表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

182/451

181. 県の壁

楽勝任務だけでは終わりません。

「今朝現地4時過ぎに、シンカニア・ナギナ線建設現場が、魔物らしきものに襲撃され、破壊された」


 タツノ副知事に告げられたその知らせに、由真は一瞬硬直してしまう。


「ともかく、知事室へ」

 タツノ副知事は、そういって由真を誘導する。

 受付に詰めていた職員は、そろって起立し深く一礼して、由真たちをあっさり通した。


 知事室は、2階の奥にあった。真下にはトラモの専用軌道が見える。

 室内には男性1人と女性1人が待っていた。


「内政部長兼民政部長のカリタ・マリナビアと申します」

「警察部長、ノルモ・フィン・ウルテクノでございます」

 2人はそう名乗った。


「よろしくお願いします」

 由真はそう応えて、副知事とともに応接卓のソファにかける。


「それで、状況は……」

「実は、今朝6時前に、コモディア支部のカリシニア出張所から私の方に、申し上げましたとおりの雷信文が入りました。それで県庁に入りまして通信を開いたのですが、カリシニア出張所も、4時過ぎに轟音が響いて、コモディア支部で見に行ったところ、現場が破壊されていた、という以上の情報は入っておりませんでした」

 由真の問いに、副知事が答える。


「北シナニアは、県庁もギルド本部も、通信を開いても『連絡に応じられる状態にない』の一点張りで、押し問答を続けている状況でございます」

 内政部長がそう補う。


「我々も、カリシニア連絡室に調査を命じてはおりますが、なにぶん管轄外の上に、事態が事態ですので、情報収集も難航しております」

 警察部長は、そういって渋面のまま頭を下げる。


「あちら側からは、いつ、どこで、何が起きたか、という情報も、入っていない訳ですか。現場はコーシア県との県境にも近いというのに……」

「閣下もご案内のとおり、北シナニア冒険者ギルドと当県のギルドとは、元々連絡関係も不調でございまして……カリシニア出張所は、当県に隣接している関係もあり、内々の情報交換は行われております。コモディア支部とも連絡はできるのですが、おそらくは現地も状況が混乱しているものかと……」

 由真の言葉に、内政部長はそう答えて溜息をつく。


「事件発生が現地4時……アトリア時間の5時で、まだ3時間ほどしか経っておりませんので、コモディア支部も、未だ情報を整理できていない、ということかと思われます」

 副知事も、溜息とともに言う。


「発災から3時間……」


 21世紀の日本人の感覚なら、公共放送の取材陣が現地に入って実況中継が行われているであろう時間だ。

 政府の初動対応が始まっていなければ論外という状態だろう。

 とはいえ、この世界は、陸上輸送手段は高度化されているのに対して、通信手段は前近代の水準にある。

 コモディア支部と本部との連絡以前に、現場と支部との連絡すら容易ではないのだろう。


「とりあえず、現段階だと、『魔物らしきもの』の襲撃だというのは、わかっているのですか」

「はい。こちらには、通常の人が利用できる爆破の手段はございません。シンカニアの施設は、直下型地震や洪水被害にも耐えられる程度の強度がありますので、それを破壊できるとなりますと、畢竟魔物のたぐいとなります」

 由真と同じ「召喚者」のタツノ副知事は、「こちらの世界」の事情を含めて説明してくれた。


「相手が魔物なら……アクティア湖みたいに討伐できれば手っ取り早いのでしょうけど……」

「場所は北シナニア県ですので、討伐は北シナニアギルドの案件となります。あちらから要請が出ない限り、閣下もアイザワ子爵も、正面から手を出すことはできません」


 そういうことになるのだろう。


「季節が冬なら、カリシニアは寒村状態になりますので、ユリヴィア回廊の防備を固めればよいのですが、いかんせん今は夏です。カリシニアに大勢の観光客が入っているところで、その後方の防備を固めると言うのは、我々だけでは難しい話になります」

 警察部長が渋面のまま言う。


 確かに、シンカニオ特急が乗り入れるほどの観光地を「見捨てる」ような防備を図るのは現実的ではない。


「ところで、今、アクティア湖には、ユイナさん……セレニア神祇官猊下が来ています。猊下に保護結界の補強なり再構築なりをお願いする、というのは……」

 由真は、ユイナの名を出してみる。王国の頂点に立つ神官の彼女なら、冒険者ギルドの枠にもとらわれない可能性が――


「それは、総主教府次第かと思われます。北シナニア県内で、となりますと、やはり北シナニア司教府を通すべき話となりますので、総主教府が上から指示しない限り、神祇官猊下も、あちらで大規模な術を施すというのは……」


 神殿の世界も、県単位の「司教府」のくびきがあるらしい。


「ここだけの話ですが、例の『民間化』前なら、州庁の冒険者局からの命令で、アトリアの冒険者を北シナニアに簡単に展開できたのですが……『民間化』で、県を超えるギルドの編成は禁じられましたので……」

 内政部長が、目を伏せて言う。


「あの『民間化』ですか……」

 そう言葉を漏らした由真は、舌打ちをどうにかこらえる。


 アルヴィノ王子が主導した「冒険者ギルド民間化」。

 その結果、今回のような「県をまたぐ事案」への対処が著しく困難になってしまった。


(つくづく、『百害あって一利なし』だよな)

 そう思わずにいられない。


(こうなると……手詰まりだな)


 県境の向こう側で発生した事案となると、こちら側の資源を投入したくとも、それすらできない。

 情報が入手できない。故に対策を検討することもできない。

 考え得る対策は、「県の壁」に阻まれて実行できない。


 由真は、表情を変えないようにするだけで精一杯だった。

前々から言及していた、コーシア県と北シナニア県庁の関係の悪さ。

災害となると、そういうものは悪い方向に作用しがちですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ