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182. 打てる手立て

手をこまねいているだけでは仕方ないので、できることには手をつけます。

 隣県で発生した「魔物の襲撃」。

 重大事案でありながら、「県の壁」に阻まれて情報収集すらままならない。


 それでも、打てる手立ては打つべきだ。


 由真が登庁すると知らせてあったためか、知事室にはすでに通信設備が用意されていた。

 それを使い、まずはアクティア湖詰め所に連絡を取る。


『はい! ファニア支部アクティア湖出張所です!』

 ヘッドホン越しに、今朝見送られたばかりのティファナの声が聞こえる。

「ティファナさん、由真です。今、ユイナさんはいますか?」

『あ! ユマ様! ユイナちゃんですね?! お待ちください! ユイナちゃーん?! ユイナちゃーん?! あ、いた! 今、ユマ様から通信が入ってるのよ! 出られる?!』

 ――ティファナがユイナを呼び出す声が響いてくる。「受話器を手で覆う」という習慣はないのだろう。


『はい、ユマさんですか?』

 今度はユイナの声がする。


「ユイナさん。実は、やっかいごとが起きて、急ぎでコーシニアまで来てもらう、ってできますか?」

『やっかいごと、というのは……』

 抽象的な言葉を使ったら、ユイナはいぶかしげな声を返してきた。


「実は、例のシンカニア・ナギナ線が、今朝早くに襲撃されて壊されたらしいんです」

『えっ』

 直接的に言うと、今度は息をのんだ様子だった。


「たぶんやったのは魔物なので、結界とか、そういう話をお願いすると思います。それで……」

『わかりました。取り急ぎ……次の特別快速でそちらに入ります。ユマさんの棍棒と弓矢、持って行きましょうか?』

 いったん趣旨が伝わると、ユイナはさすがに話が早い。


「お願いできますか? そっちがあらかた片付いた、っていうところで済みませんけど……」

『いえ、そちらは殿下のご指示の件ですから』

 そんな言葉を交わして、由真はアクティア湖詰め所との通信を終えた。


 その直後、知事室の扉がノックされた。


「失礼いたします。コモディア支部から大至急極秘雷信が入りました」

 若い男性職員が、そう言って封筒を差し出した。

 マリナビア内政部長がそれを受け取ると、男性職員は一礼して退室した。



大至急 極秘(送信後記録廃棄)

晩夏の月3日8:27受信


コーシア県副知事ヨシト・フィン・タツノ閣下


 ナギナの本部への極秘報告を内々にて取り急ぎお伝えいたします。


 晩夏の月3日現地4時過ぎコモディア市郊外に轟音が響き、付近の者が駆けつけたところ、コモディア駅より東南東約35キロのシンカニア・ナギナ線ベニリア川橋梁建設現場が破壊されているところを発見し、コモディア支部に通報した。

 コモディア支部は調査班を結成し、現地6時に現場に入り、シンカニア・ナギナ線ベニリア川橋梁建設現場の橋脚及び橋桁架設作業用足場が破壊され、架設中の橋桁が河川敷に落下している状況を確認した。

 破壊された橋脚の強度は、最大級の地震及び洪水に耐えうるものであり、本件は強力な魔物によるものと推測せざるを得ない。

 ここに報告する。


北シナニア冒険者ギルド コモディア支部長 バリスト・リソルト



「最新の情報……ですね」

「そのようです」

 由真の言葉に副知事はそう応えた。


「そうしますと……場所はここでしょうか」

 そう言いつつ、警察部長は地図帳を開く。

 コモディア市の広域地図で、駅から東南東の方向に線を引くと、ベニリア川の流路と交わる箇所があった。


「ここも、河川敷は広く取られてるんですね」

 地図を見る限り、川の流路を示す線の両側にはある程度の余裕がある。


「川沿いには遊水池を確保して、集落は河岸段丘に整備する、というのは、ノーディアがベニリア川沿いで行ってきた開発手法です」


 その開発手法を適用して、コーシニアの再開発も進められたということだろう。


「魔物が川沿いで侵攻するとなると、やはりカリシニアからユリヴィア回廊の防備を固めたいところですが……」

 警察部長はそう言って溜息をつく。


「北シナニア県庁の方で、ある程度はやってくれないものなのでしょうか? あちらの冒険者ギルドは、A級が5人もいて、とても強い、と聞きましたけど……」

 由真がそう問いかけると、3人は一瞬顔を見合わせる。


「それが……北シナニア県にとっての最重要課題は、あくまでも、ミノーディアから侵攻する魔族と魔物の撃退です。県都ナギナが、その最前線となりますので、戦力はそちらに向けています。コモディアや、ましてカリシニアは、県全体としては辺境ですから、普段は顧みられてもいません」

 タツノ副知事が、苦渋をあらわに答える。


「今回の件でも、A級5人の誰かをコモディアに差し向けるとは、とても思われません」


 その予想は否定できない。戦力を現地に差し向けるなら、隣接するコーシア県庁にも何らかの連絡を入れるのが筋だ。それがないということは――


「そもそも、どうして、こんなところに県境があるのでしょうね」

 現地人から見れば常識以前であろうことながら、由真はそう口にせずにいられない。


「実は、カリシニアについては、第二次ノーディア王朝に入って観光地となったため、当県のムスカロ郡に編入しようという話が、たびたび持ち上がっています」


 タツノ副知事から返ってきたのは、そんな言葉だった。


「カリシニア町としても、県内で『辺境』扱いされていることから、ムスカロ郡への編入には前向きです。ただ、コモディオ郡としては、一部を切り取られるような編入には当然異論があり、郡全体をムスカロ郡に併合するのであれば賛成、という情勢でした」


 地域全体が「編入」を望んでいる。北シナニア県内の扱いはいかほどのものなのだろうか。


「大陸暦104年に、コモディア市が郡内の町村を編入したのですが、カリシニア町はこれに応じませんでした。現在、コモディオ郡を構成しているのはカリシニア町のみとなっています」


 こちらの世界も、日本と同じようなことをしているらしい。


「県をまたぐ編入統合は、関係する県の県会の同意が必要です。州をまたぐとなると、加えて州会の同意も必要となります。アルヴィノ7世の遺詔があるまでは、ベニリア州とシナニア辺境州の双方の同意がなければ、このような合併は不可能でした。

 現在は、州が廃止されておりますので、北シナニア県と当県の同意のみで可能ではありますが……」

「あちらが認めることはあり得ない、ということですか」

「カリシニアは、夏に賑わう重要な税源となりますので」


 だったら警備くらいしろ――と言いたいのは山々ながら、ということだろう。


(だから、極秘の報告をこっちにも内々で回す、ってことか)


 コモディア支部としても、心情は「コーシア県より」なのかもしれない。

この異世界も、市町村合併の問題を抱えています。栄えている場所が近いと、そちらに近づきたがるという傾向もあるという訳です。

(県をまたぐいわゆる「越境合併」は、日本と同じ制度という設定です)

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