入った。その橋は、アーチを描いて上を覆うトラスが目立つ。
右手――下流側に目を向けると、長い橋が見えた。
両岸から伸びたその橋は、河床の近くまでは完成していて、後は川を挟んで立つ2本の橋脚に橋桁をかけるのみという段階だった。
右岸の市街地から左岸の田園地帯に渡ると、右に曲がって下流側に向かう。
前方には長い高架橋が一直線に伸びていた。その高架橋が、そのまま河川敷まで続いている。最終的には、川を渡って右岸側に至るのだろう。
高架橋が間近に見えるようになったところで、バソは段丘崖を降りる砂利道――工事用道路だろう――に入る。
河川敷に下り、川縁にそびえ立つ橋脚の近くで停車して、一行はバソから降りた。
現場には、作業員たちが集まっていた。彼らは、期待と不安がない交ぜになったようなまなざしで由真たちを見つめている。
橋脚は、「そびえ立つ」と言うべき高さがあった。
その最上部で、上流側のコンクリートの大きく崩れ、鉄筋があらわになっている。
下流側に目を向けると、黒ずんだコンクリートの塊が落下していた。
周囲には足場と思われる鋼板や単管パイプらしきものが散らばっている。
すぐ近くに、由真の目には典型的なプレハブ造りに見える建屋があった。屋内には女神像が置かれている。
「こちらは、この工区の安全祈願のための仮設の祠です。来年の雪解けまではこれを使い、完成後は、両岸のたもとの祠を使います」
神官長が説明する。
「そうすると……一冬越すまでのものとして、ここから水系領域保護結界を展開すればよろしいでしょうか?」
「そのように、お願いできれば」
ユイナの問いに、神官長はそう答えて頭を下げる。
その仮設の祠には、ろうそく2本、水、小麦の種と砂といった供物に、鐘と鈴も用意されていた。
ユイナは、軽く一礼すると祠の中に進む。周囲は、由真を含めて、祠の外から彼女の後ろ姿を見守る。
そのユイナは、女神像の前で深く一礼すると、右手で錫杖を構え、左手で鐘を1回鳴らした。
「我、ユイナ・アギナ・フィン・セレニア、ここにてこれより祈祷の式を行う。前後左右、聖柱設定、結界展開、領域浄化」
昨日と同じように、その言葉とともに周囲の「ラ」がにわかに力を増した――次の瞬間。
川のせせらぎが大きな水音に破られた。
水流の中から、全く突然に、白いものがわいて出た。それは――「鬼」だということは、すぐにわかった。
「これは……水鬼?!」
そんな叫び声と同時に、前方の水鬼たちが、水系統の「ダ」を強く動かす気配を見せる。
「【水の束縛】!」
由真は、棍棒を取りとっさに詠唱する。
水鬼ども――合計27体の周囲から水がせり上がり、その体に巻き付いた。それで、物理の動きも魔法の作用も封じ込められる。
直後、ひときわ大きな水音がとどろき、前方――上流側の水が大きく盛り上がった。
水鬼を縛り付けたら今度は――次回に続きます。




