175. 敵兵来襲、そして――
久しぶりにバトルです。
湖畔の詰め所に戻り、肉入り焼きパンで早めの夕食を取ると、いよいよ見回りとなる。
衛と和葉は白鉄鋼の剣と金付革鎧で武装し、晴美、ウィンタにユイナも革鎧を着用する。晴美は槍、ウィンタは魔法杖、ユイナもいつもの錫杖を手にしている。
そのほか、夜なのでランタンにろうそくをセットし、念のために紐も用意する。
由真自身は、いつも通りの服に、愛用の棍棒と、ウィンタが持ってきてくれた弓矢も持った上で、火起こし、革幕、救急箱、それに地図も用意した。
「こういうときは、索敵できる魔法師を拠点において、前衛をすぐそばに配置、大物と戦える魔法師と戦士職も拠点近くに構えて遊撃戦力にして、最前線は身軽な斥候を置く……んですよね?」
冒険者としての「規範」とされる動き方。それを口にした由真は、最後にウィンタに問いの声を向ける。
「まあ、そうだけど、今回のこれは……」
そう言ってウィンタは苦笑を浮かべる。
「索敵できる魔法師」――ユイナと由真が該当する。
「大物と戦える魔法師」――晴美、ウィンタと由真が該当し、ユイナもこの面での戦力になる。
「大物と戦える戦士職」――衛と和葉が該当するほか、晴美もこの面の戦力として申し分ない。
「身軽な斥候」――これは、由真くらいしか該当者がいない。
「そうそう。私も索敵の術を覚えたわ。せっかくだし、少し練習してみるのもいいわね」
晴美がそんなことを言い出す。これでさらに戦力のバランスが崩れる。
「ゴブリンが2・3体とかだったら、これ、明らかに過剰戦力……ですよね」
わかっていたことながら、そんな言葉が漏れてくる。
「まあ、それは元からそうだから……索敵3人態勢なら、斥候はいらないわね」
「え? それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫でしょ。索敵って、並の魔法導師でも、平地一方向1キロで1時間、洞窟の中だと20分も続けたら、次の日まで使い物にならないくらい疲弊するから、あんまり依存できないんだけど……あたしでも、平地全方向4キロを2時間くらいなら続けられるから」
ウィンタがあっさり答える。何のことはない、「索敵4人態勢」だった。
「そうなると……えっと、衛くんと和葉さんは、ゴブリンを殺した経験は?」
「あたしは、セプタカの1回目のとき、2体斬ったよ」
「俺も、4体ばかり斬った」
由真の問いに、和葉と衛はあっさり答える。そうなると、「ゴブリンを手にかける経験」も今更必要ない。
「それなら、私がまず練習がてらで索敵してみるわ。ゴブリンが近づいてきたら、適当に片付けるから」
晴美に言われて、由真たちはひとまずそれに従うことにした。
「そうしたら、索敵を……あら?」
槍をかざした晴美は、とたんに首をかしげる。
「どうしたの?」
「1キロちょっと先に、これ……」
その言葉に、由真は光系統魔法の索敵を展開する。ユイナもやはり索敵を始めた様子だった。
「って。これは?!」
とたんにユイナは声を上げる。そして――
「南南西およそ1.4キロ先から1,6キロ先にかけて、大柄が12、小柄が131。大きいのは、これは全部オーガですね」
「ユマちゃん、なんでそんな数が一瞬で数えられるの?」
索敵結果を告げた由真に、ウィンタが目を見開く。
「こういうの、得意なんです」
物心ついた頃から、「ものの個数を単純に数え上げる」という行為は難なくできた。
「え? てっきり『数え上げ』の術を使ってるのかと思ってました」
由真の答えにユイナがそんな反応を示す。
「それより……これ、まだ射程距離じゃないですよね」
「そうね。火を放たれて、山火事を起こされたら、話は変わるけどね」
ウィンタの答えは――十分想定できる話だ。セプタカの攻略のときも、火系統魔法で反撃しようとしたオーガがいた。
「ま、敵は普通に近づいてきてるから、火をつけるより、襲いかかって略奪、って狙いでしょ」
そう言うと、ウィンタは杖を握りしめる。
「そうでしょうね。で、この数、どうしたらいいかな……」
由真自身の「手札」としては「即死魔法」がある。最悪の場合、それで殲滅できる。
他のメンバーの「手札」は、晴美の「氷の剣」の絨毯爆撃、あるいはユイナの「霧雨の嵐」が使える。ウィンタの「風刃」もオーガの体を切り裂く程度の威力がある。
「それなら、ちょっと試してみたい術があるから、射程距離に入ったら、まず私が仕掛けるわね」
晴美がそんな言葉を返す。
「試してみたい術?」
「そう。ちょっと研究してみたのよ」
クラス「聖女騎士」の晴美が「研究」してみたという「術」。それを試すには絶好の機会だろう。
オーガとゴブリンの群れは、徐々にこちら側――アルパラの集落へと近づいていた。
「先頭が500メートルを切ったね」
「それなら、後は私が代わるわ。もう少し近づいたら、たぶん行けると思うから」
そう言われて、由真は晴美に索敵の役を譲る。
「うあ……あれ、すごい数だね」
和葉がそんな声を上げる。彼女は視力がよい、ということは、由真も晴美から聞かされていた。
「だいたい入ったわね。それじゃ、行くわ」
そう言って、晴美は杖を構える。
「『ヴィンデット! ツェアシュテアト・ディー・トイフェル・ミット・デム・ドゥンクレン・アイス!』」
晴美のドイツ語呪文が高らかに響く。
「【フェアニヒテンダー・ブリザート】!」
その詠唱とともに。
前方の魔物どもに向けて、暴風が吹き付けられた。
夜の闇の中では、風の音しか感じることはできない。
しかし、その「風」は、無数の氷片を伴っていた。
その氷は雹というべき大きさで、しかも闇系統の「ラ」を帯びている。
その「闇の雹」に貫かれたゴブリンはことごとく絶命していく。オーガですら、近くの個体は程なく「ダ」を失った。
「これで雑魚はつぶしたわ。後は大物の掃討戦よ」
晴美のその言葉のとおり、眼前の群れの中には、ゴブリンの生存個体は1体もなかった。
オーガの生存個体は4体。うち1体は両手と膝をつき身を起こすこともできない様子だった。
「今回は、私たちだけで仕留めるから、由真ちゃんはここで見学ね」
振り向いた晴美が微笑を浮かべたのが、由真にもわかった。
晴美を先頭に、衛と和葉が続く。
「グ……ウ……」
うめき声を上げるオーガ。晴美は、その首を槍で容赦なく切り落とした。
「グオ? お、おのれぇ!」
生き残りのうち1体が、手にした斧を振り下ろす。その先には和葉がいた。
「ていっ!」
気合いもろとも、和葉は振り下ろされた腕を斬り落とし、さらに踏み込みつつ横なぎにオーガの胴も切り裂いた。
「グオアア!」
もう1体が、奇声を上げて棍棒を振り上げる。
しかし、その眼前に踏み込んだ衛は、剣を横なぎにしてあっさり胴を切り裂いてみせた。
これで残敵は1体。
その1体は――仲間たちを忽ちに斬りふせた3人を前にして、回れ右して走り去る。
「あっ!」
「逃げる気?」
和葉と晴美がそんな声を上げ――
「みんな動かないで!」
由真は、そう声をかけると、弓をつがえて矢を放つ。
その矢は、600メートル先を走っていたオーガの首を居抜き、次の瞬間には頭部全体が消え去った。
「ユマさん、その矢、よくあんな遠くまで飛ばせますね」
ユイナが呆然とした趣で言う。
「ユマちゃん、やっぱりエルフなんじゃないの?」
ウィンタもそんなことを言い出す。「由真=エルフ説」は、ゲントが言い出したことだろう。
「地系統魔法と光系統魔法で身体強化して、飛距離と終末追尾は風系統魔法で補ってるだけですよ」
由真は、その事実だけを答える。
「ヨシ! 『有効射程距離』などという甘えた概念はない! 『射程距離』なら必ず当てろ!」
弓道では「長的」でも的は60メートル先なのに、その6倍も距離のある的を射貫いて、由真にも同じことをさせた「先輩」。
そんな「先輩」の「指導」のことまで話す気には、とてもなれなかった。
――ゴブリン100体程度では全く歯が立たないメンバーでした。
晴美さんも雑魚大量処分技を覚えて、一段とパワーアップです。
呪文の綴りはこうです。
"Windet! Zerstört die Teufel mit dem dunklen Eis! 'Vernichtender Blizzard!'"
ちなみに、和弓の強い奴は400メートル以上飛ぶそうです。
「的を狙える」距離である有効射程距離は、本来もっと短いはずですが、由真くんと「先輩」の謎弓道には、そういう甘えた概念はないらしいです。
(女体になった由真ちゃんは、身体強化と風系統魔法で補強しています)