176. 残敵を追う
襲撃部隊は簡単に一蹴して――
アルパラの集落を襲おうとしたオーガ12体・ゴブリン131体の群れは、晴美・衛・和葉の手であっさり屠られた。
他方で――
「ユマさん、後ろ……」
「ええ、ゴブリンが逃げてますね」
ユイナの言葉に由真は頷く。
群れの後方にいたゴブリンが16体、前方の異変を察して一目散に逃げ出していた。
「困ったわね、あたしの索敵だと、5キロを超えると精度が落ちちゃうのよね」
「その距離になると、私も自信が……」
ウィンタとユイナがこぼす。
「そういうことなら……【可視化の印】」
由真は、そう詠唱して術を施した。
「ユマさん、今のは?」
「ゴブリンどもに、漏れる『ダ』を増補する術を仕掛けました。これで、距離が3倍くらいまで伸びても索敵は可能になると思います」
ユイナに問われて、由真は今仕掛けた「術」について説明する。
「ユマちゃん、『ダ』の増補、って、大丈夫なの?」
「印をつけた場所は背中なので、連中の戦闘能力を上げる効果はありません」
ウィンタの懸念は、由真も当然織り込んでいた。
「これで、索敵できる距離が15キロまで伸びれば……連中が巣穴……おそらくここに入るところまで、追いかけられます」
そう言って、由真は手元の地図の上の点――「ファラゴ鉱山跡」を指さす。
「由真ちゃん、終わったわ」
「ひょっとして、出たんですか?」
前方の晴美の声と、後方のガストロの声が重なった。
「南西の方からオーガ12体・ゴブリン131体の群れが来ましたけど、それはこちらの3人で殲滅しました。ただ、群れより後ろにいたゴブリン16体が逃げ出してます」
ちょうどいいと思い、由真は状況をまとめて告げる。
「な?! オーガが12にゴブリンが130?! そんな大群が?!」
「って、16体も討ち漏らしがあったの?!」
当然ながら、ガストロも晴美も驚きの声を上げる。
「群れの方は、討ち漏らしなく仕留めてます。逃げた連中は、その群れの最後尾から1キロ近く離れたとこにいました」
双方に必要な情報をもって由真は応える。
「それって、でも、逃がしちゃったのよね?」
そう問いかけつつ、晴美は柳眉をひそめる。
「まあ、逃がしてやったよ、マーカーをつけて。15キロくらいまでは追跡できるから、これで連中の巣穴がわかると思う」
由真が答えると、晴美は柳眉をひそめたまま「ジト目」を向けてきた。
「あの、ハルミさん、ユマさんが策士なのは、今に始まった話じゃありませんから」
横でユイナが苦笑交じりに言う。
「南西から、ってことは、巣穴は……」
「おそらく、ファラゴの廃鉱跡だと思います。叩くとなると、この県道の状態次第ですけど……」
ガストロに問われて、由真は手元の地図を指さす。
この詰め所からファラゴ鉱山跡までは「県道アクティア湖線」が通じているとされている。
この県道は、ファニア市の中心地からアクティア台駅の近くを通り、アクティア湖北東端の右岸側にある標高2300メートルほどの峠をつづら折りで超えてから、湖畔に降りて、駅前から養殖場とこの詰め所、さらにファラゴ鉱山跡まで伸びている。
これが「県道」という程度に整備されているならよいが、いわゆる「険道」のような状態となると、アプローチも困難になる。
「ファラゴには、わしも時々様子を見に行きますんで、この道は、あれが通っても大丈夫です」
そう言って、ガストロは件の小型バソを指さす。どうやら「険道」ではないらしい。
「ガストロさん、差し支えなかったら、あれ、貸してもらえませんか?」
そこでウィンタが声を上げる。
「え?」
「今夜のうちに、もう少し奥まで進んでおいた方がいいと思うんです。私も、一応トラカドの免許は持ってますし、何かあったら、修理代は出しますから……」
敵の群れが巣穴に戻ろうとしているという状況。巣穴の位置だけでなく、その規模なども把握できる機会となる。
さらに――規模次第では――そのまま焼き討ちにすれば、後顧の憂いを絶つこともできる。
「わかりました。それなら、わしがあれを出します」
ガストロは、厳しい表情で言った。
「わしも、これでも冒険者の端くれです。いくら腕利きでも、若い女の冒険者に任せて、後ろで待ってる訳にはいきません」
それは――21世紀の日本ではジェンダーへの意識の貧困さを問われるたぐいの台詞かもしれないが――ガストロの「心意気」なのだろう。
「けどガストロさん、それだと、ティファナさんだけここに残すことに……」
「なら、僕がここに残ります」
ユイナの言葉に、由真はそう応える。
「「「え?」」」
ユイナだけでなく、ウィンタと和葉もそんな声を上げる。
「元々、今回のは、みんなの訓練って意味もあるし……僕だけで全部片付けていいなら、ここからファラゴの山全体に即死魔法で終わりだからさ」
由真は、あえて極端に言う。
「ファラゴの巣穴探索と討伐は、みんなでやってもらった方がいいと思うんだ。それに、万が一別働隊のたぐいがこっちに来ても、さっきの3倍くらいの数までなら、簡単に片付けられるから」
別働隊が攻撃してくる。その可能性は、ゼロとは言えない。
その備えとして由真がここにいれば、いかなる規模で来ても返り討ちにできる。
――そういう前提の下であれば、逆に由真以外の全員が巣穴探索に向かっても問題ない。そして、「由真抜き」でできることは済ませてしまうことも。
「それじゃ、せっかくだから、由真ちゃんに手柄を分けてもらおうかしら」
晴美が、そう言って微笑する。由真の負担を減らすという趣旨なら、彼女に否やはないだろう。
「悪いけど、お願いできるかな」
「大丈夫よ。任せておいて」
由真の言葉に、晴美はそう応えた。
ということで、セプタカ攻略の1回目以来の「由真ちゃん抜き」クエストになります。