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186. TA旅客の社長

隣の知事との会話が終わっても、まだ現地には移動できません。

 エストロ知事との通信を終えて、タツノ副知事は深い溜息をついた。


「その、お疲れ様でした、副知事」

 由真は、そう声をかけることしかできない。


「いえ。カンシアから来ている軍人は、たいていあんなものです。閣下のお手を煩わせるまでのことではありません」

 そう応える副知事の表情は、さすがに疲労感がにじみ出ている。


「それにしても、あちらは、なぜこんなにことを急いだのでしょうね」

「時刻からして……『ミノーディア11号』を停めるためかと思われます」


 思いも寄らない列車名だった。時計を見ると、11時半を回っている。


「そういえば、『ミノーディア11号』って、今日でしたっけ」

「今日ですね。第1日のお昼にナギナ中央を出て、夕方にコーシニア中央を通って、アトリア西まで行きます」

 由真の言葉に応えたのはユイナだった。


「そういえば、ずいぶん前に乗ったような気がします」

「……先週ですけどね」


 ――由真たちが「ミノーディア11号」でアスマに入ってから、未だ1週間しか経過していない。そうは思えないほど、いろいろとありすぎた。


「それで、こちらの対応ですが……この雷信は、そのまま流すと、混乱を招きかねません」


 タツノ副知事に言われて、由真は改めて雷信が記された紙を見下ろす。


「……いえ、これはこのまま流しましょう」

 由真は、あえてそう言う。


「ですが閣下、場所は不明、対象は全域、昼夜の行動を制限する、という内容では……」

「ですから、『これ』をこのまま、『ここ』から全部流せばいいんです」

 由真は、「ここ」と言って、冒頭の行の「晩夏の月3日11:18受信」という文字を指さす。


「大将軍閣下が、折り返し連絡しろ、参考まで宣言は送る、という、ぶしつけで軽い感覚で送りつけたものが『これ』。そこまで伝えれば、本文を深刻にとらえる人はいないでしょう。これ全体は、秘密でも何でもないわけですし」


 相手の「ぶしつけで軽い感覚」。その不用意な行動を、そのまま逆手に取ればいいということだ。


「そうしますと……私宛にかくのごとき雷信があったので参考まで送付する、という前書きで、同報配信すればよろしいでしょうか?」

「それでお願いします。至急とかのたぐいは一切つけずに、あくまで参考情報という扱いで」

 由真の答えに、タツノ副知事は、かしこまりました、と返して通信室への指示に入った。


「それにしても、情報が少なすぎますね」

 由真の口から、そんな言葉が漏れてしまう。


 カリシニアですら、直線距離で150キロほど。

 そんな距離まで索敵魔法を展開することは、由真にはできない。


「とりあえず、ウルテクノ部長、カリシニアの連絡室には、一連の状況を伝えた上で、引き続きの情報収集を命じてください。それと、列車の運行が再開されたら、ユリヴィアまでの鉄道と列車の警戒強化もお願いします」

 そう言うと、ウルテクノ警察部長は、はい、と答えて、やはり通信装置に向かう。


「後は、直近で想定されるとしたら、シナニアからの貨物輸送の停滞、それから避難民の流入ですかね。マリナビア部長、諸々の作業が出てくる可能性がありますので、生産者も含めて、動員できるよう備えをお願いします」

 その言葉に、マリナビア内政部長も、かしこまりました、と頷いた。

 それと同時に、女性職員が入室して、ユイナに紙を手渡したのが見える。


「ユマさん、総主教府から指示が来ました。列車運行再開次第、コモディアに入って結界構築を行うように、と」

 ユイナは、そう言って渡された紙を軽くかざした。


「そうなると、列車の運転再開ですね」

 由真が頷いたそのとき、内線の呼び出し音が鳴る。


「はい」

『副知事、TA旅客のリフティオ社長から通信が入っています』


 ――示し合わせたかのようなタイミングだった。


「つないでください。……はい、タツノです」

『タツノ長官、ご無沙汰しております。TA旅客のリフティオでございます』

 ヘッドホン越しに、丁重な言葉が聞こえる。


「こちらこそご無沙汰しております。それで、リフティオ社長が、わざわざこちらまで連絡されたというのは、例の『非常事態宣言』の件でしょうか?」

 社交辞令もそこそこに、タツノ副知事は本題に入る。


『はい。北シナニア県知事……エストロ大将軍から『コーシニア中央から先の列車を全て止めろ』と指示がありまして、相手も相手ですので、いったん運転を見合わせた上で、殿下に上申したのですが……訳もわからないまま列車を止め続ける訳にも参りませんので、長官なら何かご存じかと思いまして……』


 相手が前アスマ軍総司令官だったために、無理な要求をひとまずのんだらしい。


「いえ、それが、シナニア東線が運転見合わせと聞いて、初めて『非常事態宣言』という件を知らされた状態です。その後、エストロ知事とは連絡が取れ、コーシア県内の運転見合わせには抗議しています」

『なるほど。当社としましても、北シナニア県内はやむを得ないとして、最低限、カリシニアまでは運転を再開いたしたいところなのですが……』


 ――リフティオ社長としても、「運転見合わせは最小限度にしたい」というのが当然だろう。


「でしょうね。実は、その件に関連して、アスマ総主教府より、こちらに滞在中のセレニア神祇官猊下に指示がありまして、コモディアに入って祈祷を行うように、とのことです。ついては、コモディアまでの交通手段を確保していただけないか、と」

『それは……当社も、魔物が出たのは、コモディアの郊外だ、ということは、ベニリア鉄道から聞いております』


 件のシンカニア路線を建設しているのが「鉄道会社」である以上、情報が伝わるのは当然だった。


『神祇官猊下がコモディアに入られる、ということは、護衛をつける、ということでしょうか?』


 その言葉に、タツノ副知事と由真は顔を見合わせてしまう。由真は、無言で首を縦に振って見せる。


「実は、公爵殿下の御意を賜り、コーシア伯爵ユマ閣下が、『護衛』の名目で同行することになっています」


 ユイナの祈祷に伴って由真も現地入りするということ。

 護衛の有無について問われた以上当然の回答であり――運転再開の是非を判断する相手にとっては最重要の情報でもある。


『え? あ、ああ、そういえば、ユマ様は、コーシアの伯爵でしたね。それは、何より心強い』


 この社長からも「ユマ様」と呼ばれてしまった。


「ええ。閣下が出られるなら、竜の1体や2体が出た程度では問題にもなりません。王国軍の1個師団よりよほど安心です」


 ――どこまで本気かは定かではないが、副知事はそんなことを言う。


『それであれば、取り急ぎ、コモディアまでの運転は再開させます』

「そうですね……」


 そこで副知事は由真に目配せしてきた。「直接話すか?」という趣旨だろう。由真は再び頷いてみせる。


「……今、閣下もこちらにおられます。いったん替わります」


 その言葉を受けて、由真はマイクに向かう。


「社長、初めまして。ユマ・フィン・コーシアと申します」


 ――とりあえず、自らを名乗ることにした。


『あ、はい! わたくし、TA旅客社長、ベルニコ・リデロ・フィン・リフティオと申します!』

 相手の声のトーンが上がった。

 その言葉は――先ほどの「大将軍閣下」とは大違いの――丁重なものだった。


「今回は、列車の運転再開にご理解をいただき、深く感謝します。本件の速やかな解決と、今後の鉄道輸送の発展に向けて、ご協力、よろしくお願いします」

 相手の丁重な態度に釣られて、由真はそんな言葉を返していた。


『はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!』

 力強い声で、端的な言葉が返された。


 この人物とは――由真が慢心して粗雑な振る舞いに及ばない限り――信頼関係を構築できるだろう。

 由真は、そう直感していた。

この社長さんも丁寧な人です。

「鉄道」のタグを振っているお話なので、キーパーソンの一人でもあります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 由真ちゃんはもう決戦兵器的な扱いですな その内移動するだけで他の軍の配備状況にまで影響出しそうw
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