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183. 殿下の御意

仲の悪い隣の県とは連絡が取れていませんが――

 北シナニア県側からは何の音沙汰もないまま、時間だけが過ぎていく。

 他方で、ファニア支部からは「セレニア神祇官猊下はセンドウ男爵閣下とともにアクティア湖9時20分発の『ファニア2号』に乗車された」という雷信が入った。

 これでは、下手をすると北シナニア県からの連絡より先にユイナたちが到着してしまうかもしれない。


 さらに時間が流れて、10時半を回ってしまう。


「神祇官猊下のお迎えは、いかがなさいましょうか?」

 マリナビア内政部長が問いかけてきた。


 由真が行く――というのは、名目上の最高責任者としてあり得ない。

 同様に、実質上の最高責任者であるタツノ副知事も外せない。


「マリナビア部長、お願いできますか?」

 副知事がそう返すと、マリナビア内政部長は、かしこまりました、と答えて、いったん席を外した。


 時計はついに11時5分を指す。

 ユイナと衛が乗った特別快速「ファニア2号」がコーシニア中央駅に到着する時刻となった。

 ちょうどそのとき、知事室の通信設備が呼び出しのブザー音を鳴らす。


「これは内線です」

 そういってタツノ副知事が通信に応じる。


「タツノです」

『副知事! あの、殿下から、アトリアの公爵殿下から、直接通信が入っております!』

 ヘッドホン越しに、その声が由真の耳にも入る。


「至急つないでください!」

 副知事も緊張をあらわに応じた。


『ユマ殿、そちらにいるとお聞きして、急ぎ連絡しました』

 その声が聞こえた瞬間、由真は思わず立ち上がっていた。


「殿下、その、お聞きになったかもしれませんが……」

『ええ。今し方、エストロ知事からお聞きしました』

 相手――エルヴィノ王子は、穏やかに応えた。


「その……ご報告が遅くなり、申し訳ありません」

『いえ、それは、ユマ殿が言うことではありません』

 思わず謝罪すると、エルヴィノ王子はそんな言葉を返す。


『エストロ知事からは、アトリア時間5時過ぎにコモディア郊外のシンカニア建設現場が破壊されたこと、それを受けてこれから最大限の対策を講じること、以上が伝えられました。その『対策』の具体的な内容については説明がありませんでしたが』


 その穏やかな言葉の奥底に、かすかな苛立ちを感じるのは、由真の気のせいではないだろう。


『ナギナ市周辺については、北シナニアギルドが総力を挙げることでしょう。ただ、現場はコーシアとの県境にもほど近い場所です。さらなる被害が出ないよう、ユマ殿には、セレニア神祇官とも協力して、『最大限の対策』を講じていただきたい』

「もとより、そのつもりでおります。セレニア神祇官は、ちょうどコーシニア中央駅に到着した頃合いと思われます」

『すでに呼び出し済みでしたか。さすがはユマ殿です。それでは、こちらは総主教府に連絡し、カリシニア周辺の防御結界再構築を手配します』


 圧倒的に話が早い。「さすがはエルヴィノ殿下です」と言いたくなってしまう。


「かしこまりました。セレニア神祇官が現地入りするときは、個人護衛の名目で僕も同行します」

『そうですね。神祇官の護衛という名目なら、多少の荒事もかまわないでしょう』

「それでは、動くときにはご報告いたします」

 由真がそう言うと、相手は「よろしくお願いします」と応えて、それで通信は終わった。



「聞こえたかもしれませんが、閣下には公爵殿下より直々に台命(たいめい)を拝受されました! 北シナニアに至急通信をつないでください!」

 直後、副知事が通信室を呼び出して、鋭い声で指示を出す。


『副知事! 実は、先ほどから、北シナニアとの通信がつながりません!』

 帰ってきたその声は、焦りの色をあらわにしていた。


「つながらない?」

『はい! こちらからの呼び出しに、通信水晶が全く反応しません!』

 その答えに、副知事は、ぐっ、と息をのむ。


「仕方ありません。ともかく、早急に連絡できるよう、接続を試みてください!」

 その声に、はっ、と相手が応えて、いったん通信を終える。


「通信水晶が反応しないとのことです。話し中か、輻輳かはわかりませんが、水晶が反応しなければ、通信は接続できません」

 そう言うと、副知事は深い溜息をつく。


「通信……ですか……」


 新幹線級の高速鉄道がある世界なのに、通信は19世紀レベル。

 そのせいで、事態への対処がますます困難になってしまう。


 程なく、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきて、そして扉がノックされた。


「閣下! 神祇官猊下をお連れしました!」

 そう言って、マリナビア内政部長が扉を開ける。

 続いて、えんじ色の司祭服に身を包んだユイナと、詰め襟姿の衛が入ってきた。


「ユマさん!」


 その声が聞こえ、そして衛の姿も見えて、由真の胸の奥から安堵の息が漏れてくる。


「ユイナさん、わざわざ済みません……」

「ユマさん、非常事態って、どういうことですか?!」


 由真の言葉を遮って、ユイナが鋭く問いかけてきた。

 その意味が、由真は一瞬理解できなかった。

さすゆま&さすエルです。お互いに話が早くて安心です。


「台命」は、君主に次ぐ程度に偉い人(日本の征夷大将軍や中国の三公など)の命令のことです。

江戸幕府の将軍の命令は「台命」と呼ばれていましたので、それを念頭に「アスマ公爵殿下のご命令」に使っています。


ところで、駆けつけたユイナさんは、なにやら物騒なことを言っていますが…

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