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171. アクティア湖

ようやっと到着です。

「ご乗車お疲れ様でした。まもなく終点アクティア湖に到着します。お出口は左側です」


 そんなアナウンスが流れた。

 1時間40分ほどかけて、ようやく目的の湖に到着する。


「皆さん、念のためですけど……」


 前の席に座っていたユイナが、そう言いつつ振り返る。


「お出迎えに来るのは、たぶんファニア支部のアクティア湖派出所長ご夫妻ですけど、この方たちは、この辺一帯の村長くらいの身分の方なので、配慮していただけると助かります」


 ――到着前に言ってもらってよかったというしかない。



 列車は減速しながら左に折れて、右側に線路が別れる。

 日陰に入り、島式ホームが現れて、列車は停車した。


 デッキに向かうと、左側の扉だけが開かれている。

 そこから下車すると――


「お疲れ様です! お待ちしてました!」

 元気のよい声に顔を上げると、中年の女性が眼前に立っていた。


「冒険者ギルドのアクティア湖詰め所のティファナです! よろしくお願いします!」


 早速挨拶された。

 由真は、礼を返す――前に周囲を伺い、念のために自らの「気配」を無系統魔法で消す。


「初めまして。ジーニア支部の由真と申します。こちらは、僕の連れの、晴美さん、衛くん、和葉さんに、ウィンタさんとユイナさんです。よろしくお願いします」

 そう言って腰を折る。「ユマ」という名に周囲が反応する様子はなかった。


「あ、ユイナちゃん! 久しぶりね!」

 相手――ティファナは、ユイナに声をかける。


「お久しぶりです、ティファナさん」

「3年ぶり? 大きくなったわね!」

「そう……でしょうか……ティファナさんは、お変わりないようで何よりです」

 どうやら、ユイナは3年前にこの地を訪れていたらしい。


「荷物は、主人が取りに行ってますから、一足先にお車のほうにどうぞ」

 そう言って、ティファナは歩き出す。


 ホームに隣接する駅舎には「特別待合室」「二等待合室」という看板が掲げられていて、その間に伸びる通路に有人改札口があった。


 改札口の係員に切符を渡して先に進むと、駅の前は広場になっていて、5台ほどのバソが停車していた。

 その傍らに青い小型バソが停車している。ティファナはドアを開けて、由真たちは車内に入る。


 ややあって、左手後ろ側の扉が開いた。

 振り向くと、鞄や背嚢を載せた台車を転がしてきた男性が、その荷物を次々と積み込んでいる。


「あ、お疲れ様です、ガストロさん」

 ユイナがすかさず立ち上がり、その男性に声をかける。


「おお、ユイナちゃん……じゃなかった、神祇官猊下、お久しぶりです」

 ガストロと呼ばれたその男性は、そう言って笑う。



 6人分の荷物が積み込まれて、ガストロとティファナが最前列に乗り込んで、バソは走り出した。


「あ、こっちが、主人のガストロです。一応、詰め所の所長をやってます」

 自己紹介していなかった夫を妻が紹介する。


「あの、由真と申します。お忙しいところ、わざわざお出迎えまでいただいて、本当に恐縮です」

 一同を代表する形で由真は挨拶する。


「いえいえ、とんでもない! 天下のユマ様が、コーシアの領主様になられて、それどころかこんな山奥までお越しをいただくなんて、こっちが恐縮です!」

「長官のご指示で、目立たないようにお迎えしろ、ってことでしたんで、いや緊張しました。出発してやっと一息ですよ」

 ティファナの言葉に、ガストロが苦笑する。


「しかし、ユマ様の本物がこれに乗ってるなんてな、まだ信じられん。よく目立たなかったな」

「そんなの、ユイナちゃんが気配を消す感じ魔法を使ったに決まってるでしょ」


 ――そういうたぐいの「魔法」を使ったのは他ならぬ由真なのだが、あえて口に出すことでもない。


「それで、いかがです? ここ」

 ティファナが問いかけてきた。


「そうですね、とても良いところですね。湖はきれいですし、標高のおかげで涼しいですし」

 地質学的な関心がわき上がるのをひとまず押さえて、由真は穏当な答えを返す。


「標高?」

「ここ、1100メートルなんですよ」

 晴美とユイナのそんなやりとりが聞こえる。


「列車がファニアまでずっと満席でしたけど、夏場は賑わうんですね」

「おかげさまで、夏は年々お客さんが増えてます」

「宿も増えてましてね、最近は左岸にも建てるなんて話が持ち上がってますよ」

 ティファナの答えにガストロがそう言葉をつなぐ。


「左岸に、ですか?」

「ええ。右岸は、鉱山につながってましたからね、宿も養殖場も、それにうちの詰め所もこっち側でしてね。この道も、鉱山につながってた線路の跡なんですよ」


 そう言われて、由真は今走っている道に目を向ける。


 湖面を右手に見ながら、駅前からほぼ直線で続くその道は、2車線で舗装が完備されていた。

 対岸は、直線的に削り取られた白い崖が目立つ。


「あっちは、昔は採石場があったとこですね。後は、その先に鍾乳洞なんてのもありましてね、最近は中を探検するってお客さんも増えてるんです」


 ちょうど対岸にあるのが採石場跡だろう。

 その先は、こちら側――右岸よりも山が岸に近く、所々崖も見える。


「鍾乳洞の探検ですか。迷子になったりとかしないんですか?」

「一応、中に詳しい奴に案内はさせてるんですがね。勝手に入って迷われたら、わしらでもどうにもならんですね」

 それは確かにそうだろう。

 その「中に詳しい」という人物がいるだけでも驚くべきことだった。



「あれが養殖場で、その先が詰め所です」

 ティファナが、そう言って左斜め前を指さす。


 そこには、横幅の広い建屋があった。

 小さな川を橋で渡り、その建屋を過ぎると、三角屋根の目立つ木造の建物が現れた。


「ここがファニア支部のアクティア湖詰め所です」

 そう言って、ティファナはドアを開ける。

 由真たちがバソから降りているうちに、ガストロが荷物を下ろした。


「切り妻の妻入り……この辺りは積雪が多いんですか?」

 その建物を見て、衛が問いかける。


「多いですね。冬は、基本誰も来ないんでね、北側なんて1階が埋まるくらいはほったらかしですね」

 ガストロが苦笑交じりで答える。ということは――


「あの、ガストロさんとティファナさんは、冬もこちらに?」

「ええまあ、それが仕事ですからね。夏は、コーシニアの若い子たちを雇えば何とでもなりますけど、冬はそうも行きませんから」


 由真の問いに、ティファナはそう答えて笑う。


 標高1100メートルに達する湖畔。

 夏は観光客で賑わうものの、冬は雪に閉ざされる。

 そんな環境に1年を通じて暮らしている。

 だからこそ、この夫妻はこの湖畔の詰め所を委ねられているということだろう。


「とりあえず、中にどうぞ。お茶を出しますね」


 ティファナにそう言われて、由真たちは、その詰め所の玄関に進んだ。

まずは現地のお出迎え。

「目立たないように」というのも、それはそれで大変なのです。

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