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188. 「水鬼」

混乱する駅を発ち、一行は現地に向かいます。

 ホームの時計が12時40分を指して、モディコ200系が到着した。

 由真たちの乗る1号車は、扉が開くと係員が平伏して待っていた。

 他方、2号車から後ろは、乗客が続々と下車していく。


「コーシニア中央、コーシニア中央です! ええ、この列車、『白馬11号』は、北シナニア県庁の『非常事態宣言』のため、これより先、コモディア行の『白馬511号』となります! ナギナ中央には参りません! ここでお降りください!」


 もはや金切り声に近い。

 ともかく、由真たちは車内に入り、先日と同じ要領で手前側の個室に落ち着く。


「現在、コーシニア中央に停車中です。この列車、これより先、コモディア行の『臨時白馬511号』となります。次の停車駅はコモディアとなります。北シナニア県内は、『非常事態宣言』が出ております。特別なご用のないお客様は、ここでお降りください」


 車内でも、そんなアナウンスが繰り返されている。



 結局、列車は3分遅れて、12時45分にコーシニア中央駅から発車した。


「この列車は、『臨時白馬511号』、コモディア行です。次は、終点のコモディアとなります。現在、コーシニア中央駅を3分遅れで発車しております。このままの遅れで参りますと、終点コモディアには、現地時間14時30分の到着となります。

 現在、車内の時計はアトリア時間となっておりますので、これをシナニア時間に変更します。ご注意ください」


 いったん発車すると、車掌のアナウンスは落ち着いていた。

 そして、壁に掛けられた時計の長針がぐるりと回り、11時50分前を指す。


「それにしても、こんなダイヤ変更に対応できるなんて、TA旅客はたいしたものですよね」

 由真は、思わずそう言葉を漏らしてしまう。


「そう……ですね。私も、こんなのは初めてですけど……」

 ユイナがそう応えた。


「こんな勢いで運休になったりはしないんですか?」

「シナニア線だと、聞いたことがないですね。大雪でも、雪解け水でベニリア川が増水しても、問題なく動いてますよ」

「相当、頑丈に作ってあるんですかね?」

「そうでしょうね。この線は、トネリアからの物資輸送の要なので、寸断されると、アトリアに魔法油も石炭も鉄も届かなくなってしまいますから」


 物流の大動脈でもあるということだ。


「しかし、この列車、よく定刻で来たな」

 衛が指摘する。


「そういえば、そうですね。足止めされなかったんですね」

「たぶん、他の『コーシア号』の間に入ってるからでしょうね。コーシニアまでは止めない以上、他と一緒にこれも含めて定刻で走らせるのが筋ですし。打ち切りか続行かは着いてから決める、ってとこでしょう」

 ユイナの言葉に、由真はそんな推測を口にする。


「そういうことなんでしょうね。現場に行くこれが動いていて、『ミノーディア11号』はナギナで足止め、というのも、変な話ですけどね」


 ユイナの言うとおりの皮肉な喜劇だった。


「ただ……正直なところ、こんなところまで踏み込まれるとは、思っていませんでした」

 そう言葉を続けたユイナの表情が曇る。


「敵の主力は、まずナギナを突破して、そこからベニリア川沿いに侵攻してくる、と……私たちは、そう予想していたんです。それが、まさかコーシアのすぐ近くまで来るなんて……」

「けどユイナさん、そもそも、魔族連中は、あのダナディアが本拠地ですし、山なんて当たり前に突破してくるんじゃないんですか?」

 アスマとミノーディアの地理を調べた際に思ったことを、由真は問いかける。


「ああ、それは……彼らは、高いところは平気ですけど、シナニアからコーシアの山を突破するのは苦手なんです。この辺りの山は、ものすごく急ですから、ゴブリンには上れませんし、オーガにしてもサイクロプスにしても、すぐ谷底に転落です」


 ――「高山」には慣れていても、「登山技術」がないということか。


「彼らは、山を越えては来ないので、コスティ山脈とカロリ山脈が、双方の壁になっている、という訳です」


 言われてみれば確かにそうだ。

 由真たちの側から見れば7000メートルを超える山塊も、標高5000メートルから6000メートルを居住圏とする彼らにとっては比高2000メートル程度の「若干高い山」に過ぎない。


「ナミティア川の方には、『ナミト』という河竜がいて、その眷属の水鬼が、川の中流から下流にまで襲ってくるので、対策が大変なんです」

 溜息とともにユイナは言う。


「水鬼?」

「川の水流に拠って姿を現す鬼です。河竜が川の精霊たち(アヴァレ)に産ませた子孫とされていますね」

「姿を現す、って……川沿いに出没する、ってことですか?」

「いえ、文字通りに『姿が現れる』というものです。普通に水が流れている川に、突如姿を現して、忽然と姿を消します。姿が現れていないときは、単なる川の流れで、害はなしませんけどこちらから攻撃を加えることもできません。けど、姿を現したときは、水系統魔法も使いますから、オーガよりもやっかいな相手ですね」


 まさに「神出鬼没」ということだ。

 少なくとも、小鬼(ゴブリン)など到底及ばず、突如出現するだけでも「大鬼(オーガ)よりもやっかい」だろう。


「それ……コーシア川とかベニリア川とかは、大丈夫なんですか?」

「ベニリア川は、ノーディアの版図に入ってもう400年経ってますけど、その類の話は、これまではありませんでした」

 ユイナは「過去形」で答えた。


「なかった、訳ですね……今までは」

「そう……ですね」


 由真の言葉に、ユイナはそう応える。

 難敵「水鬼」の出現は「なかった」。それは、過去形であって、現在形ではない。

 今回破壊活動が行われたのは「川」。そうなると、敵として想定されるのは――


 窓外に目を向けた由真は、溜息をおさえることができなかった。

川に姿を現す「神出鬼没」の鬼。ということで――

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